第21話 上司の仕事 2

 未成年で組織される異端組織少秘警には、命の危険に晒されるような仕事や耐え難い精神的苦痛を伴う仕事が度々流れてくる。

 それを選別し、排除することで部下子供を悪意から守り、健全に育てることが上司大人の義務だ。それを極秘裏にやってのけることも、職務の一つである。




 薄暗く、冷たい空気が漂う地下室。

 囚人を拷問するためだけに作られた場所は、それを物語るような威圧感を放っている。

 壁は赤黒く異臭を放ち、手枷てかせや電気椅子、その他の床に転がる拷問器具は、元の色が分からないほどに錆び付いていた。


 地下室に連れてこられたマッドハッターら四人は、普通ならば泣いて逃げだすはずの地下室を、取調室のように平然と受け入れていた。

 少しは怖がる素振りを見せて欲しいが、資料に載っていた被害者の数を見た以上、怖がられた方が警戒する。


 お菊は陽炎の言う通り『拷問セット』を用意したが、地下室の真ん中に円卓を設けただけで他は何もない。

 四人に拳銃を押し付けて拘束する警官も、胡散臭そうな表情を隠さないでいた。



「さーて諸君! 拷問の時間じゃ。心してかかれよ」



 雰囲気と不釣り合いな陽炎の声が遅れてやってきた。腰に手を当て豪快に笑っているが、こんな時でも笑っていられるとは頭がおかしいのではないだろうか。

「お菊、準備は良いか?」

「いつでもどうぞ」

 陽炎がお菊に三本指を立てた。その合図に、お菊は呆れて煙管を咥えた。

(早速始めるのか······)


 警官に「ちょっと」と話しかけて外に連れ出した。地下室を出てすぐ警官に煙を吹きかける。動かなくなった警官を担ぐと、階段を三段飛ばして走り、地上の埃まみれの倉庫に閉じ込めた。ほぼ絶対にありえないが、能力を解かれたとしてもこれで三時間は稼げる。

 腕時計で時間を確認し、お菊は薫の待つ食堂に急いだ。


 * * *


(さてさて、能力者が四人も現れるとは驚いた······なぞという言葉ではすまんな)


 陽炎は鍵のかかった地下室で、自分を鋭く睨む八つの目を見つめていた。陽炎には彼らの考えていることが手を取るように分かる。



「『能力者で構成された奇怪な組織。能力にさえ警戒すれば赤子も同然』なんて考えておるのかのぉ」



 どうやら図星らしく、全員が体勢を低くして能力の発動タイミングを窺った。ガシャン、と全員が手錠を落とすと本格的に命を狙おうと殺気を放つ。

 どこかで針金でも拾ったのだろうか。陽炎は余裕ぶった笑みで彼らを見つめていた。

 だが武器は押収済みだ。素手での暗殺ならば、四人相手でも何とかなるだろう。仮にも少秘警を束ねる副署長だ。

 そう自分に言い聞かせ、陽炎はお菊の帰りを待った。

(──お菊、早めに来ないかの)



「そんな事ねぇよ〜」



 先に動いたのはマッドハッターだった。警戒を解き、ニコニコと笑って陽炎に歩み寄る。

 陽炎は平常心を保っていたが、正直──


 笑いが止まらなかった。


 * * *


 案の定、薫は鬼のような形相で待ち構えていた。お菊が姿を現すなり、投げるようにワゴンを渡し、「絶対見るなよ」と念を押す。

 銀の蓋をしたワゴンを押して地下室に降りた。ドアを開けようとすると、声が聞こえた。


「いーや! 絶対言う! わしの拷問で泣かない奴などおらんかったでな!」

「たかが数年、俺らより早く生まれたの人間に泣くかよ〜ぉ」


(──たかが数年······ねぇ)

 お菊は笑いをこらえた。深呼吸して地下室に入る。ダムとディーがチラッと見たくらいで何も無かった。マッドハッターが笑っていた。

「残念だな〜ぁ。拷問する前にオレらはここから居なくなる〜。だ・っ・て、いつだって死ねるように毒のカプセルを口に入れてるんで〜」


 そう言って小さなカプセルを舌に乗せる。全員同様にカプセルを見せた。鮮血のような赤の液体が光った。

 それはまさか──······


「噛むんじゃありんせん······!!」


 お菊の背筋が凍る。マッドハッターは意地悪な笑みを浮かべた。

「死なれたら困るのか〜? 悪いな〜、オレらそういう風に育ってるからよ〜ぉ」

「ダメだ! それは毒よりタチ悪い物でありんす。今すぐ止めなんし!!」

「お菊、止めてやるな」

「今すぐ吐き出して······!!」


 言い切る前に全員がカプセルを噛み砕いた。勝ち誇った顔が一瞬で苦痛に歪む。呻き声をあげ、口や喉を押さえてその場に倒れた。

 地を這い苦しそうに息を吸って吐く。その姿を陽炎は笑いをこらえて見下ろしている。なんて事をしたのか。お菊には陽炎の思考が読めない。

 三月ウサギが耐えきれずに叫んだ。



かっらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 陽炎はその叫びに吹き笑いする。次々に「からい」と叫び出す三人の肩を陽炎は嬉しそうに叩いた。


「そうじゃろそうじゃろ! お主らが眠ってる間に薫の『世界一辛いそーす』と取り替えたでのぉ!」

「何で持ってんだ······赤毛野郎!!」

「取り替える必要っ···ゲホッ···あったか〜ぁ?!」

「毒を抜いただけはつまらん」

「そんな理由で辛いもん飲まされる身にもなってやりなんし」

「ちゃんと薄めたもん······」



 舌先を走る激痛に耐え、マッドハッターが後方に駆け出した。錆び付いた拷問器具の中に混ざって置かれた『鉄の処女』から太いトゲを力ずくでもぎ取り、投げつけた。

 風を切って飛んでくるトゲを、陽炎とお菊はすんでのところで避けた。が、トゲに一瞬だけ意識がいった。

 トゲが鉄のドアに弾かれ落ちる。流石に突き刺さりはしない。


「ダム! ディー!」


 マッドハッターの声と同時に、双子はお菊たちに向かって駆け出した。靴の先から隠しナイフが出てきた時は、陽炎からも笑いが消えた。


 ダムがナイフが顔を蹴り上げた。お菊の頬を掠ったが、足首を掴まれダムは宙吊りになった。

 陽炎も同じような感じだった。

 安堵したのもつかの間。ダムとディーに気を逸らした時、ドアの前にはマッドハッターと三月ウサギが立っていた。


 ──やられた。逃げられる。


 マッドハッターがニヤリと笑って指を鳴らした。





「······逃げられると思うたかの?」





 ──何も起きない。能力が発動しなかったのだ。

 マッドハッターはすぐさま三月ウサギに視線を送った。三月ウサギが巾着を開いても、巾着の中の土は微動だにしなかった。

 二人は警戒心と殺気を隠さずにお菊と陽炎を睨みつけた。ダムとディーも不思議に思ったようで、どうにか地面に手を着くと、身体をねじって絡む手を解いた。上手く着地してドアの前に駆け寄った。


「何で開かないんだね?!」

「能力が使えねぇんだよ」

「ピッキングでもしちゃえば······」


 鍵穴を確認して落胆する四人を陽炎は笑い飛ばし、お菊は哀れみをもって嘲笑する。




(──出来るか。そんな江戸時代の錠前)




 現代ではもう見ないような年代物の錠前は、現代のピッキング技術なんて通用しない。当時、付属の鍵でしか開かないような錠前が、どうして鍵ですらないもので開くことが出来ようか。


 陽炎はお菊が持ってきたワゴンを円卓の傍に持って行く。ケラケラ笑いながら「逃げられんぞ」と言った。


地下室ここでは能力が使えんのじゃ。ウチの情処課主任が術式まじないをかけたからのぉ」

「マジかよ······」

「まじじゃ! さてさて早く座れ。楽しい時間はこれからじゃぞ」


 それ、楽しいの陽炎だけなのでは?

 お菊は出かかった言葉を飲み込んで、全員を椅子に座らせた。実を言うと何をするのか、お菊も分かっていない。そもそも知らされてすらいないのだ。上機嫌な陽炎に渡されたのは──


 ──ティーカップ?


 あでやかなカップを卓に並べ、陽炎に目を向けると今度は同じ柄の皿を持っていた。

 ティーカップと皿? 何に使う気だろうか。拷問の下準備に薫が関わっていたことから、使うのはあの激辛ソースなのか? いやいやまさか。······陽炎この男ならばやりかねない。


 そう思うと四人が本当に哀れに思えた。三月ウサギの噛み付くような視線を流し、陽炎の手渡すものを並べていく。最後にスプーンとフォークを並べると、立派なお茶会セットが出来上がった。


 意味がわからない。意図もわからない。

 全員が陽炎に注目する。待っていたと言わんばかりに豪快に笑い始めた。


「ふっふっふっ······今回は特別こーすじゃ」


 お菊は唾を飲んだ。先程の激辛ソースが頭をよぎる。冷や汗が止まらない。

(──いや、やめなんし? 冗談抜きでやめてくんなまし? 可哀想すぎやしないかぇ。本当、いじめてくれなんすな)

 お菊は脳に固定された予想が覆ることを願った。

 陽炎が予想外の言葉が地下室に響いた。




「『砂糖責め』じゃあ〜!」

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