ロックとトキのうた

#31  いばしょ

 イワシャコさん達に案内されて辿り着いたのは、会場からそこそこ遠い所に位置する小さめの倉庫だった。

 

 バンド組が倉庫のシャッターを上げると、中には何台かのギターが壁に立て掛けられており、それに囲まれるようにドラムとキーボードが一台ずつ置いてあった。

 

 キーボードの鍵盤を久々に見て、私は寒気を覚える。

 

「普段はここで練習してるんだ。さっきも言ったけど、私がギター、キクイタダキがドラム、そしてトキとショウジョウトキがボーカル担当だよっ」

 

「早速、演奏を聴きますか?! (ドヤァ)」

 

 ショウジョウトキさんがせかすので、私は素直に頷いた。

 

「うん、聴かせてもらおうかな」

 

「よし、来ましたよ! トキ、最高の音色を響かせましょう! (ドヤァ)」

 

「そうね。ふふ、何だかアスカに披露するようで不思議な気持ちだわ」

 

 メンバーが定位置についてから、イワシャコさんが軽くチューニングし、キクイタダキさんが合図を出す。

 

「ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」

 

 ギュイイイィィーン! と、ギターが激しい音を上げた。

 それに続き、キクイタダキさんが両手を巧みに使いながら太鼓やシンバルを打つ。

 大きな音量に頭が吹っ飛びそうだが、とても息の合った演奏で、格好いい。よく二人でここまで完成させたものだ。これなら博士も認めてくれること間違いなしだが…。

 

 問題は二人の歌だった。

 

 まず、トキさんがすうっと息を吸う。

 やけに大袈裟に吸うな、と思った瞬間。


「ここはぁぁぁぁジャパリパァァァーク!!」

 

 爆音とも言えるくらいの歌声(?)が、私の耳を貫いた。

 頭が釘を打たれたように痛くなる。

 

「たからかぁにわらいわらえばぁぁぁ…」

 

 トキさんの歌声(?)に続いてショウジョウトキさんが歌(?)を歌い(?)始めた時には、私の意識は既に薄れてきていた。

 

 全身の力が抜けて、私は後悔する。

 

 タカさんの忠告を、ちゃんと聞いておけば良かった…。

 だが、これは500メートル離れても無駄かもしれない。

 

 いっそ、10キロは離れた方が……

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

「……か! 楓花!」

 

 誰かが、私の名前を呼んでいる。

 

 そっと目を開けると、大きな大きなステージの上に、一つのグランドピアノがぽつんと置かれているのが見えた。

 私は、ホールの客席に座っていた。

 

 隣で私を呼んでいるのは、イワシャコさんでもキクイタダキさんでも、トキさんでもショウジョウトキさんでもなく、私の母だった。

 

「すごいわよ! ねぇ、信じられない!」

 

「…え?」


「えって、あなた、実感が沸かないの?! 最優秀賞よ、最優秀賞!」

 

 母の言葉に、私はまた寒気を覚える。

 

「さい…ゆ……」

 

 声が震える。

 スポットライトが私に当たり、その場にいる全ての人間が私に目線を集める。

 

 違う。私はステージにいるはずだ。

 ステージ上に集まり、私に笑顔で拍手を送る出場者達。

 違う。私はステージには上がれない。

 

「ほら楓花、早くステージに上がって!」

 

 母が、嬉しそうに私の腕を掴む。

 その嬉しそうな顔が、憎たらしかった。

 

「やめてっ!」

 

 そう叫んだ瞬間、会場はしんと静まり返った。

 ぽかーんと口を開ける母の手を振り払い、私は出口に向かって走り出す。

 

 みんな、私のことなんて一つも考えない。

 結局、他人事は他人事なのだ。

 

 もう、日本に私の居場所はない。

 

 私の居場所は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい光が、私の目に差し込んだ。

 スポットライトとは違う、きらきらと輝いた太陽の光だ。

 

「あっ! フーカ、目覚ました!」

 

 ギターを抱えた赤い前髪の彼女は、私と目を合わせるなり、嬉しそうにそう言った。

 

「ショウジョウトキ達の歌が素晴らし過ぎて、感激しちゃたんですか? (ドヤァ)」

 

 イワシャコさんの背後から、ショウジョウトキさんがひょっこりと顔を出す。

 

「うん、まぁ、そんなとこかな」

 

 私は、体を起き上がらせながら答えた。

 

「ただ、ちょっとパワフル過ぎるから、今のままだと博士には認めてもらえないかもね。ということで、練習しよう」

 

 その瞬間、四人の顔がぱぁっと明るくなった。

 

「ほんとっすか?! お願いしますー!」

 

「早く教えてください! (ドヤァ)」

 

 

 私の居場所は、ここ、ジャパリバークだ。

 

 誰もが互いを認め合える世界。

 

 だから、私も、他人事を他人事にはしたくないのだ。


「本当にアスカそっくりなのです」


 ふと、博士の言葉が聞こえた気がした。

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