第19話 おしゃべり双子と菊の華

(主犯はあの、双子らしき少女達かい)


 周りにいる年齢がまちまちな団員は、恐らく彼女たちの息がかかっただけの人間か。


 聞かずとも、話さずとも見て分かるの。これは長年培った経験だろうか。それとも、同類の勘か。

 お菊は懐にある短刀に手をかけた。わざとらしく音を立ててやると、少女達は血のついた剣を構えて飛んできた。座席をバネに、双子はなんの躊躇もなく、真っ先にお菊の首を狙ってきた。



「やっぱりな」



 短刀で剣を弾き、足元から狙ってくる黒髪の片割れを蹴り飛ばした。


「名乗りなんし。それが『遊び』の流儀でありんしょう?」

「くっ! だったら、自分から名乗るんだね!」

「はいはい、そう言いなんすな。わっちはお菊。先に遊んでもらった二人の、面倒見役でありんす。さて黒髪のと白髪の、わっちは名を渡しんした」


「トウィードルダム!」

 黒髪の片割れが眉間を狙った。


「トウィードルディー!」

 白髪の片割れは足を狙った。


 だが、お菊に剣は届かない。白髪の片割れの手を踏みつけ、黒髪の片割れの顎を叩いて吹き飛ばした。


「長ぇ。ダムとディーで覚えさせてもらいんす」


 ディーは隠しナイフで足首を切った。お菊の力が緩んだ隙に手を抜き、後ろに下がった。ダムも合わせて後ろに下がる。ダムとディーはそれぞれ隠した片目をお菊に向かって開いた。

 霧がかった紫色の瞳の美しさについ見入ってしまう。だがそれは間違いだった。


「うっ──?!」


 激しい頭痛と目眩がお菊を襲った。。頭を押さえ、その場にうずくまった。少女達はクスクスと笑ってお菊を見下ろしている。


「何分もつかな?」

「一分ももたないんじゃない?」


 ──何の話だ。


 地面に手をついた時、何かがお菊の腕を這い上がる感覚があった。

 見ればゴキブリがいた。多すぎるくらいのゴキブリが。

 カサカサと腕を這い、服の上や中、顔にまで蔓延はびこった。払おうとしても払えないゴキブリの集団にお菊はボソッと言った。



「······気持ち悪いね」



 気持ち悪いが、リアクションはこれだけだ。

 ディーが不思議そうな顔でお菊を見た。「効かないのか」とでも言いたげに剣を引いて様子を窺っている。お菊は煙管をふかし、自分の体を動き回るゴキブリをじっと見つめた。


油虫ゴキブリが出るのは普通でありんしょ?」


 ダムとディーはお菊と少し距離を開け、指先で団員たちに指示を下した。団員の一人が叫びながら斧を高く掲げ、隼の体を踏みつけた。


(おーおー、上司わっちの前で部下弟子の首落とそうってのかい)


 斧の重みで団員の腕が後ろに反った。振り下ろすまでに一秒ほど動きが止まる。お菊はそこを狙って短刀を──




「ふ んっっっっ!!」




 ──投げた。


 風を斬って飛んだ短刀は団員の斧に直撃し、そのまま遠くへと弾き飛ばした。


 ダムは本能的に危機を感じ取り、マントの中から針を数本引き抜いた。針の先から濁った薬液が垂れる。その薬液は以前、情処課の主任が見せびらかしてきた毒の色と酷似していた。ということは毒針らしい。ディーも同じ針を両手に持って跳躍する。

 殺気を放って襲いかかってきた。



「何だい。加減してやってたのに······」



 煙を深く吸った。

 二人の投げた毒針が一直線に降ってくる。

 肺いっぱいに溜めた紫煙をフゥと、針に吹きかけた。目で追えぬ速さで飛んでくる針は、お菊まで数センチの距離で全く動かなくなった。

 煙草独特の臭いがその場を漂った。


「何したんだね!」


 座席に着地したダムが威嚇するように尋ねた。

 何を、と言われたって見れば分かることだ。


「動きを止めんした。能力のでありんす」

「あんたも能力者なんだ。······仲間ってことになっちゃうね」

「それは『同族』として? 『組織』として? 組織としてなら全く別物でありんしょう」


 ナイフを掲げ、襲いかかるダムを掴み、放り投げてディーに当てた。お菊は煙管をふかしながら毒針を避けてディーに近づいた。

ダムは素早く起き上がり、座席の上を駆け出すと、ディーに合図を出した。二人は毒薬の入った瓶をお菊に投げつけた。

お菊が咄嗟に掴み取ると、二人の姿は目の前にない。

 胸に衝撃があった。見れば二本の剣が刺さっている。ダムとディーは笑って言った。




「「お話聞いてかない?」」




「聞きんせん。どきなんし」




 毒をその辺りに捨て、お菊は二人の腕を掴んで放り投げた。男の腕力に負け、双子は後ろに吹き飛ばされた。お菊は胸に刺さった剣を引き抜き、懐から薄いクッションを出してニヤッと意地悪く笑った。



「鉄板入りでありんす。ばぁぁぁぁか」



 お菊はあえて、わざとらしく挑発した。ダムとディーはナイフや鎖をマントの下から引き出し、殺気を放ってお菊を睨んだ。そのやる気に応じて袖から拳銃を出すと、二人は座席中を駆け回った。狙いを定めさせないつもりだろう。



 ──若いって、チョロい。



 お菊は拳銃を空高く放り投げた。ディーが拳銃を奪い、その勢いで横からお菊に接近する。視界の端でディーが狂気的な瞳で頭を狙ってくるのが見えた。

 ナイフがお菊の頭を捉える。高く突き上げた。


 ──あーあ、ここで終わるのか。

 諦めて首を掻く。ディーの腕が振り下ろされた。



「かかった」



 ──パァンッ!!



 一発の銃声が響いた。

 お菊の手には超小型拳銃が握られていた。

 ディーは目を見開いて倒れた。ぐったりとして動かないディーにダムが叫ぶ。


「よくもディーを!!」


 ダムは紫色の瞳を光らせて突撃してくる。また頭痛と目眩がした。

 今度は手の平に血が広がっていた。目の前には切断された隼と薫の姿。それがかつてのお菊の記憶と重なった。


 止まらない動悸と手の震え。かつて覚えた深い感情と繰り返す悪夢の根源。思い出すとシンクロして余計に辛くなる。



 ──上手いじゃないか。



 お菊は血で汚れた手の平で、自分の頬を叩いた。気を引き締め直し、ダムを見据える。ナイフを両手で握り、音速並みのスピードで迫るダムに拳銃を向けた。即座にそれを弾かれてダムの顔は瞳に映るほどに近くなる。



「あの世でディーに詫びるんだね!」



「···············悪いな」



 ダムの右腕は拳銃を弾いて体の反対側にあった。力任せに振って来る前に、手刀を首に。ダムの体は座席に吹き飛び、バウンドして床に叩きつけられる。






「もう殺さねぇよ」






 ダムとディーが倒された。そのことで団員たちに危機感が生まれる。緊張感が高まり、各々武器を握りしめた。

 しかし、そんなことを気にもとめず、お菊は煙管をふかしてステージに向かっていく。煙がのぼる煙管をクルクルと回して団員に微笑みかけると、団員の一人が雄叫びをあげて襲いかかってきた。あらゆる方向に棍棒を振り回して。


 右へ左へと無駄な動きをする棍棒を避け、鋼のように硬い拳を脳天に落とした。床にめり込むほどの力を受けて倒れる団員に皆があごを外す。



「わっち『で』遊ぶんじゃなくて、わっち『と』遊んでくんなまし」



 それを合図に全員が悲鳴に近い雄叫びをあげて、お菊に襲いかかった。

 殺気立っているというのにどこか怯えたその眼差し。それを冷たい目で見ている自分がいる。敵に立ち向かう努力は評価してやりたいが、こちらも仕事だ。


「残念だねぇ」


 煙管をくわえ、襲いかかる彼らにただつっ立っていた。


 * * *



 ──沈黙。ただ沈黙。



 殺意に満ちた団員たちは、一点を見つめたまま静止していた。微動だにしない。煙管のか細い煙が広がり、独特の臭いで彼らを包んで空間ごと支配していた。

 ステージに腰掛けて煙管をもてあそぶお菊。血を流して動かない隼と薫を眺めて深いため息をついた。


「はぁ〜······怒られる、じゃ、すまないや。面倒事ばかりの刑事課とは、もう関わりたくありんせん。あーあ、警護課の仕事したいなぁ」


 煙管をしまい、隼の柔らかい髪を撫でた。それでも隼はピクリともしない。時間が止まっているようだった。


 ······当たり前か。

 帯から携帯電話を取り出し、難しい顔で操作する。正直電子機器の扱いは苦手だ。どう使うのかが、あまり理解出来ない。


 どうにか電話帳を開いてある人物に電話をかけた。長めのコール音を聞いてようやく電話が繋がった。


「ああ、わっちでありんす。無事確保しんした。手錠多めで医者······うん、急いでくんなまし」


 短い連絡だけで通じる。それはすごく助かるが、電話相手のテンションが異常に高い。

 疲れた目を月が覗く。耳に当てた電話口からは快活な笑い声が聞こえていた。

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