最後に笑うのは……
第26話 答え合わせ
日付けも変わり、月が歌う真夜中に、一つの影が浮かんだ。
鼻歌を歌いながら、折れ曲がった鉄パイプを弄ぶ少年が、一人で静かな住宅地を歩いていた。
薫は唐辛子ガムを噛み、散歩でもするような軽い足取りで廃ビルへと入っていく。静かな闇に声を響かせた。
「なんでマッドハッター達を逮捕させたんだ?」
返事はない。それでも薫は気にせず続けた。
「そんな事する必要ねぇだろ?
奥から靴音がした。しかし、まだ小さい。
薫は絶えず話しかけた。ヘラヘラと、その辺のチンピラに構うように。近所の野良猫と戯れるように。
薫がやっているのは説得ではない。──挑発だ。
「答えは簡単。目的が『犯罪者に対する制裁』だからだ。だからわざと証拠を残させてオレらを釣った。三年前も一度だけ、同じようにしてくれただろぉ?」
暗闇から現れた黒のパーカーとジャージの少年。ストライプの仮面の下でニヤニヤと笑う口元。仮面から覗く目は薫をしっかりと見据えていた。
「なぁ答え合わせしようや。元
薫の言葉に、彼は笑いを堪えられなかった。その軽々とした声が懐かしかった。
「流石だよ。少秘警のおにーさん♡」
桜木は仮面を外して薫に微笑みかけた。
元気に手を振って、クルクルと踊るように薫に近づいた。でもその笑顔、やはり手練の『犯罪者』の顔だった。
「なんで僕だと分かったの?」
「『ハートの女王箱庭事件』を知ってたな。親父が警察っつっても、さすがに子供の前で事件の話はしねぇよ。サーカスのチケットくれた時もヒントくれたし」
「物覚えが良いだけかもしれないのに」
「隼に秘密だったんだけどな。
桜木と距離を詰めてそっと耳元で囁いた。
「なんで『金庫がある』って言ったよ」
桜木は笑みを崩さなかった。動きもせずに、薫の言葉にずっと耳を傾けていた。
「『金遣いが荒い』、『大きな買い物をした』······それだけだったらまだ『疑惑』だった。でもオレ、金庫がある家だけが狙われてるなんて言ってねぇし」
「······つい、出ちゃったのかぁ」
「で、これはオレの予想だけど。お前、『能力者』だろ」
桜木は幼子のようにクルクルと回りながら暗がりの中に身を置いた。
「僕に何の能力があるってのさ」
「『嘘』の能力」
桜木から笑みが消えた。石像のような表情が精神的に重くのしかかる。でも薫にはプレッシャーでもなんでもない。
「能力の疑問は万引き事件で会った時。突然商品が消えただろ。隼が調べたんだけどな、被害に遭った店はまちまちで、商品もそれぞれで違う。けど、対応した店員は皆口を揃えて同じことをお前に言ってんだ」
桜木は髪をクシャっと触った。それは悔しがっているのか、動揺しているのか──はたまた演技なのか。
「確信したのはその一言だ。マッドハッターも同じ台詞をお前に言ってたからな」
息を吸った。桜木の口が微かに笑う。それは狙ったようなタイミングだった。薫と一緒にそれを口にした。
『嘘吐き』
「──バレちゃあしょうがないね。初めまして、僕はチェシャ猫! 『嘘』の能力者!」
吹っ切れたように
「その狂気的なテンション要らねぇから、さっさと『アリス』の居場所教えろよ」
「えぇ〜? 何言ってんの?」
目の前に会った笑顔が、瞬きをした直後には顔を横にあった。
薫は動けなかった。体が反応しなかった。
桜木の息が耳にかかる。笑い声が耳にねじ込まれた。
「『アリス』は君らの事だよ?」
反射で振り払うように腕を振った。しかし、そこにはもう桜木の姿はない。
笑い声がした。後ろからだ。
ビルの入口に桜木が立っていた。
──いつの間に。
「君らが追う『アリス』はいない。僕たちは
「へぇ、死ななくて残念か?」
「いや全然! むしろ嬉しくて仕方ないよ! おにーさんの言う通り、僕は彼らを逮捕して欲しかったんだよね」
ウインクして綱渡りするように歩く桜木。気がつけば床に積み重なった鉄骨の上に立っていた。正体も動機もバレてしまったというのに遊んでいるかのような振る舞いをやめない。
「僕は犯罪者が嫌いなんだぁ」
また桜木の場所が変わった。今度は奥にある階段に座っている。だらしなく体を預けて折り紙を折っていた。
「捕まっちゃえばみーんな、日なたに出てこない。要らない存在が消えるんだよ?」
「じゃあ普通に通報してくんねぇかな。警察に任せろよ、そんなもん」
桜木は「そうなんだけど」と紙飛行機を投げた。紙飛行機は無機質な空間を飛ぶと、くるりと一回転して床に落ちる。
その時には既に桜木の姿は消えていた。辺りを見回してもどこにもない。
「ケーサツゥ? あんな嘘にまみれた組織、反吐が出ちゃうよ」
後ろで声がした──と、思ったが。振り向いても後ろに桜木はいない。一体どこにいるのか。薫は精神を研ぎ澄ませて、桜木の居場所を探る。
「おにーさん達がいいのっ」
耳元で声がした。すぐさま振り返ると桜木の顔が目の前にあった。ゼロ距離で見る狂気的な笑顔に薫の心臓は噛み砕かれるような痛みに襲われた。
明るい声が、月夜と薫を映す瞳が、目に焼き付いて離れない。
「だって──人間じゃないからさぁ」
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