第25話 確信

「ありがとうございました」


 隼は深く礼をしてコンビニを出た。桜ヶ丘の地図を広げ、赤いマークに黒のチェックマークをつけて息をついた。


 薫の予想通りの回答ばかりだ。この事実はお菊にも報告をしなければいけない。これは急いで署に帰らないと。

 隼は急いで駐車場まで走った。車に乗りこんだタイミングで電話が鳴った。もちろん相手は薫だ。出るなり「よぉ〜」とのん気な声がした。


「何が『よぉ〜』だ。こっちは街中に車走らせて仕事してんだぞ」

『怒んなって。ジャンケンに負けたのは隼だろ?』


 ──ぐうの音も出ない。


『それよりどうだった?』

「ああ、皆口を揃えて同じことを言った。何となくやり口は分かってきたな」

『そうか。こっちもスゲー情報手に入れたから早く帰ってこい。忙しくなるぞ』


 嬉々とした声が切れた。通話終了の画面に隼はため息を吐く。薫は自分本位だと常々思ってはいたが、佳境に入っても変わらないようだ。

 隼はシートベルトを締めてアクセルを踏んだ。青い空が高く広がっていた。


 * * *


 少秘警──刑事課


 ボロボロの事務室では薫が包み紙を散らかして、アメを噛んで待っていた。机の上の資料を手前に出す。辞書の様に厚みのある紙束は、事務慣れしている隼でもたじろいだ。

「スゲー情報っていうのはこれか?」

「そうそう。零が突き止めたんだ」

 これを一人で作ったのか。そう思うと音郷の集中力と分析力は賞賛に値する代物だ。隼は真白な表紙をめくった。


(──確かにスゲーな)


 現れたのは暗唱出来るほど覚えた今回の被害者記録と──犯罪歴。

 横領や万引き、詐欺などと様々だが全員が何らかの犯罪を犯していた。

「見たことある顔があったって、記録漁ったら案の定だってよ。よく覚えてるもんだぜ」

「なるほど、全員が犯罪者······これが共通点なんだな?」


 なら、隼には気になることがあった。

 チェシャ猫の目的だ。なぜ犯罪者ばかりを狙うのか。なぜ仲間を警察に突き出すような真似をしたのか。そこには憎悪も正義感も感じない。なぜ事件を繰り返したのだろうか。


「······隼、悪ぃんだけどよ」

「は? いきなり何だ」


反転院翔マッドハッターに協力してもらってチェシャ猫を夜に呼び出した」

「はぁ!?」


 薫はいきなり何を言い出すのか。窓際に寄りかかって奥の森を見つめている。薫はゆっくりと目を閉じて、再び開く。

「お菊にでも伝えといてくれよ」




「俺、今日帰れねぇから」




 薫は窓に背を向け腰掛けた。行儀悪いぞ、と注意出来なかった。

 薫の目は鬼のようだった。深淵から這い上がり、血を貪り全てを喰らう悪鬼のようだったのだ。そして窓の外の森から黒い狼煙のろしが一筋、太く空まで伸びていた。

 隼は止められない、と確信した。「分かった」と言ってお菊に許可を取りに事務室を出た。

 薫は自分の影にニヤリと笑いかけた。


 薫は手ぶらで帰る気はない──

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