ヤナイの子供がいたずら者に育つ訳


 近隣都市を私の体とするのならば、ヤナイの町は口のようなものです。

 南部の農業地帯から集まる作物が一度ここに集められ、車軸の軋みに変えられて各地へと届けられます。


 どんな作物も、必ずここで味の程を確かめてから体の隅々へ行き渡る。

 そのようになっているのです。


 この集積所では、女も男も同じように働きます。

 馬車馬に雌雄を選ぶ贅沢など、普通はどなたもなさらないでしょう。

 それと同じことです。


 雄だろうが雌だろうが、扱いは同じ。

 腰で支えねば上がらないほどの木箱を担ぎ、馬車から馬車へと移すのです。



 私は夫を早くに失い、こちらで働いております。

 他の女性と違って、職を失えば息子と二人で路頭に迷ってしまう。

 そんな弱みが雇い主様には扱いに易く、おかげで随分と無理を言い付けられておりました。

 皆が帰り支度を始める頃合いになるといつも顔を出し、掃除だの痛んだ食材の廃棄だのを命じられるのです。


 息子は、私が遅くまで仕事をしているのを、市場の片隅で本を読みながら毎日のように待っていたものです。

 それを不憫と、彼は随分職場の皆さんに可愛がってもらっていました。


 だからといって、どなたも雇い主様へ逆らうまでには至らなかったようで。

 私へあてがわれた不遇を代わることなく、市場が閉まるとそそくさと家路へついたものでした。

 それは至極まっとうな、賢い生き方なのでしょう。

 学のない私には、どのようにしたら上手に生きることが出来るものか見当もつかずにおりました。


 半年ほど前、そんな無理が私の体を悪くさせ、しばらく寝込むことになりました。

 熱が下がらず、体が軋み、関節の痛みが取れるまでは動いてはならぬとのことで、その間は息子が家の事をすべてこなしてくれました。


 お医者様のお話では、この病は過労が原因とのこと。

 せめて残業はせぬように、無理なく仕事をするようにとのお話をいただきましたが一体どのようにすればよいのか分かりません。


 そしてわずかばかりの貯えも底をつくでは寝込んでもいられません。

 一週間も天井の木目を見つめ続けた後、復調には程遠い体で職場へ復帰しました。


 その頃からです。

 あんなに素直で優しかった息子が、市場を騒がせるほどのいたずら者になりだしたのは。


 木箱から果物を掠め、大人の邪魔をし、下手な嘘で皆を混乱させるのです。


 息子は愛されておりましたので、何を悪さしたところで仕方のない奴だと笑って許してはいただけましたが、私はそうも言っていられません。


 心を鬼に食わせ、嫌がる我が子の耳を引っ張り、家の納屋へ閉じ込めることが日課のようになりました。 


 そして、息子の泣き声が市場の終業時刻を知らせる鐘に取って代わったと揶揄されるまでになりました。



 今日も今日とて、このいたずら坊やは魚の燻製を扱う業者に付きまとい、おこぼれをいただいて口の慰みにしておりました。


「なんてご迷惑をかけるんだいこの子は! 恥を知りなさい!」

「まあまあ、そんなに怒らないでやっとくれ。あたしがあげるって言ったんだから」

「本当かい? もし嘘をついたら、南に住んでる海賊王の末裔にその口を縫い付けてもらいますからね!」

「勘弁してくれよ母ちゃん。俺から頂戴なんて言ってないよ。欲しそうに眺めてたら、きっとおばさんなら恵んでくれると思って後ろをついて歩いただけなんだ」

「ほらごらん! なんて恥知らずなんだいこの子は!」


 私がいつものように鞄と我が子の耳を掴むと、市場を閉める鐘がちょうど響き渡るのでした。

 雇い主様が事務所からこちらを伺っていますが、いつも騒ぎを起こす謝辞代わりに頭を深く下げて、木箱の間を縫い歩きます。


「奥さん! 手荒なことはやめてあげなよ!」

「いいえ。これに味をしめたら大変! ちゃんと言い聞かせてあげなきゃ!」

「みんなに迷惑をかけるけど、あたしたちは楽しい思いをしてるんだ。今日は小僧が何をやらかすのかってね」

「ああ、ここが楽しい職場になった功労者だ。俺達の誇りだよ。だから許してやっとくれ」


 そんなことを言われては、私としては黙ってなどいられません。


「何を言いますか、取らないでくださいな。この子はとっても優しい、あたしの誇りですよ」


 私は珍しく、耳を放して我が子の手を優しく握ってあげました。


 そして今日も、時刻通りに市場を後にしたのです。


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