第37話 事件解決

 二週間後──少秘警刑事課


 隼たちが黙々と作業をする傍ら、テレビの向こうで表彰式が行われていた。点滅するフラッシュの中、名誉の盾を受け取って、立派にスピーチをする神奈川県警察署長の姿があった。彼の気取ったその振る舞いに、薫は小馬鹿にしたように笑って、飴を噛んだ。


「おーおーご立派なこって。誰のおかげで貰えたのか言ってみろよ。テメェらなぁんもやってねぇじゃねぇかよ。おぉ? 使えないお巡りさんよぉ」

「テレビに喧嘩売るな。手を動かせ手を」


 そう言いつつも、隼は心の中では同意していた。恨むわけでも、怒るわけでもないがテレビの中継を冷めた目でみつめた。


『アリス狂乱茶会事件』の解決を祝ったその表彰を少し羨ましくも思う。なんせ少秘警には名誉の盾はおろか、祝福の言葉もない。

 都合のいい労働力としてこき使われ、どんなに努力しようが足掻こうが、一ミリも少秘警の手柄にはならない。どんなに大きな事件を解決しようとも、次の日にはまた事件が起きる前のような日常に戻る。報われたことなんてなかった。

 だがそれでも収穫はあった。薫は県警のスピーチを意地悪な笑みで聞いた。




『今回の事件の犯人たちは、それはそれは凶悪で、生かしておけないと、即死刑を執行しました。ですので同じような事件は起きません! ご安心ください!』





 ──残念ながらなぁ。





「生きてんだよなぁ」

「全員きっちり揃ってな」

 後ろを向くと、お菊につきっきりで世界史を学ぶ事件の主犯者たちの姿があった。新しい制服に身を包んで教科書と睨み合いの勝負中だ。

 お菊が教科書の一文を読む度に、質問が五つも飛んでいく。お菊にも疲労の色がみえた。



 これが彼らに与えた刑罰。

 正しい教育を受けなかった彼らが教育を受けること。そして大人になるまでは少秘警にいること。


「まさか署長が偽装するとはな······」

「まぁ、能力者は貴重だからな。人員不足が軽減されて助かるぜ」

「本当か!? これで俺も警護課に戻れる······!!」

「残念だけど骸が情処課行く以外は皆特殊課だから戻れねぇよ?」

「······嘘だろ」

「よろしくぅ。なんなら異動してこいよ。刑事課の席いっぱい空いてっからさぁ。なぁ来いよォ、隼くぅん」

「いかねぇよ! 誰が好きこのんでお前のフォローと襲撃対応と報告書の山を片付けなきゃいけねぇんだよ! 他に頼んでくれ! 俺にも仕事があるんだっつぅの!」

「やぁだ! お前が一番オレに合わせて動いてくれんだもん! 他の奴らは臨機応変に動けないから結局オレが真面目に仕事する羽目になるんじゃねぇか!」

「それが当たり前だろ!」

「はいはい、手を動かしなんし。隼、そこ間違っていんす。西暦が近代じゃないか。薫はいい加減ローマ帝国建国してくんなまし」


 お菊に促されて二人は自分の問題集と向き合う。

 これも隼たちに与えられた罰だ。桜木を飛び降りさせたことと、一撃で生死を彷徨う傷を負ったことが、署長にどうしてか知られていた。

 だから三時間耐久で勉強するハメになっている。


 しかし、罰とは名ばかりで使っているのは中学校程度の問題集──解答付き──だ。

 隼が黙々と問題を解いている横で、薫は茶菓子をつまみながら、バツだらけの赤い問題集を燃やし始めた。煙をいち早く察知したお菊の鉄拳を貰い、机を派手に壊して床に崩れる。

 すぐさま起き上がって薫が挑発するとお菊もそれに乗って睨み合う。手が出る前に隼が薫を引き戻して椅子に座らせた。薫はそれが不満だったらしい。



「隼のいんげん豆」

「どんなけなしだ」



 横から頚動脈を突いて薫がまた床に倒れた。今度は起き上がって来なかった。後ろから笑い声がした。振り向くと無邪気に笑う彼らの姿がある。暗かった顔は晴れたものの、まだぎこちない、子供らしい一面を見せている。


「楽しいですね〜。面白い人たちで〜、退屈しなさそうです〜」


 賑やかにしていると内線電話が鳴り始めた。お菊が電話をとると、何やら雲行きが怪しくなる。口をへの字にして薫を起こした。


「仕事でありんす。駅前の商店街で傷害事件、犯人はバイクを奪い、東京方面に逃走中」

「よっしゃ脱走できる! 隼行くぞ!」

「戻ったら次は現代文な」

「隼ってたまに鬼だな! 仕事済んだらそのまま逃げるから大丈夫!」

「警部! 仕事済んだら薫も捕まえて帰りますんで!」


 隼は制服の上着を取って、嬉々として駆け出した薫の後ろを追いかけた。入口に停めた車に飛び込んでエンジンをかける。ミラー越しに窓からお菊の呆れ顔がみえた。お菊は敬礼した。隼も、ミラー越しに敬礼を返した。

 薫は窓から手を出してお菊に手を振った。そして、自身の携帯電話で周辺の地図を表示した。



「東京方面な。道はいくつか知ってるけど」

「バイクなら道は一本だな」

「駅前なら左の道に出た方が先回り出来んじゃねぇか?」

「相手がどこまで行ったかによるな」

「零にGPSで追えるか聞いとく。さぁ行こうぜ相棒!」



 この上なく晴れた空にアクセルを踏んだ。二人を乗せたパトカーはサイレンを鳴らし、平和な桜ヶ丘に飛び出していった。

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