#74  かける

「いやー、最高最高! よくあんなに上手くなったなぁ」

 演劇の終了後、アスカは拍手をしながら舞台裏にやってきた。

「でしょでしょー? 良かったでしょー!」

「アスカさんに褒めてもらえるなんて、嬉しいですーっ!」

「うん、すごく良かったよ。お客さんもすごく楽しんでくれたみたいだしね」

 アスカの目線の先には、楽しげに感想を語りながら会場を後にする観客達がいた。

「やはり、観客が喜んでくれるとやりがいを感じますね」

 ヘビクイワシも、観客を見ながら微笑む。

「一番大事なのは、お客さんに喜んでもらうこととフレンズ達が幸せに暮らす環境を作ることだからね。私達ガイドも、それを目的にパークを運営してる。みんなも、パーク盛り上げてくれてありがとね」

 アスカは一同に礼を言うと、「じゃ、私は仕事が残ってるので」と一言かけ、その場を後にしようとした。

 しかし、一人の少年の声が、それを引き止めた。

 

「おかあさん!!」

 

 アスカは驚いて振り返る。

 見ると、メンバー達の背後で幼稚園の年長くらいの少年が仁王立ちしていた。

 メンバー達も、アスカに続いて振り返る。

「かっ…カケル?!」

 動揺するアスカに構わず、カケルと呼ばれた少年は声を張り上げた。

「いまのえんげき、つまんなかった!」

「えぇ?! てか、何でここにいるん?!」

「ついてきたから!」

「…何でついてくるんだよ…」

 がっくりと項垂れるアスカに、ヘビクイワシが声をかけた。

「アスカ、このヒトは誰でありましょう?」

 アスカは俯きながら答えた。

「私の子供…」

「こっ、子供?!」

 女性しか存在しないフレンズにとって「子供」という概念は理解し難いものだったが、子供の意味は大抵のフレンズが知っていた。

「確かに、何か目付きが似てるような…?」

「うぅーん、言われてみれば…」

「そんなこと言ってる場合じゃなーい! カケル、今すぐお父さんのとこ戻って!」

「えー? おとうさん、おなかこわしてトイレ…」

「はぁ?!」

「かきごおり、いっぱいたべてたから…」

「あんにゃろう、何で食べ放題に参加するんだよ…! とにかく、一緒に外出るぞ!」

「やだ!」

「なぜ!?」

「だってあのえんげき、つまんなかったんだもん!」

「だからアンタね、それは役者の目の前で言うもんじゃないでしょーよ!」

「いや、ぜひ聞きたいな」

 二人の口論に口を挟んだのは、トキイロコンドルだった。

「…へ?」

 アスカは口をぽかーんと開け、トキイロコンドルの顔を見る。彼女は真剣な眼差しで、メガネのブリッジをくいっと上げた。

「観客を楽しませるのが目的なんだ。アスカだってそう言っていたじゃないか」

「いやでも、こいつは観客じゃなくてただのガキンチョで…」

「観客であることには変わりありません」

 ヘビクイワシも賛同の意を見せる。

「…はぁ…分かった、でも絶対に頼りにしちゃ駄目だからね。ただの子供の意見だから、真に受けたら──」

「何がつまらないんだ?」

 アスカの言葉そっちのけに、トキイロコンドルはカケルの意見に耳を傾ける。

 カケルはフレンズ達を見上げ、はっきりと話した。

「ヒーローよりも、シンデレラをやってほしい!」

 彼の率直すぎる意見に、アスカはまた項垂れる。

「だからそれ、ただのアンタ個人の好みでしょ…?」


「…しんで、れら…?」

 フレンズ達は、シンデレラという物語を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、シンデレラの劇を始めたの?」

「そうだよ。としょかんで本を借りて、みんなで勉強して…。すっごく頑張ったなぁ」

 キジさんが懐かしそうに答えた。

 アスカが既婚者だったとは意外だ。旦那さんもジャパリパークの職員なのだろうか?

「その演劇が、かなり好評だったんですよねっ!」

「そうでしたね…ヒーロー物以上に、お客さんが盛り上がってくれました」

「オレ的には、ヒーロー物の方が良いと思ってたんだけどなー…」

 なるほど。もしかしたら、観客の年齢層が高めだったのかもしれない。子供の人気を集めるヒーロー物よりも、シンデレラの方が幅広い世代に受けたのだろう。

 しかし、ここで一つ気になることがある。

「でも、何でトキイロコンドルさんはその理由を私に教えたくなかったのかな?」

 カケルくんの指摘を聞きたがっていたのはトキイロコンドルさんのはずなのに。てっきり、もっと深い訳があるのかと思っていた。

 すると、エジプトガンさんが口を開いた。

「二人が喧嘩したんだ」

「け、喧嘩?」

 トキイロコンドルさんと、誰が…?

「そうだ。少し前に、ヘビクイワシがヒーロー物をやりたいと言い出してな……トキイロコンドルがそれに反論したんだ」

「あ、なるほど。それで、どっちをやるべきか口論になったってこと?」

「そういうことだな。まぁ、私は途中からメンバーになったから、カケルというヒトの話は直接聞いていないんだが…」

「とりあえず、シンデレラとヒーロー物を合体させることで話はまとまったんだけど…。その喧嘩のせいで、メンバーが二人抜けちゃったんだよね…」

「…えっ?」

 メンバーが、二人抜けた…?

 確かにそんな過去があったなら気まずくなるのは当然だし、トキイロコンドルさんが理由を話したくない訳も分かる気がする。

 ここで私は思い出した。確かにひでり山の頂上で集まった時、演劇メンバーにはあと二人、ここにいないフレンズがいた。しかし、メンバーが抜けたということは、相当もめたのだろう。どんなレベルの喧嘩をしたのか聞きたかったが、そこまで聞く勇気が私にはなかった。

 


 話が詰まったところで、背景の材料を持ったフレンズ達が戻ってきた。

 こちらに向かって飛んでいる三人を見るなり、キジさんが私にこう耳打ちした。

 


「とにかく、今は雰囲気を壊しちゃ駄目だから。フーカも明るく振る舞ってね!」

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