#77  ちりょう

「あいたたた…」

 

 私は腰を抑えながら、ソファーに横たわった。

 どうやら、ドアをかわそうと体をひねったせいで、腰に直撃したらしい。

 

「何か治療できるものは…」

「確か、棚にヒトが使っていた救急箱があった気がするのです」

 博士と助手は、治療できるものを探してくれている。


「ほんとにごめんね…大丈夫?」

 ドアを開けた張本人は、私を心配そうに見るなりそう聞いてきた。本当に心配してくれているようだ。

「と、とりあえず大丈夫…」

 腰をさすりながら、私はさっきよりも整った息で答える。

「ごめんね…お姉さん力が強いのは良いんだけど、こういう時に困るんだよね」

 自身を『お姉さん』と呼ぶこのフレンズは、ディアトリマさんというらしい。確か、ひでり山で演劇グループに入ったはずなのに、現在はいないフレンズだ。グループ内で揉めた際に抜けたのだろう。

 クリーム色の大きな前髪に、茶色いスカート。他のフレンズと比べると、やや大人っぽい雰囲気がある。

 ディアトリマという鳥は、中学生の時に社会の教科書に載っていた気がする。確か、遥か昔に生態系の頂点に立っていた鳥で、現在は絶滅しているはずだ。

 

「あっ、あったのです!」

 博士の声に、私とディアトリマさんが振り返った。

 見ると、博士の手には、赤い十字がプリントされた箱が握られていた。間違いなく、救急箱である。

「フーカ、これが救急箱…ですよね?」

「うん。フレンズも使ってるの?」

「いえ、我々は怪我をしても治療する必要はないのです。サンドスターが回復させてくれるので」

「そ、そんなことが出来るの…?」

「はい。とにかく、これを開けてみるのです」

 博士は箱を机に置き、蓋を開く。博士と助手とディアトリマさんが中を覗くや否や、「おーっ…」

と声を上げた。

「初めて救急箱なるものを開けてみましたが、まさかこんなものが入っていたとは…」

「それで、何をどう使えば治療ができるのでしょうか…?」

 正直、ここが本当に未来なのであれば、医療も最先端なものになっているに違いない。私はゆっくりと起き上がり、箱の中を見た。

 

「…え?」

 

 以外にも、中身は私のいる時代とあまり変わらないものだった。湿布に包帯に、絆創膏。あのポピュラーな消毒液もある。安心はしたが、あまりにも技術が進んでいないような気がする。

「フーカ? どうかしたのですか?」

「…あっいや、何でもない。とりあえず、湿布を使おうかな…」

 私は湿布を取り出し、腰に貼る。その一連の様子を、三人は食い入るように見ていた。何だか少し恥ずかしい。

 部屋に湿布の匂いが充満し、助手が鼻をつまんだ。

「臭いのです! 窓を開けるのです!」

 博士も鼻を抑えながら、湿布を睨みつける。

「ヒトのやる事は全く分からないのです。そんな臭い物を貼っただけで、本当に治るのですか?」

 ディアトリマさんに至っては、咳込んでいた。

「ごほっごほっ! なにそれ、ほんとに大丈夫なの…?」

 大丈夫、大丈夫だから! と、私は三人を必死に弁解した。


 

 取り敢えず一段落したので、私はきちんとソファーに座り、博士達と向かい合った。

「…それで、フーカはどのような用件でここへ来たのですか?」

 私は息を飲み、思い切って口を開く。


「…演劇グループが、過去にどんな喧嘩をしたのか聞きに来たんだ」

 

「えっ?!」

 瞬間、驚きの声を上げたのは、ディアトリマさんだった。

「…え?」

 思わず、私も驚く。が、彼女はグループから抜けたのだから、驚くのも当然だろう。

 博士は溜め息をついた。

「やはり、また何か揉めましたか?」

「あっいや、今は大丈夫なんだ。ただ、キジさんがいないと雰囲気がすぐ暗くなっちゃうっていうか…。ヘビクイワシさんとトキイロコンドルさんはあんまり楽しそうじゃないし、みんな昔のことが引っかかってるせいで素直にやれてないっていうか…」

「…そうですか…」

 博士は口元に手をあてて、何か考えている様子だった。すると、ディアトリマさんが慌てて割り込んできた。

「ハカセ、どういうこと?! やっぱり訳わかんないよ!」

「え?」

 訳が分からない? ディアトリマさんが?

「フーカ、みんなは本当に喧嘩したの?」

「だって、ヘビクイワシさんとトキイロコンドルさんが、みんなを巻き込んで喧嘩したって…」

「………」

 ディアトリマさんは、必死に首を横に振っている。

「何で? お姉さん、なにも知らないよ?」

「えっ…?」

「お姉さん、演劇やる気まんまんでヘビクイワシの所に行ったのに、練習はまだやらないって言われて、いつまで経っても誘われないから、気になって広場に行ってみたんだ。そしたら、みんなはステージで演技してて…。お姉さんビックリして、ハカセの所に来たんだ。どういう訳か聞いたら『お前が仲間割れさせた』って意味わかんないこと言うから、やっぱり直接みんなに聞きに行こうと思ってドアを開けたらフーカがいて…。とにかく、お姉さんは何も知らないの!」

 ディアトリマさんは、半ばパニック状態に陥っているようだった。自分が何をしたのか、グループで何があったのか、全く把握できていないらしい。

「落ち着くのです。お前が何もしていないのは分かりました。取り敢えず、これは奴の仕業だと断定して良いでしょう」

「…そうですね、ハカセ」

 博士と助手は、かなり深刻そうな様子だった。

「や、奴って…?」

「…! も、もしかして…」

 ディアトリマさんは、机に両手を置いて立ち上がった。

「まさか、あいつが私になりすましてたって言うの…?」

 博士は黙って何かを考え込んでいる。助手が代わりに答えた。

「その可能性が、100%だとは言い切れませんが…でも、それしか考えられないのです」

「………」

「なりすまし…あっ!」

 私は、さっきボスが見せてくれた動画を思い出した。

「もしてかして…それって、」

 三人が顔を上げた。

 


「フレンズに化ける、セルリアン…?」

 


 室内が、しんと静まり返った。

 博士も、助手も、ディアトリマさんも、私から目をそらしていた。

 三人とも、どう答えれば良いのか分からずに、戸惑っている様子だった。

 

 今まで見たボスの動画からすると、そうとしか考えられない。みんなが『あいつ』や『奴』と言っている存在は、きっとフレンズに化けるセルリアンのことなのだろう。

 そのセルリアンが今、至る所で悪事を働かせている。

 この前、ログハウスで怪しい言動をしていたアリツカゲラさんも、きっとそれだ。

 しかし、今まで私が会ったことのあるセルリアンは青くて小さなものだけだが、フレンズに姿を変えられるものも沢山いるのだろうか?

 

 外で、風の吹く音がした。

 三人は、相変わらず沈黙している。

 博士と助手が、何やら目を合わせてアイコンタクトを取っているようだった。

 とはいえ、何か答えてくれないと話が始まらない。

 

 

「ハカセ!」

 

 

 突然、大声と共にドアが開いた。

 入ってきたのは、背が小さい小学生のようなフレンズだった。確かこの子も、ひでり山にいた気がする。名前は確か、何とかカモメさん……何カモメさんだっけ…?

 ここでようやく、博士が口を開いた。

「どうしたのですか? そんなに慌てて」

 そのフレンズは何かを言おうとしたが、ディアトリマさんと私を見た瞬間、はっと息を飲んだ。

 そして、半笑いしながら、二、三歩退く。

 

「…あ、お取り込み中、だった…かな…?」

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