#76  かんせい

「あっ、フーカ来たー!」

 

 背景を製作中の演劇組の元へ戻ると、キジさんが私に向って手を振ってくれた。

「あまり休憩できている様子ではありませんでしたが…」

「あっいや、大丈夫」

 ヘビクイワシさんが心配してくれたが、私は構わず首を横に振った。

 背景の製作は、私がいない間にだいぶ進んだようで、色がかなり鮮やかになっていた。思わず、すごい…と、声が漏れる。

「かなり頑張ってるんですよー? フーカさんも手伝ってくださいよー!」

 ライチョウさんがそう言って、私に筆を差し出してきた。

「い、いやー、私、絵には自信が…」

「良いから良いからー!」

 ぐいぐいと背中を押され、仕方なく筆を受け取り座り込む。取りあえず、お城の壁の部分を塗ることにした。同じ色を繰り返し塗る作業なら、誰にだってできる。

 しばらく真剣に描いていると、突然、バキッ!と、何かが折れる音がした。

「あっ…」

 見ると、隣で作業していたオウギワシさんの持っている筆が真っ二つに折れていた。

「えっ…?」

「あっちゃー…」

「え、ええ?」

 まさか折ったの…? と恐る恐る聞くと、オウギワシさんはがっくりと肩を落とした。

「オレ、力自慢なのは良いんだけど、こういう時に困るんだよなぁ…」

「い、いや、力があるのにも程がない…?」

 私が驚いていると、オウギワシさんの向こう側で作業していたコクチョウさんが話に入ってきた。

「オウギワシさん、凄いんですよ。この前なんか、片手でリンゴを割っちゃって…」

「かっ、片手で?!」

「いや……オレ、力はあるんだけど不器用で…。緊張すると無駄に力が入っちゃうんだよな…」

 無残にもバキバキになった筆を見ながら、オウギワシさんは目を細めた。

 いや、これは、逆に凄いような…。

 どうにか褒め言葉を考えていると、キジさんが私の隣にやって来るなり、思いっ切り明るい口調でこう言った。

「それって逆にすごいよー! フレンズによって得意なこと違うんだし、気にしない気にしない! はいっ、新しいふで!」

「あ、ありがとな。助かるぜ」

 オウギワシさんが申し訳なさそうに筆を受け取ると、キジさんはスキップしながら自分の作業場へ戻っていった。

 楽しそうに作業に戻るキジさんを見ながら、オウギワシさんが溜め息をつく。

「はぁー…。オレも、あんぐらいポジティブに行きたいんだけどなぁ…」

 向こうのコクチョウさんも頷いた。

「私もです…さすがキジさんって感じですよね」

「場を盛り上げようとしてくれてるのはありがたいんだけどな…」

 く、空気が重い…。

 キジさんがいるのといないのとでは、雰囲気がかなり変わってくるようだ。もしかしたら、演劇組がここまでやってこれたのは、彼女がムードメーカーであったからなのかもしれない。

 しかし、彼女達がどんな風にもめたのかが前々から気になってしょうがない。オウギワシさんとコクチョウさんの表情を見るに、かなり喧嘩をしたのだろう。正直何があったのか聞きたくて仕方ないのだが、雰囲気がもっと暗くなりそうで聞けない。

 昔の問題が解決しないままフェスティバルに入って、果たして演劇が成功するのか……それは私だけでなく、みんな心配しているのだろう。

 だからこそきっと、その心配を吹き飛ばすために、キジさんがあんなに明るく振舞っているのだ。

 

 それからは、メンバー達とたわいない会話をしながら、作業を進めた。

 メンバーからは色々な話を聞いた。元々トキイロコンドルさんが趣味で小説を書いていたところをアスカに注目され、演劇の脚本を書いてみないか誘われたこと。本当はトキイロコンドルさんが書いた脚本を人間が演じる予定だったのを、ヘビクイワシさんが全てフレンズでやりたいと言い出したこと。

 

 そして、ヘビクイワシさんとトキイロコンドルさんが昔は大の仲良しだったということを、オウギワシさんがこっそりと教えてくれた。

 

 今のあの二人はとてもピリピリしていて、どう見ても仲良しだとは思えない。

 あの二人がどんな喧嘩をしているのかは分からないが、とにかく、監督と脚本家の繋がりは大切だ。

 ここで私は考えた。

 二人の仲が回復する方法をだ。

 せっかくフェスティバルをするからには、やはり全員が楽しまなければいけないだろう。

 人生を少しも楽しんでいない…いや、楽しもうとしていなかった私が言うのは余計なお世話かもしれないが、二人の仲を取り戻せるのは、きっと私しかいない。

 

「やったー!! かんせーい!!」

 キジさんの万歳と同時に、背景が完成した。

 目を見張るほど綺麗な描写。まるで、美術部員が描いたような絵だ。

「すごい…! これで演劇がもっと良くなるね」

 私が拍手すると、それに続いてメンバー達も手を叩いた。

「フーカ君、ありがとうございました。あなたのお陰で、演劇が更に良い物になりそうです」

「ヒトがいた頃の輝きが戻ったような気がするな」

 ヘビクイワシさんとトキイロコンドルさんが礼を言ってきたので、私は手を横に振る。

「いや、感謝なら私じゃなくて、みんなに言わないと。私は発案しただけだしさ」

「………」

 すると、ヘビクイワシさんは歓喜するメンバー達に向き直り、

「皆のおかげで素晴らしい背景ができました。感謝します」

 と、一礼した。

 すると、メンバー達の笑顔が、花を咲かせたように明るくなり、

「みんなで頑張った成果だからな!」

「この調子で、劇も頑張りましょうー!」

「衣装の制作も頑張らなくてはな」

「私、もっと頑張れる気がします…!」

 手を取り合って喜んだ。

「カントクー! これからも頑張ろうね!」

 キジさんは、ヘビクイワシさんの手をぎゅっと握り、ぶんぶんと振った。

「………」

 一瞬、ヘビクイワシさんは何か懐かしいものを思い出させられたようだった。

 そして、少し間を置いてから口角を上げ、

「…そうですね。頑張りましょう」

 小さな笑みを浮かべ、そう言った。

 

 まだ希望はある。

 もしかしたら、私が何もしなくても、このままでも良いのかもしれない。

 少し安堵しつつもメンバー達を見ていたのだが…

 

 私はぞっとした。

 

 メンバーの中でただ一人、トキイロコンドルさんが全く笑っていなかった。

『ヒトがいた頃の輝きが戻ったような気がするな』

 さっきは、あんなことを言っていたのに。

 あれは、嘘だったのだろうか。

 

 やはり、私が動く必要があるようだ。

「…ごめん、私、ちょっと博士たちのところに行ってくる」

「えっ? もう行っちゃうの?」

 キジさんが、寂しそうな顔をした。

「あっいや、またすぐに帰ってくるけど…ちょっと言い忘れてたことがあって」

「すぐに帰ってくるなら良いのですが…」

 突然のことに驚いているメンバー達を置いて、私はステージ前を離れた。

 広場を見渡すが、博士がいない。

「…あれ?」

 ログハウスに戻っているのだろうか?

 じゃあ、助手は…?

 助手もいない。

 一人で困っていると、椅子を持ったアリツカゲラさんが声をかけてくれた。

「フーカさん、どうしたんですか〜?」

「あっ、博士は今どこに…?」

「ハカセなら、さっきジョシュと一緒にログハウスに行きましたよ〜?」

「あー、そうですか…」

「何かあったんですか〜?」

「ちょっと聞きたいことがあって…」

「私で良ければ、連れていきますよ〜?」

「えっ、良いんですか?」

 本当なら申し訳ないのだが、正直私は今すぐに博士の元へ行きたい。ここはお言葉に甘えてしまおう。

「はい〜。この椅子を置いたら、すぐ行きますから〜」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 アリツカゲラさんに送ってもらい、私はログハウスの前に降り立った。

「ありがとうございました、助かりました」

「いえいえ、困った時はお互い様ですからね〜。では、私はこれで〜」

 アリツカゲラさんを見送った後、私はログハウスの前に立つ。

 私が博士に会いに来た理由はただ一つ。

 演劇グループが、過去にどんな喧嘩をしたのかを聞くためだ。

 きっと博士なら、彼女達の現状を知っているに違いない。

 忙しいから邪魔するなです!…と言われそうだが、一瞬でも良いから訳を聞きたい。博士に教えてもらえなかったら、直接メンバーに聞くしかなくなる。

 私は深呼吸をし、ドアを叩こうと手を握った。

 しかし。

 

「もう良いよ! 直接聞きに行くから!」

 

 ノックをする直前、怒声と共にドアが勢い良く開いた。

「っ!?」

 必死にかわそうとしたが間に合わず、ドアは私に向かって猛突進した。

 私の身体が、勢い良くドアに跳ね飛ばされる。

 運良く顔に直撃することは無かったが、胴体に思いっ切り当たったせいで、呼吸が苦しい。

 尻餅をついて息を切らしていると、ドアを開けた張本人が、口に手をあてて私を見た。


「えっ……ご、ごめん! 大丈夫?!!」

 

 大丈夫、と言えるほど呼吸が安定しない。

 ドアを開けた見慣れないフレンズは、私の肩をがしっと掴み、揺さぶった。

「大丈夫?! ねぇ!」

 私は、力の限り頷く。大丈夫ではないが…

 すると、ドアの向こうから博士が出てくるなり、私の元へ駆け寄った。

「ふ、フーカ…?!」

 助手も一緒になって外へ出てくる。

「フーカ、何故ここに…?!」

 

 私は、返事ができなかった。

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