第17話 刑事課と三月ウサギ

「おーらおらおらぁ! 逃げんじゃねぇぞ!」



 綱渡りのロープの上で薫と三月ウサギが対峙していた。

 三月ウサギは、尽きることのないクナイを延々と投げつけてくる。薫は防戦一方だった。

 これが地上戦ならそのまま相手に返してもいいし、適当に弾くことが出来る。だが、今は慣れない空中戦で、しかも下では相棒が敵の片割れと戦闘中だ。一本でも落とそうものなら、相棒の頭が血の噴水になりかねない。

 弾く先が狭められ、必然と一箇所に定められる。



(······頭良いな。あいつ)



 薫は鉄パイプを器用に振り回し、クナイを天井へと打ち上げた。

 下を気にして戦うのはハンデだとしても、能力を使い続けながらの戦闘は結構不利だ。分かっていても今のままでは防御に徹するしかない。


 ──でも、ただ防ぐだけなのもつまらないわけで。



「もう一本投げろ!」



 薫は全てを天井に打ち上げた後で、三月ウサギに叫んだ。当然「はぁ?」といった表情をされ、鋭いクナイを一本投げてもらう。飛んできたそれを金属音を響かせて天井に突き刺した。

 天井にはクナイで描かれた一つの絵。若干黒いが、光沢感やリアルさは完全に再現できたと思う。

 天井に描いたのは朝ご飯の定番──



「目玉焼きでーきたっ!」


 もちろんウインナー付き。


「自由か! ちゃんと戦えよ俺敵だぞ!!」

「なぁ目玉焼きは醤油派? ソース派?」

「今関係あるかそれ!?」


 三月ウサギは隼タイプなのか、ツッコミ過多だ。


 しかし彼もまた妙な格好をしていた。

 人がイメージする忍者の格好をしていながら、ネックウォーマーで鼻から下を隠している。腰に小物入れる程度の巾着袋があるだけで、クナイの異常ストックはどこにも見当たらない。歳だってきっとマッドハッターと変わりないくらいだろうに。


「背ぇ高ーなおい。服ダッセーのによぉ」

「お前に言われたくねぇよ······」


 薫は自分の服を見直した。しかし、『活火山』の習字Tシャツのどこがダサいのかが分からない。


 見た目を評価している場合じゃない。

 足に灯した炎をコントロールしながら三月ウサギと刃を交えた。鉄パイプの重い一撃を受け流す一本のクナイ。接近戦だというのに、微動だにせず淡々と攻撃を受け、隙を見つけては反撃する三月ウサギ。

 バランス感覚が良いのだろうか。


「忍者って戦闘得意なのか? 足の速さや気配の消し方的に諜報向きだろ」

「確かに、本来忍者ってのは諜報が本職だ。けど俺は生まれた時から刃物握ってんだ。戦闘向け忍者なんだよ」


「『三月ウサギ』だったらうさ耳くらい持っとけよ! 買ってやるわ!」

「気持ち悪いわ! 組織内名称コードネームなんだよ!」


 ちょうど下から隼の叫び声が聞こえてきた。どうやら塩酸をかけられたらしい。隼のことだ、問題はないだろう。──だが流石に腹が立つ。


「遊んでらんねぇっぽいな」


 小さく呟き、三月ウサギに向き直した。深呼吸して気を引き締めた。睨むような目で獲物を捉えた。


 薫のやる気を感じ取った三月ウサギは、両手にクナイを構えた。気の抜けない空気の中で、先に動いたのは薫だった。



 神速の斬撃──



 可能な限りのスピードで鉄パイプを振り回し、相手に畳み掛けるが、流しに流されて逆に圧倒される。

 感心する一方で、負け気味の自分に腹を立てた。


 現状維持だと体力は減り、能力が弱まり疲れるだけだ。更に炎で飛んでいる状態は、足場が安定しない上に踏み込めないから力を発揮できない。力の浪費もいいところだ。



(──仕方ねぇな)


 三月ウサギと少し離れてロープに着地した。バランス感覚に自信が無いため避けたかったが、足場がないよりはマシだろう。



「何の真似だ」



 三月ウサギが険しい表情で聞いてきた。自分と同じ土俵に上がるのが気に食わないのだろうか。薫は気づいていないフリで、ガムを膨らませながら返した。



「お前のマネだ」



 その一言でロープが激しく揺れた。

 鉄パイプを、クナイを叩きつけて、けたたましい音を鳴らし続ける。細かく動いて足を狙うが、三月ウサギは一回転したり、わざとロープを揺らして上手にかわす。それだけでなく、クナイを投げつけて自分にとって危険な動きを封じてくる。



 綱渡り状態での戦闘は未経験だ。

 忍者との戦闘も未経験だ。

 それでも食らいつける自分がいる。

 突然三月ウサギの手が止まる。じぃっと薫を睨みつけ、納得したように鼻で笑った。



「そうか。お前、元不良だろ」

「おう。下の奴も元不良だ。アイツは関西二大不良の一人でな。スゲーよ、オレ骨折──」

「下のはどうでもいい。お前は裏社会こっち側でも有名だったんでな。殺せるなんて嬉しいもんだ!」

「安々と命譲る気ねぇよばぁか! 耳からワサビ生やして出直して来い!」

「挑発特殊すぎんだろ!」


 三月ウサギが巾着袋を開いた。

 中身は土だ。何の変哲もない、どこにでもある土だ。その土は独りでに動き出し、三月ウサギの胸の前で龍を形作る。




(こいつ······───能力者か!!)




 飛んできた土龍が右腕を貫いた。防ぐ暇なんてなかった。ほぼ筋力で耐え、それでも勢いに押されてロープから落ちそうになった。

『目には目を』の要領で能力で返そうにも、火と土は相性がすこぶる悪い。どんなに火力を強めても、土が全て飲み込んでしまう。


 再び土龍が襲いかかった。抵抗するが力及ばず、鉄パイプが押し戻された。チラッと下を見ると、隼がステージに膝をついていた。肩で光るナイフに肝が冷えた。


 鉄パイプは長さがあるが、それ故に相手の力をまともに受ける。薫には振り回しやすい長さだが、今これを使い続けてもきっと力負けする。


 すると、鉄パイプが薫の手からするりと落ちた。薫は自らを窮地に陥らせたが、どこが余裕ぶっていた。ステージに突き刺さった鉄パイプを隼がチャンスとしてマッドハッターに接近する。

 薫は振り回す物をなくして三月ウサギを見据えた。


(片方仕留められりゃ上出来か。でも、隼が損ねることを考えて三月ウサギは捕らえとこう)



「ん? 鉄パイプ獲物失ってお手上げか? 存外大したことねぇのな」



 三月ウサギが笑ったその直後、彼の目の前にあったのは──警棒。

 咄嗟に動くが、回避反応が遅れて鼻先をかすった。間髪入れずに警棒は頭上に飛躍し、力強く振り下ろされた。三月ウサギは慌てて後退し、薫をキッと睨む。


「隼からよく奪うんだけど、使いにくいんだよなぁ。でも今は警棒こっちの方が良いかもな。短いし、軽いし」


 薫は手の内でクルクルと警棒を回すと、「ようやくお巡りさんっぽくなった」と言葉とは不釣り合いの笑みを浮かべた。三月ウサギの顔が強張った。

 クナイを構えた。更に土龍を従えて殺意を露わにする。



 三分で仕留めてやろうか。──いや待て。



 天井からパラパラと砂が落ちてきた。

 せっかく作った目玉焼きの絵が崩れ、三月ウサギの脇で二匹の龍に姿を変えた。



「なるほどな。異常なストックの正体は土かよ。まさか資料の『射殺』ってコレ? まぁ土なら回収できるもんな。能力者だし······おいおい、マジかやめろよ。こんなんで死にたくねぇよ」



 愚痴をこぼす間に警棒とクナイが衝突した。ロープは先程より激しく揺れ、より不安定な足場と化す。だが薫にも三月ウサギにもそんなことは関係ない。むしろそれを利用するくらいだった。


 三月ウサギは三匹の土龍をムチのように操り、隙を突いてはクナイを投げる。薫は警棒に炎を纏わせ、居合抜きの要領で土龍を切り刻む。足首を狙った土龍はそのまま踏みつけて砂塵に戻した。


 激しくぶつかり合う二人はやる気をみなぎらせ、瞳に狂気を宿していた。自然に雄叫びと笑みがこぼれていた。

 しかし、どんなに楽しく下は気になる。チラッと視線を落とすと、隼がマッドハッターを押さえつけていた。

 安堵して、つい気を抜いた瞬間──



「よそ見してんじゃねぇ!」



 三月ウサギの叫び声で正面を向いた時には、首に噛み付こうとしている土龍の姿が目と鼻の先にあった。

 喉に牙が届く寸前、薫は後ろに重心を落として回避した。だがバランスを崩した。足が虚空を踏み、重力が地面へと引きずり落とす。

 三月ウサギの顔が一瞬で遠くなった。





「ぐっ············」





 悪あがきで伸ばした手がロープを掴み、薫は片手で全体重を支える形で助かった。もちろん戻るのは可能だが、片手だけで上がるのはやや難しい。握りしめている警棒が邪魔なのだ。


 ステージまでかなり高さがあった。落ちたら絶大なダメージを喰らうだろう。だが、自分の身よりも隼の方が心配だった。

 下を見ると、さっきまで有利だった隼が床に押し付けられていた。頭に拳銃を突きつけられて身動きが取れないようだ。



「いっっ!?」



 ロープを握る手に痛みが走った。

 見れば三月ウサギがその手を踏みつけていた。徐々に力が強くなるのと同時に手から力が抜けていく。それでも隼のピンチに気が向いていた。


(助けに行かねぇと······でも邪魔くせぇんだよな、こいつ)


 一向に落ちる気配のない薫に、しびれを切らした三月ウサギは土龍を一つにまとめ、大きな龍を顕現した。薫に狙いを定めた。



「最後に一ついいか?」



 薫が聞いた。興味なさげな声が「なんだ」と答える。

 薫は思わず笑ってしまった。それがからだ。




はオレの方がちょっと上だな」




 挑発に乗った三月ウサギが土龍に指示を下した。薫を狙って空をくだる土龍は大きく口を開けた。薫が口から何かを吐き出し、土龍の眉間に当てた。土は赤く染まり、大輪の炎を咲かせて塵も残さず燃え尽きた。

 唖然とする三月ウサギの目には崩れゆく龍と、それを燃やす赤い物体──



「ガ、ガムか!?」

「戦法は一つじゃねぇんだよ」



 警棒を高く投げ、両手でしっかりロープを握り、鉄棒技──大車輪で立ち直した。驚いたまま動けない三月ウサギの顔を、戻ってきた警棒で横一閃、雄叫びをあげてぶん殴った。

 呻き声をあげて、落ちていく三月ウサギに薫から血の気が引いた。



(──ヤッベ。ロープの上だったわ、ココ)



 薫は急いで三月ウサギを拾いに行く。

 足に火を灯して加速する。ひと足先にステージに着陸し、受け止める体勢を整えた。前方で隼がマッドハッターを殴りつけていた。


 イケメンのクセに何とえげつない事をしているのか。


 いやそんなこと考えている場合じゃない。

 腕に三月ウサギが降ってきた。薫は両腕でしっかり受け止めた。受け止めることは出来たが、支えることが出来ずに結局落とした。


 痛そうな音がして、隼が振り向いた。薫はどんな顔をすればいいか分からず、とりあえず笑ってみせた。


 案の定、隼の呆れた顔が薫を見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る