第9話 事件進展

 事件を追い始めてから一週間が経過した。

 新たな証拠はおろか、手がかりさえないまま無駄に時間だけが過ぎ去った。

 薫は回収した街中の監視カメラの映像をボーッと眺め、隼は数少ない情報を書き連ねたホワイトボードと睨めっこする。



「進展なし」



 棒付きキャンディ(ハバネロ味)をくわえながら薫がぼやいた。机の上の映像と写真を睨みつけるその目には疲労の色が濃く現れていた。──無理もないことだ。


 新たに発見したことといえば、カップに付着していた紅茶の成分がダージリンだったこと。そして、被害者は犯人に抵抗して部屋を荒らしたのではなく、自ら部屋を荒らしたということくらいだ。

 それでも情報がほぼ皆無であることに変わりない。


 その間にもまた一人犠牲者が増えた。今回の殺害方法は射殺と思われるそうだ。

 現場に行った薫が持ち帰ってきたのは前回同様、写真と乏しい証拠、そして四方八方に注ぎ口の付いたティーポットだけだった。ポット底にはウサギのマークがあった。

 しかも県警が居たらしく、散々嫌がらせをして帰ってきたそうで、お菊はその直後に出掛けた。

 もう冗談を言っていられる状況ではない。


 三年前と同じだ。あの時はたった二ヶ月で三十五人が被害者の仲間入りを果たした。このままでは被害が拡大するばかりだ。あの時と同じ惨事は防がなければならない。


 隼は願った。──何でもいい。情報が欲しい、と。


(たった一つでも良いから──!)



 プルルルルッ!



 突然電話が鳴った。普段あまり使われない内線電話からだ。驚いて心臓が高鳴ったまま、隼は受話器を取った。


『あ、わっち······。刑事課』


 お菊のか細くやつれた声が一言喋った。その直後には切れた。言いたいことは分かっている。

 受話器を置いて薫に背を向けたままドアを指差した。隼には、見ていなくても薫がどんな顔をしているか分かる。


「取り調べだな」


 薫は意地悪な声で言った。


 * * *


 刑事課──取調室


 入って早々、膝から崩れ落ちる二人。


(ねぇ何でこいつ空気読めねぇの!?)

(知るか! こっちが聞きてぇわ!)


 視線だけの会話が交わされた。

 隼は呆れた。──本当に呆れた。



「あはっ、どーしたの? おにーさん達、すごーく疲れた顔してんねぇ」



 ヘラヘラと笑う桜木がこちらを見ていた。

 机の上にはガムとアメが一つずつ、ぽつんと置かれていた。

 お菊が帰りに寄ったコンビニで会い、万引きの現行犯で連れてきたらしい。だが、本人は遊びに来たような顔で貰ったココアを飲んでいた。


「まーた万引きか? 骸、お前さぁ」

「あのねぇ、僕はおにーさん達に会いに来たんだよ。よく考えたら僕、警察署の場所知らなくて。現行犯なら会えるかなって! そうじゃなかったら捕まるなんて素人みたいなヘマしないよ」


 隼は「じゃあ普通に来てくんないかな」と言いたかった。だが本音を言えば、桜木とは関わりたくなかった。彼のこのあっけらかんとした振る舞いが、酷く気力を消耗させるのだ。


(別に『犯罪者以外立入禁止』って訳じゃないんだしさぁ)


 既に疲れている二人に、桜木は二枚のチケットを机の上に置いた。


「これ貰ってくれる? 商店街のクジ引きで当たったんだけど、僕行けないからさ〜」


 薫がチケットをつまみ上げた。それは山吹色のチケットだった。派手なチケットをじっとりと見て「何コレ」と首を傾げている。

 ココアを両手で持つ桜木はニッコリと笑って言った。



「おにーさん達、サーカスは好き?」

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