#72  どうしてこうなった

「ヒトはお話を作るのが得意らしくて、今まで色んなお話を作ってきたんだって。でも、どんなお話か気になっても、私達フレンズのほとんどは文字が読めないから分からないよねー?」

 

 ステージの中心でプロローグを楽しげに語るのは、キジさんである。

 

「そこで、みんなにお話を知ってもらいたくて結成したのが、私達演劇グループ! メンバーが物語に登場するキャラクターになりきってお話を進めるよ! とーっても楽しいから、最後まで見ていってねー!」

 

 アンパン○ンショーのような入り方だが、フレンズ達にとっては分かりやすいだろうな、と思った。思っていたよりも期待して良さそうだ。

 

 しかし。

 

「今日やるのは〝 シンデレラ〟というお話だよ! それでは、はじまりはじまりはじまりはじまりー!」

 

 …え?

 シンデレラ…?

 ここで私は顔をしかめる。

 ステージ裏へとはけていくキジさんの背中を見て、おいおいおい、と心の中で叫んだ。

 

 確か彼女達は「戦隊物」をやっているはずじゃ…?

 いつからシンデレラなどといったメルヘンチックな物語に変わったんだ?

 嫌な予感がする。額を冷や汗がつたった。

 

 キジさんと入れ替わるように出てきたのは、確かキュウシュウフクロウさんと言っただろうか。とても大人しくて無口な雰囲気がしたが、果たしてどんな演技を見せてくれるのだろうか?

 

 ステージの中心に立ったキュウシュウフクロウさんは、悲しそうに空を仰ぎ、両手をぎゅっと合わせてこう言った。

 

「私はシンデレラ。今夜は近くのお城で舞踏会があるの。でも私は身分が低いし、ドレスも持ってないから、あそこに行くことはできないわ…。あぁ、もし、奇跡が起きるのなら、誰が私を舞踏会に連れて行って…!」

 

 すると、キラキラキラ、という効果音が流れ、ステージ裏から黒いマントを羽織ったフレンズが出てきた。

 名前は確か、コクチョウさんと言っていた気がする。

 

「舞踏会に行きたいのですね? 良ければ私がお手伝いしますよ」

「あ、あなたは…?」

「私は魔法使いです。あなたが舞踏会に行きたいのなら、その夢を叶えてあげましょう」

「ほ、本当?! お願い!」

 

 目を輝かせながら手を合わせるシンデレラに、魔法使いは持っていたステッキを指揮者のように軽やかに振った。

 キラキラキラ、という効果音がまた流れる。

 すると、隣に座っていたヘビクイワシさんがこう囁いてきた。

「ここで、シンデレラがドレスに早着替えする予定です」

「は、早着替え…?」

「はい」

 ヘビクイワシさんは素っ気なく答えると、またステージに鋭い視線を向けた。

 早着替えと言うと、プロのパフォーマーやアーティストがやっているのを見たことはあるが、フレンズにそれが可能なのだろうか?

 

「す、すごい、綺麗なドレス…!」

 シンデレラは、ドレスに着替えたつもりで演技を続けている。

 魔法使いは、穏やかに笑った。

「この格好なら、舞踏会に参加できるはずです。さぁ、行ってらっしゃい。ただし、夜中の十二時までには必ず城を出るのですよ」

「…え? どうして…?」

「十二時になったら、あなたにかけた魔法は解け、また元の服装に戻ってしまいます。それは避けたいでしょう?」

「そ、そんな! ……分かりました。必ず十二時までには帰ります」

「約束ですよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 シンデレラは礼を言うと、楽しげにステージ裏へと駆けていった。それに続き、魔法使いもステージから姿を消す。

 照明が暗くなり、また明るくなると、今度はまた違ったフレンズがステージに出てきた。白いルーズソックスを履いている。彼女は確か、ライチョウさんだ。

 

「私はお城のお姫様。今日は待ちに待った舞踏会! たくさんの人が来て、踊りを踊ってくれるのよ。すっごく楽しみね!」

 

 …お姫様?

 シンデレラって、確か王子様じゃなかったか…?

 違和感を感じたが、フレンズに男性はいないということを思い出し、確かに王子様を演じるのは無理があるなと納得した。

 

 その後、鐘の音が二回鳴り響き、ギーッとドアの開く音がした。

「はっ! 舞踏会の始まりの鐘だわ!」

 お姫様の声を合図に、軽やかなワルツが流れ始めた。お姫様は、手を胸にあて、ステージ下を楽しげに見ている。会場の上から踊っている者達を見ている設定なのだろう。

「みんな、とても素敵な踊りを踊っているわ……あっ!」

 お姫様は何かに気がついた様子で、こちらを指差してきた。

「えっ?」

 まさか私を指差しているのではないだろうな、と思ってそのまま後ろを振り向くと、5メートルほど離れた場所で、シンデレラが曲に合わせて踊っていた。

「う、上手い…!」

 思わず、感嘆の声が漏れる。

 流れるような動き。軽やかにステップを踏む足。

 これは見応えがあるなと思った。

 お姫様も彼女を見ていたようで、私と同じく感嘆の声を上げた。

「あの子、とっても綺麗に踊ってる…! すごいわ、ぜひ、一緒に踊りたい!」

 お姫様がシンデレラを呼ぼうとしたその瞬間、ステージ裏から不気味な笑い声が聞こえてきた。

 

「はーっはっはっはっはー!」

 

 颯爽とステージに現れた声の主は、確かオウギワシさんと言うフレンズだ。

 

 何だ何だ?

 話の方向が突然変わり、私は眉間にしわを寄せる。

 ちらっと横を見ると、ヘビクイワシさんは平然とステージを凝視していた。

 

 こ、これはまさか…。

 次の展開が何となく分かった気がする。

 その予想は、まんまと的中してしまった。

 

「私はこの街一の大泥棒だ! 今日は城の宝を盗みに来た!」

 

 そう宣言して、大泥棒は高らかに笑った。

 流れていたワルツが止まり、お姫様が声を上げる。

 

「な、何?! どういうこと?!」

「私が来たからには、ここのお宝は全て頂いていくぞ!! はーっはっはっはー!」

「た、大変だわ! 誰が助けてーっ!」

 

「待てーっ!」

 

 お姫様が悲鳴を上げた瞬間、背後から男勝りな声が響いた。

 今度は誰だ? と思って後ろを見ると、驚くべきことに、さっきとは全く違う形相をしたシンデレラが大泥棒を睨みつけていた。

 

 …え? 今の声、キュウシュウフクロウさんの…?

 と、思った瞬間、シンデレラが翼を広げ、ステージへ向かって猛スピードで飛んでいった。

 シンデレラはスピードを緩めないまま、大泥棒の頬にキックを食らわせた。

「ごふっ!」

 大泥棒はそのまま倒れ込む。

「な、何なんだ?! 何なんだお前っ?!」

 頬を抑えたままシンデレラを指差し、大泥棒は悲鳴を上げた。シンデレラは大泥棒を指差し返し、声を張り上げる。

「せっかくの舞踏会を台無しにするだなんて、許さない! 私は、今日という日を心から楽しみにしていたんだ!!」

 さっきまでの明るさとは打って変わったシンデレラの表情に、お姫様は驚いた様子で声をかけた。

「あ、あなたはさっき、踊りが上手だった…」

 それを聞いたシンデレラはステージ上に着地し、ビシッと腕を上げて決めポーズをした。

「私は正義の味方・シンデレラ! 舞踏会の平和は、私が守る!」

 

 思わず、心の中で「え〜…」と唸る。危うく声に出してしまうところだった。

 シンデレラから突然戦隊物に突入するという訳の分からない展開に、私は苦笑いするしかなかった。

 

「正義の味方ぁ!? ちくしょう、そんな奴ぶっ倒してやるっ!」

 頬をさすりながらも起き上がった大泥棒に、シンデレラは追い打ちをかけた。

「とりゃあっ!」

 さっきとは逆の頬に、強烈なパンチが炸裂する。

「いってぇ!」

 大泥棒は両手で頬を押さえながら、シンデレラを睨んだ。

「この野郎、許さねぇ!」

 

 さっきとはまるで別人のシンデレラは、観客側を振り返り、声を張り上げた。

「みんな! この大泥棒を倒すのを手伝ってくれ! 私に続けて『おーい!』と叫べば、私の仲間が来てくれる! じゃあ、私に続けて仲間を呼んでくれ! 行くぞ、せーの!」

 ヒーローショーにありがちな、観客が参加するパターンだ。私はここで参加するべきなのか迷ったが、一応小声で「おーい」と言ってやった。

 

 すると、ステージ裏から二人のフレンズが姿を現した。右がエジプトガンさん、左がクロハゲワシさんだった気がする。

「助けに来たぞ、シンデレラ!」

「私たちの力も貸すぞ!」

「ありがとう、みんなのおかげで仲間が助けに来てくれた! これで必殺技が使える!」

 

 三人はポーズを決め、

「くらえっ! 必殺キーック!」

 と叫ぶと、大泥棒に向ってキックを炸裂させた。

「うわーっ! やられたー!」

 大泥棒は断末魔の叫びを上げ、その場に大の字になって倒れた。

「やった! 大泥棒をやっつけたぞ!」

「みんな、ありがとう! これで安心して舞踏会が続けられる!」

 三人が観客側に礼を言うと、お姫様がヒーロー達に向かって頭を下げた。

「舞踏会を救ってくれてありがとうございました! お礼に、今日はごちそうを差し上げます!」

 すると、ヒーロー達はガッツポーズをし、同時に歓喜の声を上げた。

「やったー!」

 

 ヒーロー達はガッツポーズのまま静止し、ステージ裏からキジさんが出てきた。

「こうして、ヒーロー達によって舞踏会の平和は守られましたとさ。めでたしめでたしめでたしめでたしー!」

 キジさんの無駄に多い「めでたし」で、劇は幕を閉じた。

 

 


 役者達がステージ裏にはけた後、ヘビクイワシさんがメガネのつるをくいっと上げながらこう言ってきた。

 

「どうです? 最高の劇でありましょう?」

 

 

 

 

 

 

 ……どうしてこうなった……

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