#3   ふれんず

「突然おしかけてごめんなさいね。あなたはガイドさんかしら?」

 

 三人の内の一人にそう聞かれ、私は目を細めた。

 ガイド? この世界にとってヒトは「ガイド」なのか?

 

「いや、あの、私はガイドでも何でもなくて…」

「じゃあ、何のヒトなの?」


 三人は期待して私の答えを待っているようだった。申し訳ないが、私は君達の期待に応えることはできないだろう。

 何せ、この世界には、さっき来たばかりなのだから。

 

「私はヒトだけど、その、何て言うの……元々ここに住んでる訳じゃなくて、今さっきここに来たというか…」

 

 途端に、三人の表情が曇った。

 

「さっき来たって、どういうことだ…?」

「確かに、ヒトはすごく遠い場所から渡ってくる、って聞いたことはあるけど…」

「ジャパリパークのこと、何も知らないのね?」

 

 隣で呆然としている記憶喪失の女の子とは違い、コミュニケーションが得意そうな三人は、私にどんどん顔を近づけてくる。あまり得意でないタイプだが、悪い子達でもなさそうだ。

 

 …ん? 待てよ?

 

 私は、さっき三人組の一人がぽろっと出した単語を思い出す。

 ジャパリ、パーク…?

 

「ここは、ジャパリパークっていうの…?」

 思わず、口に出して聞いてしまった。

 

「…え? もしかして、それすら知らない感じかしら?」

 

 はい、知らないです。と言わんばかりに、私は深く頷いた。

 三人の表情が、更に曇る。そして、仲間内で何やら話し始めた。

 

「どういうことだ…?」

「あの子、本当にヒトなの?」

「まさか、セルリアンじゃ…」

「いや、セルリアンだったら、隣にフレンズを連れてるなんてあり得ないわよ」

 

 ひそひそと話しているつもりなのかもしれないが、会話は丸聞こえである。

 セルリアン、フレンズ、と知らない単語が続けて出てくるので、私と記憶喪失の女の子は、顔を合わせて首をかしげた。

 

 話がまとまったようで、三人組の内の一人が、今度は記憶喪失の女の子を指差した。

 

「ちなみに、あなたも見かけない子ね。何のフレンズかしら?」

 

「はっ、はいっ?!」

 

 女の子は、びくっとしてすっとんきょうな声を上げた。

 

「見た感じ、鳥の子ではあるようだけど…」

「いや、あの、その…」

 

 私以上に人見知りであろうこの子が、私以外の人と話すのは難しいと思い、三人には申し訳ないが、私が代わりに答えることにした。

 

「あ、この子すごく人見知りだから、私が代わりに答えます……聞きたいことがいくつかあるんですけど、ここはジャパリパークって言うの?」

 敬語とタメ口の混ざった、おかしい質問になってしまった。

 この世界は上下関係をあまり気にしていないようなので、今後はタメ口を使うことにする。


「そうよ?」

 

「それと、フレンズっていうのは、皆みたいに空を飛べる人のこと?」

 

「えっ?」

 三人は、揃って声を上げた。

 きっと私は今、この世界にとって常識であることを平然と質問しているのだろう。

 

 しばらく答えを待っていると、今度は私が質問をされた。

 

「もしかして、あなた達…この前の噴火で生まれた子達?」

 

 だから、意味が分からない言葉を立て続けに出さないで…!

 

 話が全く噛み合わない。

 記憶喪失の女の子は、言葉に詰まってあたふたしている。

 こういう時は、とりあえずこっちの事情を詳しく伝えるのが一番早く話がまとまりそうだ。

 

「あの、私達は…」

「まぁ、あなたがヒトであることに変わりはなさそうだし、この子が何のフレンズか教えてもらうためにも、ハカセのところに連れて行った方が良さそうね!」

 

 事情を話す前に、話は強引にまとめられてしまった。

 

「…え? でも、このヒト記憶がないのよ?」

「関係ないわ! ここでチャンスを逃したら、もう二度とヒトに会えないかもしれないのよ」

「確かにそうだが、何の知識もないヒトに頼んでも上手く行かないんじゃないか?」

 

 残りの二人が反論する。結局まとまらないじゃないか…。

 しかし、彼女達はどうしても人間を必要としているようだ。最終的には、私をその博士という者のところへ連れていくことにしたらしい。

 

「詳しい話は後でするわ。今、私達にはヒトがどうしても必要なの。突然で申し訳ないけれど、ついてきてくれないかしら?」

 

 博士、という者がどんな者なのか少々怪しいが、ここまで自分を必要とされることもなかなかないので、頼られてみることにした。

 ただし、条件を一つクリアしてほしい、とお願いする。

 

「食べ物が欲しい?」

 

 色々ともめている間に、記憶喪失の女の子の空腹は限界に近づいていたらしく、女の子はげっそりとした表情で大きく頷いた。

「何でも良いので、お願いします…」

 

「全然オーケーよ! 確か、ポケットに一つジャパリまんがあったはず…あれ? な、ない…。誰か持ってないかしら?」

「いや、私はさっき食べちゃったからないわよ…」

「私も昨日、クララに全部あげてしまった…」

「えーっ?! ソーリー、急いでハカセのところまで連れていくから、それからでも良いかしら?」

 

 それを聞いた女の子は、それでも良いから早く連れてって、とでも言うように、「はい…」と頷いた。

 どうやらこの世界には、「じゃぱりまん」

という食べ物があるようだ。


 急いで連れていく、ということは、まさか飛んでいく、ということではないだろうな…?

 

 その「まさか」だった。

 三人組の一人は、私の腰を両手で抱えると、絶対落ちないから暴れないでね、と言ってから、そのままふわりと飛び上がった。

 

 ちょっと待って、まさかこの雲海の上を、命綱なしで渡るとでも言うのか…?

 体が浮かんだと思った瞬間、私は風の中を猛スピードで進み始めた。

 

 あまりの速さに、私は息もできずにそのまま唖然と固まっていた。

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