#85  いらだち

 死ぬかと思った。

 黄色い髪の女の子に襲われかけて、無意識にここまで飛んできた。

 ここがどこなのか、さっぱり分からない。

 必死に逃げて、たまたまこの島が見えたから、慌てて飛び込んだだけだ。

  

 一つ、分かったことがある。

 僕は、じっくり見たヒトに姿を変えることができる生き物らしい。

 みんなは、僕を「セルリアン」と呼んだ。

 やっぱり僕は、セルリアンらしい。

 セルリアンがどういう生き物なのか僕には分からない。でも、みんなして僕を悪い目で見ていた。

 あるヒトは僕を見て怖がっていたし、またあるヒトは僕を見た途端「倒せ」と言った。

 

 この場所もさっきの場所と同じく、たくさんのヒトで賑わっていた。

 少し違うことと言えば、この場所の方が標高が少し高いことくらいだ。

 なんとなく見かけたヒトになりすまして、人混みの中を歩く。

 今も、僕を倒そうと狙っているヒトがいるかもしれない…そう思うと、怖くて怖くてたまらなかった。でもきっと、どこかで怯えて隠れていたら、すぐに見つかって倒されてしまうだろう。だったら、そのヒトの振りをして当たり前のように歩いてる方が、違和感がないはずだ。

 

 僕は、生まれてきちゃ駄目な生き物だったのだろうか?

 

 すれ違うヒトはみんな、誰かと一緒にいて、笑い合いながら歩いている。

 僕には、笑い合える存在はないのか?

 まずは、他にもセルリアンがいないのかを探ってみることにした。

 周りの目は怖いけど、僕がセルリアンだということは、きっとバレないだろう。

 

「お客さん、お一人ですか?」

 

 突然、横から声をかけられた。

「ふぇっ?!」

 僕は素っ頓狂な声を出して立ち止まった。声をかけてきたその女の子は、やっぱり頭から大きな耳が生えていた。しっかりとした口調で、真面目そうな子だ。

「あ、はい、一人です」

 僕は姿勢を正して、怪しまれないようにはっきりと答えた。

「すみません、驚かせてしまって。私はリカオン、セルリアンハンターをしています。お一人の方はセルリアンに襲われやすいので、声をかけさせていただいてます」

「セッ…」

 セルリアン、ハンター…!?

「? 何かおかしいですか?」

「あっいえ、セルリアンハンター、一度会ってみたかったので、つい嬉しくて…」

 セルリアンハンターが何なのかさっぱり分からないまま、適当に受け答えると、リカオンと名乗った子は表情を明るくした。

「え! そうなんですか!?」

「は、はい」

 僕が笑顔を作ると、リカオンさんはぱあっと笑顔になった。

「そんな事を言われたのは初めてです! ありがとうございます!」

「あ、いえ、こちらこそ…」

 何だか、話が長引きそうだ。ハンターとなれば、僕を狙っているに違いない。僕はなるべく早く話を終わらせようと思った。

「…あっ、話の続きです。一人でパークに来られた、という訳ではないですよね?」

「あ、えっと…もう一人は別の場所にいて」

「そうですか。なるべく一人では行動しないようにお願いします。今まで、セルリアンによる被害は一人のお客さんに多いので」

「分かりました、すぐに合流します」

「お気をつけて。突然呼び止めて、すみませんでした」

 リカオンさんはそう言うと、笑顔で礼をした。

「はい、ありがとうございます」

 話がすんなりと終わったので、僕は心の中でガッツポーズをしながら、リカオンさんから離れようとした。

 

 ──あ、でも…

 僕は足を止める。

 ──これは、セルリアンについての情報を引き出すチャンスなんじゃ…?

 

「あ! あの…」

 僕はもう一度振り返り、リカオンさんに声をかけた。

「はい?」

「セルリアンって、かなり多いんですか?」

 そう聞くと、リカオンさんは少し首を傾げながら答えた。

「そうですね…特にこの辺りでは、最近数が増えているみたいです。何か気になることでもありましたか?」

「あ、セルリアンは知っているんですけど、あまり細かいことは分からないので…」

 慎重に、バレないように…

 冷や汗を流しながら苦笑いすると、リカオンさんは「なら…」と言いながら、足元にあった入れ物からぺらぺらした物を一枚を取り出し、僕に差し出した。

「これにくわしく載っています。良ければ読んでください。と言っても、私はさっぱり読めませんが…」

 リカオンさんは、頬を掻きながらそう言った。

「あ、ありがとうございます」

 今度こそリカオンさんから離れ、僕は人混みから少し離れた広場で、それに描かれたものを読んだ。

 色々なことがたくさん書いてあって、読むのにかなり疲れそうだ。


『⚠️セルリアンにご注意ください!』

 

 一番上に、大きくそうあった。

 

『セルリアンとは?


 セルリアンは、サンドスターがゴミなどに含まれた無機物に当たったもののことを言います。フレンズ同様、サンドスターの力で動いていますが、自我を持たず、本能的に動いているだけのようです。体内のサンドスターを取り入れるべく、フレンズのサンドスターを狙って襲いかかることがあります。希に、人間に襲いかかることもあります。

 

 色々なセルリアン


 セルリアンには様々な形の物がいますが、最も数が多いのは以下のようなセルリアンです。


 ①青いセルリアン

 ②黄色いセルリアン

 ③その他、色々な形をしたセルリアン


 これらのセルリアンは体長が大人よりも低く、比較的簡単に倒すことができます。ですが、希に3~5メートルほどの巨大なセルリアンが出現することがあります。いずれの場合も、セルリアンを無理に刺激せず、近隣のスタッフに声をかけてください。

 

 セルリアンの弱点は?


 セルリアンは、体のどこかに必ず「石」を持っています(写真④)。この石を破壊することで、セルリアンは消滅します。また、セルリアンは水に弱く、体に水が触れると、その部分が固くなり、動かなくなります。襲われた際は、まずは水をかけることが最適な対応だと言えるでしょう。

 

 セルリアンを見かけたら…


・刺激せず、近隣のスタッフに声をかける。

・襲われた場合は、まずは水をかける。

 

 セルリアンは危険な物質です。

 その生態はまだ解明されていません。

 現在、的確な対処法を見つけ出すため、研究が進められています。』

 

 僕はショックを受けた。

 難しくてほとんど分からなかったけど、セルリアンはとても危険な「物」らしい。

 それに僕は、載っているどのセルリアンにも当てはまらない。

 僕は本当にセルリアンなのか…?と思ったけど、液体が腕にかかった時にその部分が固まったことで、みんなは僕をセルリアンだと認識したのだろう。

 あれは水って言うんだ……まずは、あれにかからないようにするのが一番大事だな…。

 

 「サンドスター」っていうのは何なんだろう?

 「フレンズ」の存在も知らないし、「石」っていうのも分からない。

 分からない事ばかりで首を傾げたが、とりあえずこれに載っているセルリアンを探してみよう。

 僕が本当にセルリアンなら、そのセルリアンとも話ができるかもしれない。

 

 何の悪気もないのに、セルリアンっていうだけでこんなに酷い扱いを受けるなんて…。

 

 僕は、少しだけ苛立ちを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…セルリアンじゃなかったら、すみません…」


 小走りで去っていく男性の背中を見送りながら、リカオンはぼそっと呟いた。

 そして、ポケットに挟んでいた無線機を手に取る。

 

「こちらリカオンです。今、一人で行動しているヒトを見つけました。……はい、チラシも。詳細は後でお伝えします。ナンバーは153です。お願いします」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「ホートクにいるセルリアンハンターを、ありったけ集める…?」

 ざわつく人々の中で無線を握りながら、ミライは眉をひそめた。

 アスカの真剣な声がする。

『はい。ホートク中にハンターを散りばめて、単独行動している人を呼び止めさせるんです。それで、呼び止めた人に何らかの形で発信機をつけて追跡する…というのはどうでしょう?』

「あ、なるほど! お客さんの単独行動は禁止されていますもんね。でも、フレンズさんに化けている場合もあるのでは…?」

『いや、一般客になりすましている可能性の方が高いと思います。あくまでも私の勘ですが…』

「うーん、確かに、単独行動している人がいたらほぼ確実にセルリアンですもんね……分かりました、そっちに賭けてみます。ボスに検索してもらって、分かり次第またお伝えしますね!」

『了解です、ありがとうございます!』

「いえ!」

 ミライは通信を切り、足元で目を光らせているラッキービーストに声をかけた。

 

「ラッキービースト、お願いがあるんだけど…」

 

 ラッキービーストは、目を輝かせて答えた。

 



 

「マカセテ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る