第20話 炎の葛藤
足がすくむほど赤かった。
肺を焼く熱さだった。
炎が死ぬほど嫌いになった。
何も出来ない自分が憎かった。
あの時、あの場所で、一瞬揺らいだ弟が、呪いをはいた。
『兄ちゃんは正義のヒーローだよ!』
* * *
「悪ぃな。兄ちゃん、ヒーローじゃねぇわ」
弟へ向けた言葉は誰もいない部屋に溶けていく。牢屋のように殺風景な部屋で、薫は無気力に天井を仰ぐ。
だらしなく投げ出される四肢からはオーロラのような炎の幕が現れて壁や床を焦がす。
家の周りを警察が見張っている。一歩でも出れば即射殺の自宅待機に生きた心地がしない。……そもそも生きたいと思えない。
外がにわかに騒がしくなってもどうでもいい。家に誰が入ってこようと関係ない。
──いっそ殺してくれ、なんて。
「随分とだらしない姿だな」
聞き覚えのある声だ。凛とした女の声。うっすらと笑っていた。顔を上げると署長の姿があった。
「
「仕事の話をしに来た。暇だろう?」
署長から伝えられた事件の詳細。何となくわかってはいた。あの人形を見た時、全部を理解した。
「猶予は明日の日没だ。それまでに決着をつけろ」
「余裕だよそんなもん。……でも、オレはやめとく」
署長は珍しいものでも見るような目をした。薫は俯いた。
「……迷惑かけるだろ。昨日のことが懲りてんだ。……悪かった」
自分の能力の危うさに気づいていれば、こんなことにはならなかった。自分が身勝手な行動をしたことで招いたことだ。
署長は少し考えて、「そうか」と言った。
「お前はこのままでいいと言うのか?」
「……そうだよ」
「敵に嵌められたというのにか?」
「……ああ」
「情けないな」
────は?
ついクセで署長を睨む。署長はキョトンとしたかと思えば笑い始めた。薫は笑う署長を睨み続ける。署長はなおも笑う。
「はははは、全く冗談が過ぎるな。腹がよじれるだろう。ははは……」
「何がおかしんだよ」
「いや、お前がちゃんと私を睨んだからだ」
「なんだ。まだ諦めてないじゃないか」
署長は呼吸を整えて薫に向き直る。着物の裾を煤だらけにして薫の手を握る。炎が手を舐めまわしても署長は離さなかった。
「いいか?己が罪に苛まれていようが、自分できちんとけじめをつけるのが私の部下であり、兄上の弟子たる薫だ。申し訳なく思うなら、事件解決という形でけじめをつけろ」
署長の一言に心を揺さぶられる。無気力だった体に力が蘇る。薫は「分かった」と呟く。署長は満足そうに頷いた。
「能力のオンオフから制御出来ねぇ。だから秘密兵器を借りたい」
「もちろん。出し惜しみはしない」
「それは解決したな。どうやってここを出るかだよな……」
署長は待ってましたとばかりに窓に近づく。カーテンを手に取るとふぅと息をついた。
「いい遮光布だな。厚みがあって、きめ細かくて……」
「いい影が出来そうだ」
署長がカーテンを閉める。部屋は真っ暗闇になり、薫は泥濘に沈む。署長が「今日は赤飯でも炊こうな」と微笑んだ。
優しくて大きな手のひらが、熱そうに薫の頭を撫でた。
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