第11話 情報処理課の助っ人

 桜ヶ丘──郊外

 署まで続くトンネルのような林道を、隼はただ黙々と歩く。



「はーやーぶーさーくんっ!」



 いつもより明るい薫が肩を組んできた。ミラーと同じくらいの元気で爽やかな笑顔を向けながらだ。

 しかし、それがただの絡みではないと知っている。



「何を確信した?」



 表情とは裏腹に薫の声は低かった。言葉のやいばを喉に突き立て、次の言葉を待っていた。脅しじみた問いかけに隼は平然と「何も」とだけ返した。


「いーや。何かあったね。お前は何か分かるとすぐイヤリングに触る」

「······寄り道出来なくて拗ねてんなら、他の奴に八つ当たりしろ。絡むなウザい」

「いやいや、怒ってるわけじゃねぇよ?」


 薫はカラカラと笑った。とても渇いた笑いだった。

「オレはな、隼が得たモンを独り占めしてんのが気に食わねぇんだよ」

「だからなんだ。自分で調べろ」

「いやいや、分かるだろぉ?」

 隣から殺気が伝わってくる。薫の体温が鮮明に感じ取れた。




「さっさと寄越せっつってんだよ!!」




 薫のズボンからナイフが飛び出し、刃が隼の首筋にぴったりと触れた。冷たい感触が首にある。薫が少しでも力を入れば簡単に首は飛ぶだろう。彼にはそれだけの腕力がある。

 だが触れただけで微動だにしない。それもそのはずだ。


 薫の後頭部には拳銃が押し付けられていた。隼が後ろから腕を回して当てているのだ。硬い銃口をめり込みそうなほど強く当てられて、動けるわけがない。

 目だけを薫に向けた。薫はクッと笑ったかと思いきや、堪えきれずに噴き出し、その場に笑い転げた。



「満足したか? 薫」

「いやぁ〜、ノッてくれるとはな。さすが隼。以心伝心ってやつだな」



 薫は玩具のナイフをしまい、ハヤブサも苦笑しながら銃口が溶けた拳銃を懐に戻した。

 三年前は『混ぜるな危険』の洗剤くらい、周りに被害を及ぼしていた。口をひらけば暴言、身を動かせば殴り合い。お互い一定の距離を保ち、それを数ミリでも侵せば、すぐに怒りを爆発させる。当時を思い出して、隼は懐古の念を抱いた。


 それと同じことをしたかった、と笑う薫は狂っているのか、怖いもの知らずか。それを理解した上で合わせる隼も同類なのか。

 少秘警の正門はいつの間にか目の前にある。


 * * *


 三階建ての少秘警の建築物の中で、唯一五階建ての情報処理課。

 他の課で隠すように設置された課の玄関は、厳重な鉄扉で二人を待ち構えていた。隼はいつもの様に、真っ黒いパネルに手を当て生体認証せいたいにんしょうし、扉を開けようとする。


 ──だが開かない。


「何でだ?」

 押しても引いてもびくともしない。薫が「あー······とぉ」と頭を掻いた。

「この前さ、諜報課ちょうほうかとセキュリティチェックしたんだわ。んで、すんなり入られちゃって、前より強化されちまったんだよな」

諜報課アイツらはそういうのに特化してんだから入られて当然だろ。で? どうやって開けるんだ?」

 薫は認証パネルを横にスライドした。中からもう一つパネルが出てきた。


少秘警オレらの方の、をかざせ」


 言われるがままに、隼が尻ポケットのカードケースから手帳を出した。

 他人に見せる警察手帳とは違う、カード型の少秘警手帳だ。凹凸おうとつのない赤いカードをパネルにかざすと、「カチッ」と鍵の開く音がして扉が自動で開いた。


「いつの間に自動ドアになった」

「セキュリティチェックの時」


 壊れかけの刑事課とは違う、新品同様の真っ白な廊下を歩き、『第一サイバー対策室』と斜めに看板のついたドアを叩く。

 ドアが軋む音を響かせて中を覗いてみたものの、誰もいなかった。長机と椅子が並んであるだけの素朴な部屋だった。パソコンなどの機械類は一切置かれていない。


(──サイバー対策、する気あんのか)



「おーい! 誰もいないのか!?」



 隼が声をかけても返事はない。いつもはここに誰か居るのだが、居ないのなら仕方が無い。

 諦めたようなため息をつく薫の後ろから「うるさいですよ」と声がした。



 振り向いていたが、誰もいない。

 幻聴か、とため息をつくと「ちゃんといますよ」と声がする。もちろん、もう一度振り向いても人の姿はない。声だけがする。



「僕の身長、馬鹿にしてます?」



 下から少し怒りのこもった声がして、小柄な少年がパソコンを抱えて立っていた。

 最新式のヘッドホンと、体格に合わない薄手のセーターが幼さと身長の低さを目立たせている。大きな黄緑色の瞳とブロンドの髪が特徴の少年は室内の手近な机にパソコンを置いて二人に向き直った。


 音郷おとざとれいはため息をついて、肩から下がるセーターを押さえながら着席を促した。

 しかし、隼は拒んだ。


「俺らが来た理由くらい分かるだろ」

「ええ、そうですね。どこに居たって聴こえますよ。僕にも仕事があるんですから、早めに済ませてくださいよ。先輩方」

 そう言った音郷はため息をついて「こっちです」と廊下を進み、二人はそのあとを追った。


 * * *


 廊下を右に曲がるとドアが一つあった。

 ありふれた一般的なドアだ。ただ違うところを一つ上げるとしたら──ドアノブが無いことだ。もがれたような跡の上を金属の板で補強されている。

 隼には妙な既視感があった。どこで見たかを思い出そうとした。確か自分の、すごく身近な──


(警護課のロッカールームだ。コレ)


(マジかよ。リサイクルかよ)

(レバーが丸っきりなかった。根元から折れててな、入れなくて困った)

(えー、誰だよ折った奴······ってオレか)

(後で請求書送りつけるぞ)


 二人でコソコソと話をしていると音郷が「置いてきますよ」と言ってドアの前にしゃがんだ。床とドアの隙間に指を入れて、「ふんっ!!」と細い腕でドアを持ち上げる。

 ドアは天井へと消え、部屋が現れた。



「足元、気をつけてくださいね」

 入った先は資料室だった。

 部屋中に棚がびっしりと並び、資料ファイルは取り出す隙間もないほどに詰め込まれていた。棚に収まりきらない資料は、床の上に無造作に置かれ、山のように重なっている。

 爪先を置く場所もほとんどなく、床の上にも置けない分は、天井に革ベルトで固定していた。『ギュウギュウ詰め』を極めるとこんな風になるのか、と感心せざるを得ない光景だ。


 ──どうやって歩けばいいのだろう。


 部屋の全てを埋め尽くす資料の山に四苦八苦すること十分。ようやく向かい側のドアに辿り着いた。

 多少息切れする薫と隼に対し、音郷は足は震え、息も絶え絶えで余力なんて一欠片も残っていなかった。

「よ、よくよく考えたら······隼先輩の能力チカラで飛べば良かったんじゃ······?」

「いや、足元に何か敷かないと飛べないから。安定しなくて」

「ついでに言うと部屋のモン全部飛んでグッシャグシャになるぜ!」

「何で先輩方は平気なんですかぁあ······」


 音郷は小刻みに震える指でパネルに青いカードをかざす。カチカチと機械音が鳴ると、パネルは認証入力画面に切り替わった。


「なぁ、それ······変じゃね?」


 薫がパネルを指差した。

 音郷は「何のことか分からない」といった表情を浮かべた。

 パネルは『暗証番号ヲ入力シテクダサイ』と文字を浮かべた後、表示したのは数字ではなく五十音の平仮名だった。

 確かに薫の言う通り変だとは思うが、音郷はいえいえ、と首を横に振った。

「こっちの方が解除されにくいんです。言葉の数だけ何万通りと確率が上がり、解除成功率が下がる。数字なんかよりセキュリティレベル高いですよ」

 そう言って文字を打ち込んだ。

 女子高生並みの入力スピードと、伏せ字表記のお陰で何を打ち込んだかは分からなかったが、誰かに対する嫌味のようにみえた。

 荒々しい機械音と共にドアが開く。


 * * *


 真っ暗だった。

 一点の光もない闇がそこにある。ドアが閉まると前も後ろも分からないほどに暗かった。

 ガタガタと音がして、青白い光を放つ半球体の何かが現れた。音郷は身軽に乗ると空中を漂ってみせる。


 ······どうやら、空中浮遊装置らしい。


 その明かりを頼りに部屋を見ると、部屋の中心に太くて黒い、六角形の柱が吹き抜けの天井まで届いていた。

 所々に通気口が少しと、薫が入口付近でプリンターを発見した。音郷は少し高い位置まで飛ぶと青いカードを柱にかざす。


 カチッ·········


 小さな音がしたと思えば、柱から歯車が回るような音が響き始めた。数秒でその音は止み、柱を取り囲むように青い光を放ってモニター画面が現れた。

 それぞれ全く違う画面を映しており、あるものは犯罪者リスト、あるものは監視カメラ、少秘警の備品の注文リストまである。


「僕の発明品なんですよ。この部屋自体、僕の作品」


 そう言って浮遊装置を自在に乗り回し、あっという間に一番上のモニターに到達する。


「欲しいのは記録ですか? 映像ですか? それとも国家機密? 考えてくれたら


 ヘッドホンに手をかける音郷。しかし、隼の方が少しだけ早かった。


「サーカス団の移動日時とその地図。サーカス団の近辺で発生した事件、三年前のものから全て」

「あと新作スイーツ出した店も調べてくれ」

が混ざってますよ」


 浮遊装置をブンブンと動かし、場所の違うモニターを複数同時に操作する。指先でモニターに触れるだけで欲しい情報は手に入り、関連の情報まで表示されていく。

 隼は電子の海を、舞うように乗りこなす音郷をただ眺めていた。



「うーわ、こんなにあんのか······」



 プリンターから絶えず吐き出される紙を一枚つまみ上げて、薫はあからさまに嫌な顔をした。事務職のような仕事が大嫌いな薫にとっては地獄のような枚数だ。


 ──悪いがしばらくは事務職だ。


 隼の気配を察した薫はこっそり逃げようとするが、首筋をなぞるように吹いた風に肩を落とした。薫は複雑そうに飴を一つ口に放り込んだ。

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