#75  あのふたり

 背景の製作が始まった。

 幸い、材料はまだ使い物になりそうな物ばかりだったため、無駄な時間を浪費せずに製作に取りかかれた。


 お城の背景はうっすらとインクが残っていたので、下描きも必要なく、その上から新しいインクを塗ればすぐに完成するものだった。

 正直、画力に自信の無い私が筆を手にすることだけは避けたかったのだが、その必要もなさそうだ。本当に助かった。


 色塗りはフレンズ達に任せて、少し広場内を散策してみることにした。

 広場の外回りには既にいくつかブースができていて、フレンズ達が出展の準備をしていた。何度か話したことのあるフレンズもいれば、初めて声をかけられたフレンズもいたが、どの子も親切に対応してくれた。それどころか、これはどう使えば良いか分からないだの、お客さんを呼ぶ工夫はどうすれば良いかだの、四方八方から助けを呼ばれた。

 この子達は本当に大丈夫なのだろうか…と心配になるブースもあったが、そのブースについては、きっとこの後博士達に助太刀を頼まれるだろう。

 

「はぁー…」

 一通り回り終え、精神的に疲れたので、広場の外の林縁で休むことにした。

 丁度良い木陰に石があったので、腰をかけてまた溜息をつく。

「はぁぁ〜…疲れた…」

 喉が乾いたな…と思った矢先に、突然背後で草の揺れる音がした。

「ひっ?!」

 私は反射的に立ち上がり、草むらから離れる。

「な…何?」

 否。ピョコピョコという可愛らしい足音と共に、見覚えのあるロボットが飛び出してきた。

「あっ、確か…」

 フレンズ達が、『ボス』と呼んでいたロボットだ。

 まさか、私を追いかけて来たのだろうか?この前のように、何か動画を見せてくれるつもりなのならば、見せて欲しい。アスカが残した記録に違いないはずだ。

「久シブリダネ、フーカ」

「あ、うん、久しぶり…」

「マダ伝エ忘レテイタメッセージガアッタヨ。再生スルネ」

「えっ、ちょっ…」

 瞬間、ボスはまたレンズのようなものから眩しい光を放ち、動画を再生させ始めた。

 私の目に映ったのは、こちらをとても真剣な眼差しで見つめるアスカの姿だった。アスカは、頬や顎に厚いガーゼを貼っている。

 

『…何度も申し訳ないんだけど、またお願いしたいことがあるんだ。本当にごめん。でも聞いて』

『ガイドノ頼ミハ何デモ聞クヨ』

 

 ボスの音声が入っているということは、このボスがアスカと話している時に録画したのだろう。なぜそうしたのかは分からないが。

 

『あの事件が収まって以来、あいつの活動が一切見られなくなったよね。本当に何事も無かったかのように…』

 

 あの事件というのは、この前見た火の渦のことだろうか? だとしたら、スザクさんが「逃げろ」と叫んだ直後、アスカ達は無事に避難し、怪我は火傷程度で済んだのだろう。

 

『実はあの後、スザクと話し合ったんだ。何であいつが全く動かなくなったのか…。そしたら、スザクがこんなことを言った』

『………』

 

 ボスは静聴しているようだ。

 

『みんなが避難した後、スザクがあいつと1対1で手合わせした時に、あいつは何故かフレンズの姿に変化していたらしい』

 

 フレンズの、姿…?

 あいつというのは、あの火の渦を巻き起こしていたセルリアンの事なのだろうか?

 

『スザクはあいつの封印に成功はしたものの、あいつは封印される直前に本物のフレンズをすり替えていて、本物のフレンズを間違えて封印してしまった、って言ってた』

 

 アスカの言葉に、鳥肌が立つ。

 実感は湧かないが、彼女は今、とてつもなく恐ろしいことを言った気がする。

 

『封印はとても強くて、強引に解くと衝撃でフレンズの姿を保てなくなってしまうかもしれない…って言ってた。だからと言って封印が自然に解けるのを待とうと思っても、かなり時間がかかる…』

 

 アスカの表情は、フレンズへの不安と『あいつ』と呼んでいる者に対する怒りが混ざっていた。

 相変わらず、ボスは相槌も打たない。

 

『私はここを出なきゃいけないけど、そのフレンズのことがどうしてもどうしても心配…だからお願い、その事について調べてほしいんだ。少しでも分かったことがあったら、そのデータを送ってくれれば良い。お願い』

『…マカセテ』

 

 ボスの返事はとても無機物的だったが、何故か頼もしさを感じさせられた。

 

『ありがとう。何故か分からないんだけど、スザクは封印したフレンズが誰なのか教えてくれなかったんだ。だから、名前だけでも良い。とにかく何でも良いから、ちょびっとでも良いから、教えて…』

 

 必死に訴えるアスカの目には、涙がたまっていた。彼女のフレンズを心配する気持ちが、痛いほど伝わってくる。

 

『それで、スザク曰く、あいつは今封印されているフレンズに変化して、そのフレンズのフリをして過ごしているらしい。だからあいつの動きが見られないんだって。スザクは何にすり替わってるか知ってるはずなのに、何で退治しようとしないのか……あ!』


 彼女の表情が突然、変わった。何か思い出したのだろうか。

 

『…そうだ、スザクは確か、「そのフレンズが元の動物に戻ったら、それほど悲しいことはない」って言ってた……だとしたら、あいつが化けてるフレンズは多分───』

 

 

 

「やーっと見つけたのだー!!」

 

 

 

 突然、ボスの背後から大声がした。

 ボスは驚いたようで、レンズから出している光を消してしまった。

 あっちょっと、今大事な所だったのに…!

 心の中でそう嘆いた瞬間、草むらから人影が飛び出してきた。

「わっ?!!」

 私は、ボスが飛び出して来た時以上に驚き飛び上がった。

 見ると、頭に灰色の大きな獣耳を付けた女の子が、ボスの胴体をがしっと掴んでいた。

 この子もフレンズなのだろうか? 鳥以外のフレンズは初めて見た。何だか新鮮な感じがする。

 

「アワワワワワワ…」

「どこに行ってたのだ、ボスー! 早くジャパリまんをよこすのだー!」

「アワワワワワワワワワ…」

 ボスはパニック状態のようで、目を点滅させながらひたすらアワワワ言っている。女の子は必死にボスの体を揺さぶっていた。

 

「アラーイさーん、そのボス、ジャパリまんは持っていないみたいだよー?」

 

 今度は、私の背後から呑気な声がした。

「わっ?!」

「おー?」

 振り返ると、今度はとても大きな獣耳の女の子と目が合った。クリーム色の髪と耳に、ピンク色の服を着ている。

 その子は私の顔を見るなり、また呑気な声を出した。

「君は何のフレンズだいー? 見かけない子だねー」

「えっ、あ、私は人で…」

「…ヒト?」

 女の子の目が少し丸くなる。

「ガイドさん、ではなさそうだねー」

「あ、うん、訳あってここに…」

「ふーん…」

 久々に人間を見かけたのだろうに、この子はさほど驚いてはいないようだ。

 しかし、ボスを持っていた子は全く正反対の反応で、

「ヒト?! おまえ、ヒトなのかー?!」

 すごい声量で私を指さした。

「うん、人だけど…」

「ヒトなら、ミライさんがどこにいるかも知っているのか?!」

「み、ミライさん…?」

「アライさーん、この子はパークのスタッフさんじゃないと思うよー? 何でここにいるのかはすごく気になるけど、ボスと何か話してたみたいだし、別のボスを探そうよー」

「嫌なのだ! ミライさんの居場所を探し出すのだー!」

 荒井さん?と呼ばれた子は、幼稚園児のように駄々をこねている。それを大きな耳の子が、呑気な口調で説得した。

「だからアライさん、ミライさんはもう帰ってこないよー」

「…あ、あのー、ミライさんって…?」

 私が申し訳なさげに話に入ると、大きな耳の子が答えてくれた。

「パークのガイドさんだよー。もういないけどねー…ほらアライさん、もう行くよー?」

 答えるや否や、女の子は林縁に沿ってすたすたと歩き始めた。

「あっ、待つのだフェネックー!」

 それを見た荒井さん?が、慌ててボスを下ろし、フェネックと呼ばれた女の子を追いかけた。

 荒井さん?がフェネックさんに追い付いたところで、フェネックさんがこちらを振り返り、軽く手を振ってきた。

「邪魔してごめんよー。またねー」

 

 

 …何だったのだろう?

 騒がしい凸凹コンビの背中を見届けながら、私は首を傾げた。

 それにしても、ここには本当に色々なフレンズがいるらしい。今までは鳥のフレンズしか見たことがなかったが、これからは犬や猫のフレンズにも出会えるかもしれない。

 

 …ん?

 荒井さん…荒井さん…

 もしかして、あの髪の模様からするに、あの子は…

 

 アライグマ?

 かもしれないな…

 

 フェネックという動物は聞いたことがないが、きっと海外に存在するのだろう。

 

 二人の姿が消えた頃に、私はやっとボスの存在を思い出した。

「…あ、ボスは…?」

 荒井さん?がボスを置いた場所を見ると、そこにボスの姿はなかった。

「…あれっ?」

 二人に驚いて、逃げてしまったのだろうか?

 

 


 そのフレンズが元の動物に戻ったら…

 それほど悲しいことはない……?

 

 アスカの言葉を思い出す。

 どういう意味だったのだろうか?


「…ボスー? いるー?」


 草むらに向かって声をかけてみたが、返事はなかった。

 仕方がない。あまり休憩できなかったが、演劇組の元へ戻ろう。

 

 アスカのあの言葉は、頭の引き出しの中にしっかりとしまっておくことにした。

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