第13話 隼と薫と骸
地図を広げ、サーカス団の移動場所の印をつけるのに半日と、周辺で起きた事件現場の印をつけるのに一日半。計二日と、予想以上にかかってしまった。
更に製作中に薫が地図を
刑事課──捜査本部
時刻は朝の九時。照る日の光を室内に満たし、眠気覚ましにコーヒーを啜る隼と、長机を複数繋げてベッド代わりに仮眠をとる薫が互いに存在を消して同じ空間にいた。
隼が出勤した時には既に薫が居た。上着を腹にかけ、寝息を立てる姿には驚いた。
来て早々の怠慢に怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、机の上で散らかる栄養ドリンクの残骸が薫の努力を物語っていた。故に大目に見ることにした。
薫が仕上げた地図を見ながらサーカス団と関連性がありそうな事件を赤で囲んでいく。
ひたすらに地味な作業を繰り返していると「コンパス」と、突然薫が口を開いた。寝言かと思ったが、薫はむくりと起き上がり、蜂の巣状態の戸棚からコンパスと赤の色鉛筆を持ち出した。ついでに大きなあくびをした。
「サーカス団の拠点」
三角のマークに針を立てる。
「一番遠い、関連性のある事件」
色鉛筆を事件の印に立てる。
「それをぐるっと······」
円を描き、コンパスを外すと次々と同じことを繰り返す。円を繋いでふんっと鼻を鳴らした。
「はーい終了」
「全部絞れた······。よく思いつくな」
「サボりの極み〜。そんなもんに一日かけたくねぇし」
サボり魔を気取る薫はコーヒーを淹れるとすぐに飲み干した。頭を掻き、もう一度大きな欠伸をして机に突っ伏した。そして面倒臭い、と呟いてガムを噛む。
隼はやれば出来るのに、と不満げなため息をこぼした。
──これで書類も出してくれれば、と思うが言わないでおこう。
「どーやって二匹も捕まえんだよ。憶測だけじゃ持ってけねぇぞ」
「そりゃそうだ。逮捕状出せるような何かがあれば······といっても、どうやっても俺らには出してはくれないしな」
「んじゃ、いつも通りの現行犯だな」
眠気覚まし、と言って唐辛子ガムをもう一枚口に入れた薫は、そのまま外に出ていった。
隼は次に狙われそうな所を探すことに専念する。しかし、良くも悪くも桜ヶ丘での事件数がまだ少ない。
これをどう絞るか······。
ふと廊下から薫の声がした。いつものサボリにしては早すぎる。まだ一分も経っていない。しかも、誰か連れてきたらしい──
廊下でグダグダと話す声に隼はそっと耳を澄ませる。
「いや、いいって······。おにーさんが伝えてくれれば······」
「うるせぇ自分で言え。駄賃は手当てだ」
ドアが開くと、薫が半ば強制的に桜木を引きずって現れた。しかも、がっちり腕を掴んで離さない。桜木も必死で抵抗するが薫に力でかなう訳もなく、ズルズルと引きずられて来た。
隼に気づくと、へらっと笑ってみせた。──傷だらけの顔で。
「桜木!? お前······どうしたその顔!!」
桜木を適当な椅子に座らせて、慌てて救急箱を探す。床下の収納スペースから出てきた救急箱を机に乗せ、中身を漁り消毒を始めた。
「なんで怪我なんか」
「ん? ちょっと······あー、不良に絡まれちゃってさ」
桜木は「どんくさいよね」と言って笑った。それがどこか悲しそうだった。隼はその理由を聞こうと思ったが、何故か聞いてはいけない気がして聞かなかった。
「どこが痛む?」
「えっとね、おでこと口が切れた。あと目のトコ痛いんだけどもしかしてアザになってる? パンダはヤだな〜。見るのは可愛いけどなりたくない。あとは何もないよ」
「足とか腕とか、怪我したんじゃねーの?」
薫がそう聞くと、桜木は袖を押さえて隠すように腕をねじった。へらっと笑い、妙に明るい声で誤魔化すように言った。
「いや〜。顔タコ殴りにされただけだから、腕とかはあんま怪我してないんだよね」
「ふ〜ん······」
隼は言われた通りの場所に薬を塗り、ガーゼや絆創膏を貼る。この前と変わらないパーカーやジャージに付いた泥を落とす桜木を、薫はボーッと眺めていた。
「全く······悪いことするからこんな事になるんだ。自業自得もいいところだろ。少しはボランティアでも何でも善い事してみろ。怪我のところは痛くないか? 万引きはやめたか? ちゃんと飯食ってんのか?」
「うん。大丈夫だよ青いおにーさん」
「口うるさいと老けンぞオニーサン」
近くの油性ペンを薫に投げつけた。油性ペンは寸分違わず眉間を射抜き、薫は床に倒れた。油性ペンは空中で弧を描き、隼の手に戻る。桜木が目を輝かせて拍手した。
「──で? 今日は被害届出しに来たのか?」
眉間に赤い痕をつけて起き上がる薫が本題を切り出した。桜木は首を横に振った。
「事件の方どーなったかなって」
薫は「へぇ」と
「サーカス団が怪しいんだが、アリバイがあったりなかったりとやや不安定でなぁ」
桜木は「うーん」と唸り、首を傾げた。
「難しいね」
「半径三キロ圏内で狙われそうな所。なんか心当たりねぇか?」
桜木は「一人いるけど······」と言いつつも、笑って言葉を濁した。薫がそれを見逃さず、「言え」と威圧的に迫った。
触れていないカップが割れるほどの威圧感に耐えきれず、桜木は地図の住宅街の一角を示した。
「こっ、ここの辺りの『
「なぁんだ。ちょっと言えば出るじゃねぇか」
(──薫を悪役容疑で逮捕できないだろうか)
薫はだらしなく机の上に足を乗せて、今度は棒付きのアメを取り出した。
「んー、でも嘘くせぇな」
意味不明な挑発をする薫は試すような目で桜木を見下ろした。だが桜木はニヤッと笑った。
「ダウトー。僕、嘘には敏感なんだ。おにーさん、ホントはそう思ってないでしょ」
薫の肩を叩いて桜木は「僕を信じて」と呟いた。桜木は「手当てどーもっ!」と一言を残して、捜査本部を出ていった。
一瞬呆けたが、感じていた違和感を確かめるべく、隼は桜木の後を追いかけた。だが、驚いたことに今出たばかりの桜木の姿がない。視界の奥、刑事課の玄関までの距離は短くない。外に出て確認もしたが、どこにも居なかった。
「嘘だろ······」
一瞬の間に姿を消した桜木に言葉を漏らした。行き場のない言葉は空回りするだけ。本部に戻ると薫が窓に腰掛けて隼を待っていた。
「隼ぁ、今日は帰れねぇな」
不気味な笑みを浮かべて手のひらに大きな火の玉を乗せた。揺らめく火をじっと見つめて握り潰した。
隼は腹を括った。この後、二人はお菊と揉めなくてはいけない。それは避けられない道だった。
火災報知器の
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