第29話 『物』語り

 ドアを開けると、散らかった部屋が埃を舞わせて挨拶をする。目の前にはゴミ屋敷のような居間があった。


 テーブルの上は、レトルト食品やコンビニ弁当などの既製品の山で埋まっていた。シンクは洗われていない食器と汚水で底が見えなくなっていて、鼻が曲がるほどの悪臭を放ち、ハエが群がっていた。居間にあるタンスや押し入れは全て開けっ放しで、乱暴に漁られた跡があった。その近くにある化粧台にも、乱暴に漁った跡があった。


 床は土足の跡がびっしりと残り、割れた窓や壁に空いた穴からはすきま風が漏れる。部屋は部屋としての使命を何も果たしていなかった。

 それくらい荒れているとなると疑うのは空き巣か。しかし、これは──




「夜逃げか?」




 隼は土足で部屋に上がり、他の部屋を確かめようとした。しかし、歩く度に埃が舞い上がるため、埃に弱い隼はくしゃみが止まらず、マスクを取りに車に戻らなくてはならなかった。

 マスクを装着し、もう一度アパートの部屋に入る。居間の奥に二部屋あった。右隣はカビ臭さが詰まった部屋だ。


 マスク越しの臭いにむせ返りながら部屋を見回した。布団が一式きちんと部屋の隅に畳んで置かれ、小さなテーブルとタンスが一つあるだけだった。

 しかしその部屋は大して漁られた跡もなく、なんなら暫く使っていた形跡もない。まともに掃除もされた様子もないとは、ほとんど帰ってこなかったのか。


 その部屋の向かい側は和室になっていた。ほとんど家具はなく、生活感は無かった。敷き布団だけが敷きっぱなしで放置され、部屋の隅に中学校の教科書が積まれていた。

 教科書ほぼ新品同様で、学校に行っていないみたいだ。名前すらも書いていない。



「······まてよ?」



 本当に夜逃げなら、どうして桜木はここに残っているのか。そもそも父親は警察で、借金を抱えるような身分でもない。

 逃げたのは母親だけか? ならば何故、桜木は引越しもせず、使われなくなったこのアパートに居座り続けるんだ? それなら父親が引き取るはずだ。

 考えれば考えるほど分からない。


 ふと、桜木の笑い声が脳裏をよぎった。どうして今、と思った。面白そうに、馬鹿にするような笑い声──





『おにーさん達超能力者!?』





 隼は敷布団を払い除け、教科書の山を崩し、中を漁った。しかし、布団をくまなく探しても、教科書の表紙の隙間を探しても、目当てのものは見つからなかった。


 どこかにあるはずだ。あいつが隠したが!!


 気づくタイミングはいつでもあった。コンビニの事件なんて、自分の能力をほのめかした余興に過ぎない。

 何故もっと早く気づけなかった。何故あの時あの場所で見抜けなかった。



 自分の愚かさが恨めしい──!!



 隼は畳に目をつけた。床に這いつくばって縫い目のほつれを、目を皿にして探した。一枚だけ、ほんの僅かに違う大きさの畳を見つけた。周りの畳に比べ、浮き上がったような、ほんの少しの隙間があった。隼はその隙間に指をねじ込んで畳を持ち上げた。



「あった!」



 よれよれになった一冊のノートが、畳の下で薄く伸ばすように隠されていた。タイトルのない、古ぼけてしまったノートは思っていた以上に重かった。

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