2 桜ヶ丘高校生徒失踪事件

潜入依頼

第1話 ???

 豆を挽く音が耳に心地よい。

 淹れたての芳しい香りが鼻孔をくすぐる。

 店内を包み込む淡い光がより一層味を引き立てる。

 やはり仕事の後の一杯は格別だ。飲み慣れたコーヒーも特別に感じる。

 男は白い陶器にあるコーヒーを飲み干して席を立つ。カウンター席近くのレトロなレジに向かうと、ヨーロッパ系の外国人店主が難しい顔で帳簿をつけていた。

 男に気づくと帳簿を戻してレジを打つ。

「百二十円です」

 流暢りゅうちょうな日本語で話し、男から丁度の金額を受け取る。

「今日はまた一段といい味だったな」

「良い豆が入りまして。一番に味わって頂きたかったものですから」

「そうか、気遣いありがとう。また来る」

またのお越しをPlease come again!」

 店主と短い会話をして店を後にした。明るいレンガの壁の前をたった数歩、歩いただけの距離だった。

 耳に迫るブレーキ音。体の片側だけに熱が当たる。反射的に動いた目の先に、猛スピードで突っ込んで来る大型トラックの姿。


 ───車が悲鳴をあげた直後には店の壁が破壊されていた。


 レンガとトラックに押し潰された体。全身の骨は砕け、筋肉や内臓に突き刺さる。ぶつかった際に剥がれたトラックの部品が左腕を喰いちぎった。周囲を赤で派手に飾って男の体は元居た店内に投げられる。

 青白い顔で飛び出す店主と悲鳴を上げてトラックを降りた運転手が瓦礫と血溜まりの中から必死に男の体を探す。

 騒ぎを聞きつけ集まる野次馬を避け、男は数本の血管で辛うじて繋がった左腕を抱えた。左腕の傷口を重ねると傷は瞬く間に癒え、自由に手が動く。服の埃を落とし、口元の血を袖で拭う。


「やはり『いつも通り』が一番だな」


 晴れ渡る空の下、男は血だらけの服で何事も無かったかのように散歩に出かけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る