第18話 招かれざる客
無事に捕らえた二人に手錠をかけ、今日の仕事はこれで終了。隼はうんと大きく伸びをした。薫が気絶している彼らを、ニヤニヤと意地悪な顔で見つめていた。
「さてと、どうすっかなぁコイツら」
「まず警察に報告してから処罰を伺うのが先だ。その後は上司に任せる」
「知ってるよそんくらい。んで、どうなるかも知ってんの」
「そうかよ」
「つーか頭に拳銃突きつけられたじゃん。平気? 撃たれてねぇの?」
「問題ない。
新品同様の拳銃を薫に投げた。薫は弾倉を開けて「だよな」と言った。
ぎっしりと詰まった麻酔弾が少秘警の象徴。『殺したら
隼はマッドハッターと三月ウサギを交互に見て、首を傾げた。
二人を逮捕した。事件の真相がついに暴かれる。なのになぜ、こんなに喜べないのか。何が引っかかるのか。
「おい隼、どうかしたか?」
薫が隼の顔をのぞき込んだ。隼は一度、「いや······」と答えたものの、やっぱり気になって、疑問を言ってみることにした。
「ここに来るまで、フードを被った奴を追ってただろ?暗くてよく見えなかったとはいえ、何か背丈とか違う気がして······」
「うーん、確かにオレが追っかけてた奴は、高くも低くもなかったしな」
全身が黒い三月ウサギはともかく、服に白が入っているマッドハッターは夜でも分かるだろう。マントを羽織っていたとしても月明かりが白に反射して目立ってしまう。隠しきって逃げることは無理だ。
「つまり、『コイツらとは別の人間がいる』ってことか? 隼よく考えろよ。茶会メンバーコイツらだけだ。居なくなったら茶会も事件も終──」
薫の言葉が途切れた。
彼の胸を貫く鋭い剣に血がついていた。人形のように倒れる薫の後ろにいる──フードを被った
隼は手を伸ばそうとした。名前を叫んでやりたかった。それも出来なかった。
背中に何かがぶつかるような衝撃と、胸から突き出た同じ剣。丁寧に磨かれた剣先は紅に染まる。剣の冷たい感触と、胸と背を這う生暖かい感覚。そして体の中で獣が暴れるような痛み。
体は言うことを聞かず、支えをなくして床に倒れた。じわじわと広がる紅い花。絡まった思考の中で、一つだけちゃんと理解していた。
───『死』
抗うことも出来ず、痛みに声も出せず、視界の先の二人分の足を見ていた。
「絵本とは違うんだね」
少女の声だった。
「お茶会の参加者は、マッドハッターと三月ウサギだけじゃない」
こちらも少女の声だった。
「トウィードルダムも」
黒髪の片割れが言う。
「トウィードルディーも」
「「お茶会の参加者」」
何てことだ。まだ残党がいたなんて。だが奴らは三年前に捕まえたはず。
ああ、彼らは替え玉だったのか。マッドハッターも『人数が足りない』と言っていた。どうして気づかなかったんだ。愚かしい自分に憤る。だが、そうした所でなんの意味もない。更に顔の似た少女達は続けた。
「そしてこのサーカス団も」
「「お茶会の参加者」」
遠くからぞろぞろと足音が増えてくる。
武器があることも、もう逃げ場がないことも、隼には分かっていた。
それでも掠れる視界で彼女たちを見つめてチャンスを探す。
だが何も無い。何も浮かばない。
意識が遠のく中、既に意識のない薫にフッと笑った。
あの薫を一撃で倒す奴は珍しい。赤飯でも炊いてやろうか──あの世で。
遂に視界は真っ暗になり、眠るように意識が消えた。漂う煙草の臭いが、最期の景色だった。
* * *
「死んじゃった?」
「いや、気絶しただけだね」
広がった血の海を踏みつけて少女は隼たちを覗き込んだ。脈の確認をすると、まるで飽きた玩具を見るように暗い瞳で見下ろした。周りを取り囲んだ団員に目を向けぬまま指示を出す。
「「
待ってましたとばかりに飛びかかる団員たち。血に飢えた獣のように、親の敵のように。ナイフを、斧を、棍棒を高く掲げた。
今まさに二人の体を壊そうとした時──
「困りんす」
透き通るような声に全員がテント入口に注目した。
「わっちの大事な部下でありんす。さぁ、返してくんなまし」
月を背負って立っていたのはお菊だった。
「誰だか知らないけど」
「こんな
お菊は妖艶な笑みを浮かべた。煙を吸い、高下駄でしゃなりしゃなりと前に出る。
双子と団員を、流すように睨んだ。ふぅ、とこれまた艶かしく煙を吐いた。
「思ってるに決まっていんしょう。さぁさぁ、わっちと遊んでくんなまし。誇り高きこの菊の花、買ってくれる人ァ、居ないのかい?」
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