#87  ざんがい

 ヒトを肯定するヒトが多ければ、ヒトが善者になる。

 

 じゃあ、セルリアンを肯定する存在が多ければ…?

 

 

 絶対に作ってやる。

 

 セルリアンが、肯定される世界を。

 

 それが、セルリアンに取って優しい世界なのだから。

 

 僕は思いっきり飛び跳ねた。

 もう知ってる。僕が、目の前にいるヒトに姿を変えられることを。

 そして、そのヒトの性質も丸ごとコピーできることも。

 

 僕は無敵だ。

 

「あっ! 待ちなさいっ!!」

 

 瞬間、羽の生えた子たちが僕に向かって飛んできた。飛べない子たちも、地面で僕の影を追っている。

 でも、もう遅い。

 

 ハクトウワシさん。君って、こんなに速く飛ぶことができるんだね。

 風が気持ちいいよ。

 

 くしゃくしゃになっていたチラシをビリビリと破き捨てながら、僕は猛スピードで空を翔けた。

 確かにこんなに気持ちよく飛べたら、ジャスティース!…って言いたくなるかもね。

 でも君は、その言葉の使い方を間違ってる。

 

 セルリアンの力を見せつけてやる。そして、その言葉を絶対に撤回させてやる。

 

 

 

 

 難なく逃げ切った僕は、その日からヒトの観察を始めた。

 もちろん、色んなヒトやフレンズになりすましながら。

 そして、この世界について色々と調べることにした。

 どうするかは、知識を蓄えてから考えた方が良い。

 

 情報は、意外と早く収集できた。

 

 フレンズについて、サンドスターについて、ホートクチホーについて、セルリアンについて。

 色々と調べる度に、セルリアンがいかに嫌われているのか、そしてヒトがいかに自分勝手なのかが分かった。

 僕の頭は、日を追うごとに賢くなった。

 ヒトとフレンズは、逃げた僕を必死に探し回っていたが、僕はその目を上手くかいくぐった。

 

 自分のことを賢いと言うフレンズなんかもいたが、あんなのはデタラメだ。本当に賢いのかが気になり、助手とやらになりすまして博士と一日過ごしてみたことがあるが、博士がいかに助手を頼りきっていたのかが丸見えだった。それに、助手の賢さも僕には敵わない。

 

 ホートクチホーに勤務するガイドの中に、「ヨシアキ」と呼ばれるヒトがいた。このガイド、かなりのヘッポコで、ドジだわ不器用だわで、いつも先輩ガイドに怒られてばかりいた。こんな体たらくでよくガイドを続けられているものだなと思って観察してみたら、動物、特に鳥の知識がズバ抜けていた。なるほど、このガイド力があるなら確かにクビにはならないな、と関心した。どうやら小さい頃から鳥が好きで、有名な学校で鳥の研究をした後にここに就職したらしい。

 なかなか頭が切れるらしいが、ドジであることには変わりなく、僕はこいつが仕事をすっぽかしている内にこいつになりすまして、ヒトの施設に潜入することが多くなった。おかげで、更に多くの情報を手に入れることができた。こいつのヘッポコさには感謝している。

 

 しばらくすると、「自分の行動と、他人の言う自分の行動が噛み合っていない」という報告が相次ぎ、ヒトは僕の動きを確信するようになった。更に厳戒態勢が敷かれたが、僕の生活は変わらず、居場所がバレることはなかった。

 

 情報収集をする中で、僕は「アスカ」というヒトの名前を多く耳にした。どうやらホートクの代表的な立場にいる女性らしく、職員やフレンズを取りまとめているらしい。

 

 アスカを初めて見たのは、スカイレースのコースでセルリアンが大量発生した時だった。

 フレンズ達が騒いでいたので、ヨシアキになりすまして見に行ってみたら、アスカがフレンズに抱えられてセルリアンと戦闘していた。

 

 一言で言うと、男勝りな女性である。

 

 セルリアンを倒す銃を適当に乱射していると思いきや、石に的確に命中させている。

 こいつは警戒した方が良いな、と素直に思った。もちろん、僕が誰かを警戒したのは、アスカが初めてだった。

 

 でも、同時に僕の最初の目的が見つかった。

 

 

 アスカの面目を潰そう。

 

 

 最初にこいつの面目を潰せば、フレンズ達は揃って落ち込み、この地方を出ようとする者もいるだろう。

 

 フレンズ達を悲しみのドン底に叩き落とし、セルリアンの力を見せつけてからホートクを追い出す。

 

 これが最高の手段だ。

 

 その日から、僕はアスカを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの時は、あと少しで成功すると思ったのになぁ…」

 

 きらきらと光るピン止めを見つめながら、男性は小さなため息をついた。

 

「あの作戦は、絶対に完璧だと思ってたのに」

 

 足元に転がっていたボスの破片を手に取り、力いっぱい放り投げる。

 

「なーにが『今すぐここを出ろ』だ。今すぐここを出られたら、つまらないじゃんか」

 

 男性は、ピン止めをポケットにしまった後、ボスのレンズを踏み潰した。

 ぴしっ、とひびの入る音がする。

 

「まだ僕は諦めてない。絶対に、絶対に、このままじゃいけないんだ…」

 

 ぶつぶつと呟きを繰り返しながら、男性は森の奥へと消えていった。

 

 

 残骸となったボスは、黙々と空を見上げていた。

 

 

 

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