第30話 チェシャ猫の嘘 2
ただ階段を上がるだけ。ただ走って登るだけ。
ただそれだけで汗をかくし、息が切れる。まぁ、十階まで足を止めずに進めば、それは当たり前か。
「変な······ビルだよなぁ······はぁ」
階段の位置が階によって変わり、窓の位置も変わるため月光による明るさも大いに変わる。あまりに暗いと探すのに時間がかかる上に、能力で明かりをつけるから体力が大幅に削れる。
更に撤去されていない仕切り板やデスクなどが残っていたり、爆弾が仕掛けられていたりと薫の行く手を阻んでいた。
──いや、備品が残ってるのは分かるよ? 持ってけなかったのか、仕方ねぇな。で済むよ? 爆弾が仕掛けられてるのは何なの?
ゲームの
「流石だね! おにーさん体力あるぅ〜」
乾いた拍手で迎えられた。階段の上には桜木が立っていた。
おかしいな。桜木はエレベーターに乗ったはずだ。一階で見た時にはとっくに
──途中で降りてエレベーターを上に行かせたのか。
「すごいね〜。でもここからは難しいよ?」
「いやいや、今まででも十分ムズいから」
「おにーさん、『口裂け女』とか『人面犬』とかって知ってる?」
「知ってっけど、やめろよ? マジでやめろよ? ······やめてくんねぇかな」
薫がそう言ったところで、桜木がやめるとは思えないが。案の定、桜木はニヤニヤと笑って薫を見据える。
「都市伝説って言うけれど、本当にいるんだよ? 呼んであげよっか」
「おっと、その手にはのらないぞ」
桜木の能力には『発動条件』がある。薫はそれを突き止めていた。
コンビニでややこしい事件が起きたのは、知らず知らずにその条件を
能力の発動条件、それは──『嘘つき』と言うこと。
それも桜木本人ではなく、桜木以外の、他者でなければならない。
つまり、今の状況であれば、桜木の能力を発動させることが出来るのは薫だけ。
それさえ言わなければ······
「能力を避けられるとでも?」
パーカーのポケットに手を入れた。
出てきたのは新品同様のボイスレコーダーだ。
ああ何て便利な世の中だろうか。進化した世界がちょっと腹立たしい。薫は少し腰を落とした。
桜木の細い指が再生ボタンを押した。
『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』『嘘つき』
老若男女様々な声で流れ出す『嘘つき』の嵐。桜木は悪戯っぽく舌を出した。
舌に浮かび上がった歪な──『嘘』
薫が声を出す前に、ヒヤリとした空気が肌を撫でた。その直後に、髪の毛が逆立つほどの寒気が襲う。
「くっ······!」
反射的に体を回転させて避けると、人の口がすぐ横にあった。血走った目が薫をじっと見つめた。
「オイオイ、マジで来たのかよ······」
壊れた玩具のように笑う──人面犬がそこにいた。犬のように高いテンションでフロアをグルグルと走り回る。
でも顔は人間。気持ち悪い。
「お前の能力って『嘘を本当にする』ことか? なら『本当を嘘にする』ことも出来んじゃねーの?」
「んー、惜しい」
ポンと肩を叩かれた。振り向くと真っ赤な服を着た女がいた。長い髪とマスクで顔を隠している。艶っぽい声が脳に直接響いた。
『ワ タ シ キ レ イ ?』
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