不良の快進撃

第21話 狼のお礼参り

「ホントにそうなんだな?」

「うん、そうだよぉ?」

「わかった。ありがとう」


 放課後に家庭科部に赴き、部員に聞き取りをする。女子との接触は極力避けてきたが、薫がいない今では諦めがつく。材料の仕入先を聞き出し、家庭科部の顧問にも話を聞く。

 回答はほぼ同じ。自分の推測が正しいことが判明された。


 署長からの「秘密兵器」を片手に昨日の地下へと足を踏み入れた。


 * * *


 焦げた道を歩きながら地図を見る。

 この学校が出来る前は、どうやら城があったらしい。城を解体し、校舎を建て、増築に増築を重ねた結果、ややズレた校内地図が出来上がっていた。

 つまりここは昔の地図でいう、地下牢獄。

 本当にRPGじゃないか。


 焦げた壁を辿った先の件の場。昨日嫌という程嗅いだ炎の臭いがまだ残っている。

 真ん中に立つ人物に、にっこりと笑ってみせた。

「奇遇ですね。こんな所でお会いするなんて思いませんでしたよ」




「一宮先生」




 一宮先生はゆっくりと振り返った。いつもの怖い顔をしていない。ほんのり微笑んでいる。

「ここは立ち入り禁止だぞ。早く出ろ」

「一応俺も警察なので。部外者は先生の方ですよ」

「何も言っているんだ。俺は原因の調査にきてい……」



「階段の下はボイラー室に見えていてここまでくる人はいませんよ」



 食い気味に返す。一宮先生は黙った。

 隼はさらに証拠を突きつける。ジリジリと追い詰めるように。


「生徒ばかりが集められ、体のパーツが消えていく。さらには俺たちの能力まで奪った。あなたは能力の存在を知っていたんですね?さらにご自身でも使用したことがある」

「どこにそんな証拠があるんだ」



「生徒たちは消えたんじゃない。体のパーツも消えたんじゃなくて、『奪われた』んですよ。聡明が持つ人形に」



 一宮先生は驚いた表情で固まった。なんて白々しい。隼は呆れてしまった。

「あの人形は奪う対象に大きめのビーズくらいの媒介玉を飲ませる必要があった。だから欲しい人間に麻薬を混ぜてあのクッキーを食べさせてたんでしょう?聡明あたりが勧めてたと生徒から証言をいただきました。まあ無論、聡明が犯罪を犯すような人間ではありませんし、柊馬から『人質にとられた』という証言もある。ですから誰かが操っていたことになります。それが先生だ」

「なかなかの想像力だな。将来が楽しみな生徒だ」



「最初、失踪事件を聞いたとき、先生はこう言ったの覚えています?」



『ここでそんなことが起きても、



「なんで聡明の人形の能力を知ってたんですか?」



 逃れようのない決定的なセリフを突きつけた。一宮先生は背中を向けて焦げた壁を見つめる。


「いじめを受けたことはあるか?」


 一宮先生の問いかけが響く。

 いじめの経験……無くなはい。だが、あえて「ないです」と答えた。一宮先生は懐かしむように息を吐き出す。


「娘がいた。病を患った娘が」


 携帯の写真を思い出した。


「日常生活も辛いだろうに、毎日学校に行くいい子だった。でもな、俺が前に赴任した学校でいじめられてな。ある日、薬を隠されて発作を起こして……」


 先生は自分の娘の歳を『16』って言っていた。あぁ、動機が判明しちゃった。


「そのまま死んだ」


 復讐。裁けない相手への復讐心。正義を気取って自分を棚に上げるめんどくさい動機。

 生徒のパーツを奪う理由はきっと……



「だから俺は娘を取り戻す」



 一宮の示す先にはアンティークな椅子に座る少女。写真の娘にそっくりだった。

 白い肌、艶やかな髪。ほんのり染まる頬に細い体。人としてはほぼ完成だ。これが犠牲になった生徒達だと思うと気味が悪い。

「娘は美しい茶髪だった。桜川が一番よく似ている。桜川が手に入ったら最後は若林だ。あの天真爛漫な性格……そして娘の魂が入れば娘は永遠に生き続ける」

 一宮は虚ろな瞳で俯く娘の手を取り、頬ずりをした。完成間際というのが余程嬉しいのか、まだ動かない娘に延々と語りかける。

「父ちゃんが生き返らせてやるからな」なんて、「ずっとずっと一緒にいるからな」なんてそんな……




「くだらねー」



 ──笑っちまうだろ。

 小馬鹿にした笑いに一宮の声は低くなる。

「どういう意味だ」

 隼を威圧する。しかし、隼はクスクスと笑って一宮を馬鹿にした。


「いや、言葉のままですけど」


 一宮が壁を叩いて脅す。そんなことで隼は怯んだりしない。胸ぐらを掴み、顔の近くまで引き寄せ、怒鳴り散らしても隼は無抵抗を貫いた。

 一宮の手が首にかかった。ようやく隼が動き出す。

 右手で手首をつかみ返すと、次の瞬間には一宮の体は宙を舞う。背中を床に叩きつけて、状況が読めないでいる。

 隼が一宮の襟を掴んだ。


 大砲のような音を立てて壁まで投げ飛ばされる。崩れた一宮は投げ飛ばされた方向を睨んだ。力の入らない腕で立ち上がろうとする。隼はゆっくりと息を吸いこんで空を見上げる。


「昼の路地、日暮れの風、闇夜の月」


 地元の不良の間で語られる伝説を呟く。


「奪い去る神風、迅速の権化、京都の餓狼に気をつけろ」


 一宮の顔から血の気が引く。隼は左手の包帯を巻き直す。服を整え、一宮を睨み返す。


 もうやめた過去の自分。封印した古き栄光。だが今回ばかりは必要だ。

 散々な目に遭った礼はきっちり返す主義だ。やられたままなんて関西二大不良の名が廃る。抑えきれない興奮と怒り。

 不良として、警察として、生徒として 、挨拶がわりに吐き捨てた。




神狼じんろうなめんな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る