#2 ひと
「お、お腹が空いたって…」
苦笑いする私に、女の子は恥ずかしそうに言った。
「す、すみません! でも、前からお腹が空いていた、っていう記憶だけはあって、その…」
「…一緒に食べるものを探して欲しいと?」
「えっ、良いんですか?!」
まだ「良い」なんて一言も言っていないのに、女の子は目をきらきらと輝かせながら私を見た。
ちょっと待って…と、言いたい所だが、命の恩人のように見られると、助けざるを得なくなる。
「分かった、一緒に探そう」
私は、作り笑いで女の子にそう言った。
「あ、ありがとうございます…!」
女の子は嬉しそうにそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
記憶喪失な割には、随分と礼儀の正しい子である。私は、作り笑いをしたことに申し訳なさを感じた。
「と言っても、食べ物なんてあるのかな…」
山の中へと続く道を遠い目で見つめる。女の子も、分かりません、と自信なさげに答えた。
木の実があったとしても毒かもしれないし、いくら夢の中とはいえ、誰かを死なせるようなことはしたくない。そもそも、私達の口に合う食べ物がこの世界にあるかさえも、分からないのだ。死なせる、というのは、少し大袈裟かもしれないが…。
あるいは、ここで他の住人がやって来るのを待つのも一つの策かもしれない。
山で何かを探すか、ここで誰かが来るのを待つか。
私が思いついた方法のはこの二択だが、この子は何か思いついたのだろうか。
丁度そう思った時、女の子が、口を開いた。
「あ、あの…」
「ん? 何か思いついた?」
「い、いえ、全然関係ないんですけど…」
「…どうかした?」
期待した私が間違いだった。
この子は、あくまでも記憶喪失なのだ。
まさか、今すぐ死にそうだなんて言わないだろうな…?
すると、私の顔の横に、女の子の手がすっと伸びた。
どうやら、私の背後にある何かを、指差しているようだ。
「誰かが、こっちに来てるんですけど…」
「…へっ?」
振り向くと、確かに、三人の女の子達が、頭から生えた羽を羽ばたかせながら、雲海の上をすーっと飛んでこちらに向かってきていた。
「…ほんとだ…」
頭に羽が生えているという点で同類の住人がいるということは、やはりこの女の子も、元々ここにいた生き物なのだろう。
これで食べ物のありかくらいは分かるはずだ。私はとりあえずほっとした。
しかし、あの女の子達は一体、どうして私たちの元へ向かってきているんだ?
まさか、この女の子の仲間、とか?
その女の子達は、あっという間に私達の目の前まで飛んできて、展望台の上に着地したかと思うと、その内の一人が私を見て声を弾ませた。
「やーっと見つけたわ!」
「…はい?」
私を、見つけた?
この女の子ではないのか?
私は、今さっきこの世界にやって来たばかりなのに。
「あなた、ヒトでしょ」
もう一人の女の子が、落ち着いた様子で聞いてくる。
「ま、まあ、そうですけど…」
そう答えた瞬間、三人はぱぁっと明るい表情を見せた。
「ハカセの言った通りじゃない! やっぱりヒトはいたのよ!」
「とりあえず一安心ね」
「まさか本当にいたとは…」
思い思いに喜びや驚きを表現する三人を前に、私達はぽかーんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
状況が全く把握できない。
この世界に「ヒト」という概念があったことに、まず驚きだ。
ただ、この三人の様子を見る限りでは、この世界にとって、ヒトはかなり珍しい存在のようだ。
この女の子達は一体、私を見つけて何をしたいのだろうか。
それよりも、こちらは食料のありかを先に知りたいのだが…。
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