#73  かんそう

「フーカ! どうだった? すごかった?」

 キジさんが、私を期待の眼差しで見る。

 演技を終えたフレンズ達がステージから降り、私の前に集まってきた。

 

 感想の言葉が思いつかない。

 

「私の演技、どうでしたか?」

「やっぱ最後の必殺技、カッコいいよな!」

「これで衣装と背景がつけば、最高だろう?」

「脚本は完璧だろうか?」

 役者に続き、裏方のメンフクロウさんとトキイロコンドルさんも出てきた。

 

 だから、思いつかないんだって…!

 

 必死に考え込む私を見て、ヘビクイワシさんがこう言ってきた。

「きっと、良い所も悪い所もたくさんあるでしょう。それを指摘するのがフーカ君の役目です。お願いします」

 

 フレンズ達に返事をせがまれ、私は言葉を絞り出した。

「…みんなの演技はリアルで見てて楽しかったよ。すっごく上手いと思う」

 とりあえずは、褒めた方が彼女達のためだろう。

「やったー! ヒトよりも上手いって!」

「ありがとうございますー!」

 しかし、本当に言いたいことはこんな事ではない。

 

「…ただ…」

 

 私がぼそっと呟いた瞬間、フレンズ達の表情が曇った。

「…ただ?」

 ヘビクイワシさんが、メガネの向こう側から私を真剣な眼差しで見てくる。

「ただ、何ですか?」

 私は、彼女達が傷つかないよう、優しい言葉を選びながら口に出す。

「…その、どっちかにした方が良いと思うんだよね…」

「どっちか…とは?」

 トキイロコンドルさんが首を傾げる。

「シンデレラか戦隊物か……どっちかにした方が良いと思う」

 私のアドバイスに、ヘビクイワシさんが小さな溜め息をついた。やっぱりな、という様子である。

「やはり、そうですか。フーカ君もそう思いますか」

「…え? 分かってるの?」

「ええ。私も、二つの物語を合体させるのはまずいと、何度も指摘しております。そうですよね、トキイロコンドル君」

 ヘビクイワシさんに話を振られたトキイロコンドルさんは、目をそらしながら小さく頷いた。

「あぁ」

 周囲のフレンズ達も、少し気まずそうな表情をしている。

「…分かってるのに、何でその、止めないの…?」

 〝止める〟という言葉が気に触るかもしれないと思ったが、口に出した。ヘビクイワシさんはきっと、この脚本をあまり気に入っていないのだろう。

「分かってはいる。だが、私達にも理由があるんだ」

「理由?」

「…とにかく、脚本はこのまま変えたくないんだ。それ以外のことで何か指摘はないか?」

 

 それって、一番の問題点を直せないってことじゃん…!

 

 シンデレラからの戦隊物という意味不明な展開を無くさない以上、この演劇は上手くいかない気がするのだが…。

 脚本を変えたくない理由を知りたいが、簡単に教えてはくれなさそうだ。

 仕方ない。理由は後で他のメンバーにこっそり聞くとして、この脚本のまま彼女達をどう指導すれば良いのだろうか?

 はっきり言って、彼女達の演技はかなり上手い。だから物語はメチャメチャでも筋は通っているように感じるし、博士達のようなよっぽど賢いフレンズが見ない限り、何の違和感も感じないのだ。

 だから、私が意見するようなこともそう多くないのだ。

 

 ただ、人間からするとこの物語は混沌とし過ぎている。人前であの演技をしたら、大半の人間は首を傾げるだろう。

 あの脚本でも演劇は成功すると思うが、それはジャパリパーク内だけでの話である。私は人間だ。人間的には、あの内容はどうしても止めた方が良いと思う。

 

「そうだね……あっそうだ、キジさん。最初の『はじまり』と最後の『めでたし』は、あんなに沢山言わなくて良いと思うな」

 一旦脚本のことは諦めて、それ以外の指摘をすることにした。

「えーっ? そう? 私は多い方が良いと思うんだけどなぁー」

「いや、ヒトは二回しか言わないよ」

「そ、そうなの?! めでたしめでたし?」

「そう。めでたしめでたし」

「そっかー…じゃあ仕方ないね、そうするよ!」

「うん。あと、キュウシュウフクロウさんはオウギワシさんを本気で殴り過ぎじゃないかな…?」

「…そうですか?」

 先ほどのヒーローとは全く別人のような大人しい口調で、キュウシュウフクロウさんは答えた。

「うん。キュウシュウフクロウさんは演技にメリハリがあってすごいと思うけど、何だかあまりにも暴力的かなーって…」

「そうですかね…?」

 キュウシュウフクロウさんは少しも悪びれず、オウギワシさんに問いかけた。すると、オウギワシさんは自慢気にこう答えた。

「それは大丈夫だぜ! ちゃんとかわしているからな!」

「か、かわす?」

「あぁ! キューティーが攻撃するタイミングは、ちゃんと話し合ってるからな。だから、ダメージは最小限に抑えられるぜ!」

「…なるほど、すごい…」

「私の設定には、きちんと付き合ってもらっていますからね」

 なるほど、キュウシュウフクロウさんはキャラを設定してそれを実行するのが好きなのか…。

 演劇グループのメンバー達もかなり個性的で、面白い。

「じゃあ、衣装と背景はどういう感じなの?」

 私は話を切り替え、今度はメンフクロウさんに問いかけた。

 演劇に大切なのは演技だけではない。それにフレンズ達は、話の流れよりも衣装や背景の方を気にして見るだろう。

「衣装は大体できているよ。後で見に来てほしいな。問題は、背景が全くできていないことだね」

「えっ、背景ないの?」

 まさか、背景は作らないつもりでいたのだろうか?

「いや、元から作るつもりではいるんだけどね……どういう風に作るか決めていないし、あと一ヶ月で完成するかも分からない。正直、作らなくても良いんじゃないかなと思い始めているんだ」

「この演技を完成させるまでにもかなり時間がかかりましたからね。背景を作る余裕がなかったのでありましょう」

 小さな笑みを浮かべながら話すメンフクロウさんの言葉に、ヘビクイワシさんが付け加えた。

 確かに、あの演技ができるようになるまでにはかなり時間がかかったのだろう。だが、背景がないのは雰囲気が欠けるし、フレンズ達の反応も薄くなってしまう。

「うーん……私的には、背景は作った方が良いと思うな。お城の雰囲気とか出さないと、やっぱり見ている子達は感動してくれないと思う」

 

 

 

 メンバー達は私の意見に賛同してくれた。

 ヘビクイワシさんの指示で、背景の製作が始まった。

 彼女曰く、ヒトがここにいた頃に一度背景を作ったことがあるそうだ。その材料が、近くの倉庫に残っているかもしれないらしい。

 ヘビクイワシさんとトキイロコンドルさん、メンフクロウさんの三人が倉庫へ向かってくれた。

 これはチャンスだ。トキイロコンドルさんがこの脚本を変えたくない理由を聞き出せるかもしれない。

 どうやって話を切り出そうか考えていると、キジさんが声をかけてきた。

「いやー、フーカには本当に感謝してるよ」

「…え?」

「何か、私はただ楽しいから演劇の練習をしてたけど、フーカのおかげで見ている子達を楽しませなきゃダメだよねって思い返せたんだ」

「あ、そうなの…?」

「そうだよー! 自分だけ楽しくてもダメだよね!」

「キジの言う通りだぜ! 楽しむのは観客だもんな!」

「私はあくまでも性格を設定するのが好きだからやっているだけですが……それを見て楽しむ子達を見ると、もっと楽しくなれます」

「そうですね! 私も、もっと楽しんでもらえるように頑張りたいですっ!」

 どうやら、私の言動で傷ついた子はいないようだ。それどころか、みんなやる気モードになっている。

 テンションが高い中申し訳ないが、今しか聞けない。私は息を飲み、口を開いた。


「…ねぇ、トキイロコンドルさんが脚本を変えたくない理由って…何なの?」

 

 瞬間、メンバーの表情が固まった。

 笑顔がサーッと真顔に変わる。



 しばらく沈黙が続き、最初に声を出したのは、ライチョウさんだった。

 


「…だって、カケルがああしろって…」

 


 ……カケル……?

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