第12話 情報処理課の助っ人 2

「先輩方、自分の課でやってくれませんか?」


 情報処理課──第一サイバー対策室

 隼は用意してもらった資料を広げ、黙々と読み進めていた。無論、隼に音郷の声など聞こえていない。音郷は隼の服の裾を引っ張ったり耳元で大声を出してみたりと、退室を促すが、隼は微塵も聞く素振りを見せない。

 薫が首を横に振り、隼の隣に座るのを見て、音郷は不満を顔に出すが黙ってココアを作り始めた。



「火里先輩、背中のうるさいんですが」



 背を向けたままの音郷に指摘され、薫は背中から写真の入った封筒を出した。しかし、音郷は封筒をじろっと見下ろすと、首を横に振って薫に指さした。



「そっちじゃなくて、もっと



 薫は「耳がいいな」と笑って拳銃を机に置いた。音郷がココアのカップと引き換えに、その拳銃を受け取った。

「完全に少秘警ウチのですね。まぁ犯罪には使えませんが······確か警護課のアイツが盗られたって言ってましたね。はぁ······注意しておきます。で、何で銃口が溶けてるんですか?」

「······わりぃ」

「またですか。あんまりこういう事されると、支給品が足りなくなっちゃうんですけど。ていうか、作るの僕なんですけど!」


 音郷と薫がやり取りしている間、隼は一人黙考していた。

 資料のほとんどは窃盗と殺人ばかりだ。どれも有り得ない話ではない。だが公演中の時間でも事件は発生している。その時間はアリバイが成立し、犯行は無理だろう。

 それでもサーカス団には何かある。それは確かだと思うが、どうやって──



「ねーぇ何が引っかかってんのォ!?」



 耳の至近距離で薫が大声を出した。隼が驚き叫んで離れるも、時すでに遅し。

 耳鳴りがするわ鼓膜がビリビリ痛むわで、ちゃんと音が聞こえなくなってしまった。

 薫は面白がって笑い、音郷は黙って隼にハリセンを差し出した。

 隼の選択は決まっていた──


 ***


「······で、何が引っかかってんだよ」


 散々叩きのめされた薫の、二度目の質問が隼に投げられた。隼は薫を睨みつけた。

 正直答えたくはないが、情報を共有しないと仕事が進まない。隼はため息混じりに答えた。



「ミラーが『マッドハッター』だろうな······って思ってるだけだ」



 薫の目から笑いの色が消えた。

「根拠はなんだよ」


 音郷がそっとココアを置いて近くの席に座った。隼は被害者の店長の自宅写真を机に並べ、自分の推測を語った。

「そっぷるたんの家に紅茶の類は無かった。でもティーカップに付いてたのはダージリン。ミラーの好みの紅茶もダージリン」


 ミラーと会話した時、ふと紅茶の匂いがしたのを思い出される。それが、カップの香りと同じだと気づいたのは、少秘警に着く直前だった。


「待て待て。付いてたっつっても、微量すぎてほぼ匂いだけだったろ。それだけじゃあ、線は薄い」

「そうですよ。何とか成分検出はしましたが、火里先輩の言う通り量が少なくて、種類こそ分かってもメーカーが全く調べられないんです」


 薫がそう言うと音郷も頷き、成分結果表の微量検知の証拠を出した。そこには成分結果とメーカー不明の記載があった。

 確かにそうだ。そんなことで犯人扱いされたらたまったもんじゃない。

 ──だが、根拠は他にもあった。


「三年前の事件を持ち出した時、目の色が変わった。きっと何か関わりがあったんだろ。 一番気になったのは目撃証言だ」

 音郷を指差して「人が屋根を飛び移るのを見たら何て表現する?」と問う。

 唐突に問われた音郷は少し動揺した。指を顎に当て、少し唸る。


「に、忍者みたい······とかでしょうか?」


 疑問符を浮かべて返した。隼はその答えに満足する。

「そうだ。普通は『忍者』と表現するはずなんだ。でもミラーは『ねずみ小僧』と答えた。とっさに聞かれてそう答えられるか?」

「えー、人によるんじゃねぇの? いや······まぁ、確かにいきなりは無理だな。ねずみ小僧なんてのはちょっと」

「だろ? それに『ねずみ小僧』は富豪から金を巻き上げ、貧民に配る義賊だ。薫、お前『金庫が空になってる』って言ってたよな? でもそれをミラーには伝えてない。ミラーが被害者の家から金品が盗まれてることを知っていたと考えれば? すごく安直だとは思うが、そう考えれば腑に落ちるんだ」



「なあ『チョコバナナ』と『バナナチョコ』と、どっちが正しい名称だと思う?」

「人の話を聞けっ!!」



 怒り声と共に吹き抜ける強風。

 不意をつかれた薫は抗うことが出来ずに、壁に叩きつけられてぽたりと落ちた。音郷は倒れた机を直し、床にこぼれたココアを拭きながら薫に「自業自得」と呟いた。

「いでで······」と言いながら起き上がった薫は何か言いたげに隼を睨むが、黙って席に戻った。


「あの〜」


 音郷が小さく手を挙げた。薫は痛む頭を押さえながら音郷に注目した。

「僕、情処課ですし。基本他の課の仕事はノータッチですが、今回の事件は少しついでに聞きたいことが······」

「ん? 別に構わねぇぞ。意見は多い方がいい。なんかあったか?」

「今のところ、証拠品を見る限り事件に関係しているのは『マッドハッター』と『三月ウサギ』なんですよね?」


 音郷曰く、殺害方法が一つ多いらしい。

 音郷は今回の事件で、鑑識・鑑定の補佐を務めたらしく、それをずっと疑問に思っていた。

 三年前の事件では、犯人達は一つの殺害方法に強いこだわりを持っていた。


 例えを出すと、

 イモ虫は自殺に見せかけた絞殺。

 白ウサギはアナフィラキシーショック。

 ハートの女王は斬首。


 今回は『刺殺』と『射殺』の他に、『錯乱死』が混ざっていた。音郷はそれを疑問に思っていた。

「『刺殺』と『射殺』──その二つだけなら何となく納得がいくんですが、『錯乱死』って何でしょう? 変死にしては異常ですし。僕は三年前の事件を知りませんから、記録を少し調べたんですけど、一つの殺害方法にこだわるなら、多いと思いませんか?」


 言われてみるとそうだ。二人しかいないのに方法だけが三つある。やり口だけが独り歩きしているのだ。

「おそらく、『チェシャ猫』か『アリス』のどっちかだろうな」

「どっちにせよ、要注意には変わりねぇ。刑事課アッチに戻るぞ。やることがあるんだろ?」


 薫は心底嫌そうな顔で隼を引っ張って、情報処理課を離れようとする。隼は薫の手を叩きのけると、襟を直して後ろをついていった。

「零! 今回の被害者リストのデータから、一致する項目を調べとけ!」

「薫! 人に頼む態度がそれか!?」

「うっせーよ! 面倒なことはさっさと済ましてぇ!」


 うるさい二人が居なくなり、ようやく静かになった第一サイバー対策室で、音郷は「よくコンビ組めたな」とひっそり笑ってパソコンを開いた。

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