#83  なにもの

 いつ生まれたのかは、よく覚えていない。

 突然、目の前が明るくなったんだ。

 ゴミが詰まった袋の山のてっぺんで、無力に寝そべっていたことだけは覚えている。

 そこはとても臭くて、居心地が悪かった。

 僕はすぐに起き上がった。

 

 自分の正体を知るために、ゴミの山を降り、街の気配のする方へと向かった。

「あれー? ガイドさんじゃないですか」

 灰色の固い道をてくてく歩いていると、ふと声をかけられた。

 振り返ると、両手にゴミ袋を持った若い男のヒトが一人、物珍しそうに僕を見ていた。

「何でこんな所に? 掃除でも頼まれたんですか?」

「…あ、いや…」

 僕は上手く声が出せず、その場から走って逃げた。

「あっ、おーい! ガイドさーん!」

 後ろから、僕を呼ぶ声がする。

 ガイド…? 僕は、ガイドって言うのか?

 走りながら、頭の中で考えた。

 そもそも、ここはどこなんだ?

 何もかも分からない。ただ一つ分かったのは、さっき声をかけられたのが「ヒト」という存在であることだ。

 道なりにしばらく走ると、道は森へと進んでいた。

 入口の看板に、『ジャパリパーク』と書いてある。

「じゃぱり…ぱーく…」

 どこかで、聞いたことがあるような、ないような。

 ジャパリパーク…ここはジャパリパークっていうのか…。

 …ん? なんで僕は、あれが読めたんだ?

 振り返ってもう一度看板を見ようかと思ったが、後で誰かに聞いた方が早そうだ。

 葉がうっそうと生い茂る薄暗い森。

 早くここから出たいと思った。

「ガイドさん!!」

「へっ?!!」

 また、突然声をかけられた。

「な、なに…?」

 声の主は、茶色い髪に青い服を着たヒト(?)だった。

 この子は、ヒトなのか…?

 ヒトは、頭に大きな耳があったり、尻尾が生えていたりするのか…?

 少し疑問に思ったが、先程と同じことを繰り返したくなかったので、今度はその子と向かい合った。

「ガイドさん、だよね?」

 その子は、少し不安そうに僕を見上げた。

「…がいど…?」

 ガイドが何なのか、僕には分からない。

「が、ガイドさんじゃないの?!」

 その子は声を震わせ、何歩か後ずさりした。

「いや、その…ガイドって、何だろう…?」

 やっとまともに話せた。

 安堵したのも束の間、その子は顔を真っ青にした。

「…え? ガイドさんの格好をしてるのに、ガイドさんじゃないの?」

 僕もつられて不安になり、自分の顔を指差す。

「わ、分からないんだ…、キミ、僕が何だか分からない?」

 すると、その子の顔はますます青くなり、


「せっ、セルリアンだー!!!」


 と叫びながら、茂みの奥へと走り去ってしまった。

 

「せるり、あん…?」

 

 僕は、セルリアン?

 ガイドじゃないの?

 ますます分からなくなってきた。

 僕は何なんだろう。

 それを確かめるためにも、僕は街へ向かった。

 森を抜けると、そこはとても広けていて、たくさんのヒトが歩き回っていた。

 中には、さっき会った子と同じように、頭に大きな耳を持った子も歩いている。

 僕はしばらく、広場を歩くヒト達を眺めていた。

 

「サバンナエリアってどの辺だっけ?」

「次、どこ行くー?」

「えー、明日ならペパプのライブがあったのー?!」

「売店ならあっちです」

「おかーさん、お腹空いた…」

「ねぇねぇ! 新作のじゃぱりまん、すっごい美味しいよ!」

「お前、さっき変な目で見てただろ!」

「あぁ、アスカさんならさっきまでここに…」

 

 皆、それぞれ違った言葉を話している。

 どのヒトも、とても楽しそうな様子だった。

 僕も、あの中に入りたいな…。

 とりあえず、話しかけやすそうなヒトを探すことにした。

 うーん…。

 ……

 広場の真ん中に座って何かを美味しそうに食べてる、あの子にしよう。

「あ、あのー…」

 少し近づいたところで話しかけると、その子は驚いたように僕を見上げ、

「ん?! 見かけないガイドさん! 他のちほーのヒト?」

 と、興味津々な様子で顔を近づけてきた。

「え、いや、僕は…」

「ガイドさんだよね? どこのガイドさん?」

「えーと…ガイド…なのかな?」

「なのかな?」

 その子はしばらく僕を眺めた後、どっと笑い出した。

「あっはははは! へんなガイドさーん! 自分がガイドか分かんないの?」

「う、うん、まぁ…」

「その格好は、どこから見てもガイドさんだよー! 寝ぼけてるの?」

 そう言いながらげらげら笑うその子を前に、僕はどうしたら良いのか分からず、立ちすくんでしまった。

 しばらくその子に笑われていると、背後から別の声がした。

「あっ、カワウソ、もう来てたの?」

 見ると、黄色い服に髪の毛、そして頭に耳をつけた女のヒトが、僕を笑う子に手を振っていた。

「…ん? ガイドさん? どうかしたの?」

 その子も、僕のことを『ガイドさん』と呼んだ。

 やっぱり僕は、ガイドらしい。

 ガイドが何なのかは、よく分からないけど…。

「ジャガー聞いて! このヒト、自分がガイドか分かんないんだってー! おもしろーい!」

「え、えぇ…?」

 黄色い髪の子は、頭を掻きながら僕を困ったように見た。

「ガイドさん、だよね…?」

「た、多分…」

 自信なさげに言う僕に、その子の顔はますます疑問の篭ったものになる。しばらく僕の容姿を見た後、まだ笑っている子の手をがしっと掴んだ。

「カワウソ、行こう。新作のじゃぱりまん、食べに行くんだろ?」

「えーっ、ちょっと待ってよー、ガイドさんのこともっと知りたいー!」

「いや、明らかに怪しいって。早いとこ離れた方が良い」

 小声で話しているつもりのようだったが、僕には聞こえた。

 怪しい? 僕が?

「あ、あの、僕…」

「ジャガー待っ…あーっ!!」

 話しかけようと手を差し出した瞬間、だだをこねた子がバランスを崩し、後ろに倒れ込んだ。

 

 バッシャーン!!

 

 その子は、後ろに溜まっていた液体の中に飛び込んだ。

 激しい音と同時に、その液体は僕の腕にも降りかかる。

「いててて…」

 腕に触れた部分が、何だかヒリヒリした。

 見ると、液体のかかった部分の僕の腕が、茶色く固まっていた。

「えっ…」

 それを見た黄色い髪の子が、顔を真っ青にする。

「あー、落っこちちゃった……えっ?」

 液体から出てきた子も、僕の腕を見て硬直した。

「せ…せ…せ…」


「セルリアンだーーーーっ!!!」

 

 女のヒトはそう叫ぶと、両手を上げて逃げ出した。

 歩いていたヒト達が足を止め、僕を見る。

「せ、セルリアン…?」

 やっぱり僕は、セルリアンなの…?

 元に戻っていく腕を眺めながらそう思っていた最中、黄色い髪の子が僕の腕を掴んだ。

「…え?」

「石はどこだ…?」

 その子は目を光らせて、僕を睨みつけている。

 ものすごい圧を感じて逃げたくなったけど、腕を掴んでいる手はびくともせず、僕には成す術がなかった。

「ヒト型のセルリアンなんて、初めてだけど…」

「あ、あの、セルリアンって…?」

「…は?」

 その子は僕を睨み付けたまま、眉をひそめた。

「お前、セルリアンだろ?」

 腕を掴む手の力が、少し緩んだ気がした。

 答えを聞きたかったけど…

 ここは逃げよう!

 

 僕は手を振り払い、全速力で駆け出した。

「あっ…待て!」

 後ろで、女の子の駆け出す音がする。

「逃がすかー!!」

「ジャガー、がんばってー!」

「待てーっ!!」

 ちらっと振り返ると、その子はすぐ後ろまで迫っていた。

 は、速い…!

 ざわつく人混みの中を縫いながら、僕は心の中で悲鳴を上げた。

 

 

 何でこんな目に合わなきゃいけないんだ!

 

 セルリアンって、悪者なのか??!

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