ヤナイのコックが、朝食をただで振舞う訳


 まったく、金儲けの才能がある奴なんてゴロゴロといるもんだ。


 遠くプロケスタで根無し草をやっていた俺は、親父の残してくれた金もほとんど使い果たしちまったもんで、宿も飯もタダって噂のラァナって村に大枚はたいてやってきた。


 ここで余生を過ごさせてもらおう。

 そんなことを考えた二週間前の俺をぶん殴ってやりてえ。


 飯は硬くて食えたもんじゃねえ馬の焼き物ばかり。

 エールも粗悪。

 噂の真偽を確かめに三日四日遊びに来るには確かに良いが、店もねえような村に一週間もいるとさすがに目も舌も飽きた。


 でも、帰りの馬車代をケチって隣町まで歩いた道すがら、この街道に金儲けの仕組みがこさえてあるってことに気付いたんだ。


 それがこの異様な深さ、有り得ない幅に掘られたわだちだ。

 馬車が通っただけでここまでのことになりゃしねえ。

 明らかに、わざと掘ってある。

 こんなもん、普通の馬車が通ったら左右どっちかの溝に取られて横に倒れちまう。


 だからあの忌まわしいほど大金をせびる、特製の馬車しかここを通れねえんだ。


 でもな、こういうことなんだよ、金儲けってやつは。

 誰も気付かねえような仕掛け、そんなものが一つでもあればぼろ儲けできる。


 俺の懐には、くたびれた財布に金貨で三枚ほどの財産がある。

 元手としちゃあ情けねえもんだが、後は金儲けの仕掛けだよ。

 それさえあれば……。



 考えながらも足は動く。

 足が動けば、腹も減る。


 ようやく街道がヤナイの町の隅っこに吸い込まれる頃合いに見つけた食堂。

 俺はここで、とんでもねえ儲け話を耳にしたんだ。



 ………………

 …………

 ……



 ヤナイはもともと、この辺りに数件ばかりが立ち並ぶ集落だった。

 それが集落から遥か北の空き地に農作物の集積所が出来てから様相が一変する。


 集積所を大事に懐でかくまう様に建物が建って、そこで働く連中の屋敷が集落と集積所のあいだっこ辺りに建ち始めた。


 屋敷と集積所を結ぶ道沿いに商店街が出来て、今度はそれを囲むように民家が出来て、しまいにはこんなに大きな町になったんだ。


 そんなもんで、この店が建ってる南端は、廃墟ばかりの貧乏街。

 だというのにどうなってやがる。


「すげえな。こんな豪奢な食堂、滅多に見ねえぞ」


 精巧なガラスのシェードの中に灯るロウソク。

 明らかに名工がこさえたしっかりとしたテーブル。


 椅子だけはちょいとくたびれ始めているが、それでも高級な品と分かる。


 料理も一流。

 代金も破格。


 まさか、こんなところで当たりを引くたあ思いもしなかった。


「お客様。料理の方はいかがでしたでしょうか」

「最高だ。俺はこう見えてもプロケスタのもんでな、散々うめえもん食ってきたんだが、お世辞抜きでうまかった。気前よく銀貨でもくれてやりてえとこだぜ」

「お気持ちだけで結構ですよ。お代は銅貨で十枚。それでもこの辺りでは随分といただいていますので」


 店に一人、店主でコックで給仕も兼ねるこの男。

 俺はこいつに俄然興味が湧いて、柄にもなく饒舌になった。


「こんなひでえ場所に店を構えて、しかも昼間だってのに客は俺しかいねえ。それがなんでこんなに見事な店になるんだ?」

「まあ、確かに酷い場所ですが常連さんもいらっしゃいますので……」


 ひでえ場所どころか、開けっ放しの窓から見えるのは廃墟ばかりだ。

 特に、三件目の屋敷はひでえ。


 二階建てなのに上の階は穴だらけ。

 朽ちた建材が一階へ落ちて来そうだ。


「常連だって? この辺りにゃ人っ子一人いねえように見えるが……」

「そうですね、アリザ様など週に一度はお子様を連れてこちらで食事をなさる。お料理の苦手な方で、お子さんへ十分な食事をとらせてあげることができないらしくて、いつもご家族そろって沢山召し上がっていかれます」

「知らねえ名だな。貴族か何かかい?」

「いえ。南の森に住まう『魔女』ですよ」

「なんだって!?」


 俺が慌てて身を乗り出すと、その拍子にひじ掛けがバキリと折れちまった。


「おわっ!? こりゃ済まねえ!」

「いえいえ、もうくたびれた椅子ですし、何より驚かせてしまったのは私の方ですからね」


 主人は俺の手を取って怪我の心配をしてくれたが、こんなかすり傷どってことねえよ。それよりもだ。


「魔女って何のことだ? 本物か!?」

「まさか。森の中に住む貴婦人です。主人が残した財産で、自分の子供を立派な学校へ出して以来、哀れな詐欺師の村から孤児を引き取っては幾人も育て上げた。この町の役所で、若くして所長をやっている男もその一人です」

「それが、なんで魔女なんて呼ばれてるんだ?」

「優しい反面、躾けに厳しい。このヤナイで彼女が厳しく子供たちを教育する姿を皆はよく見かけるのです。言うことを聞かないと、食ってしまうと脅すのですよ」


 それで魔女か。

 なるほど納得がいったぜ。


 俺は納得を苦笑いで表現して水を飲み干すと、店主は空になったグラスへ冷たいやつを注いでくれた。


「俺もお袋にそう教えられれば良かった。だらしなく育ったのはあいつのせいだ」

「そうでしょうか。躾けられている間は、優しさばかり求めてしまうものでしょう」

「それで将来町役場の所長になれるなら安いもんだろ。誰だって将来どんな人物になるかは親の教育で決まるんだ」

「極論ですね。でも、確かに彼女が育てた子供たちは皆、ひとかどの人物になっていますね。収穫祭には家族みんなが集まって、真ん丸にふとったターキーをいくつも焼くんだそうですよ」


 豪勢なもんだな。

 まるでこの店みてえなもんだ。


「で? その魔女様に代金をはずんでもらってるって訳かい?」

「いえいえ。お土産の料理をお包みする時でも、せいぜい銀貨一枚頂くくらいでしょうか。儲けはほとんどありませんよ」

「それじゃあカラクリが見えやしねえよ。なんでこんな立派な店を構えていられるんだ?」

「困りましたね……。では、他言無用に願いますが……」


 おっと、そうこなけりゃな。

 俺はできるだけ興味のないそぶりで耳を傾けた。


「あそこに見える二階建ての廃墟なんですが、かつては海賊の住まいだったようで、中には財宝が沢山眠っているらしいのです。ここからは見えませんが、昼間は町の役人が守っているとのお話です」

「へえ! そりゃすげえ! でも、夜なら盗み放題じゃねえのか?」

「それが、夜になると幽霊が出ましてね。中に入った者の魂を食らうのです」

「ちょ、ちょっと待て! なんでそんな話になり始めた!? 俺はそういうのは苦手なんだ! 金儲けの話を聞きてえだけなんだって!」

「ですが、世の中にはそういう物に心を掴まれる御仁が多くいらっしゃるようで。このあたりにがあると聞き及んだ方がその場所を聞きにわざわざ当店までいらっしゃるのですよ。そんな皆様から、建物の場所を教える謝礼にとずいぶん包んでいただけるというわけで……」


 まいったな、そんな仕組みだったとは。

 でも……、まてよ?


「ってことはあれかい? おめえが紹介した連中はみんなあの屋敷で……」

「そうですね。翌朝になると、皆様、魂が抜け切ったような表情で当店へいらっしゃいます」


 おお、怖え。


 でもこいつは、木の上から豚の子が落ちてきたってもんだ。

 こんなうまい話に乗らねえ手はねえ。

 今夜にでもちょいとお邪魔してみようじゃねえか……。


「いい話を聞けたぜ。飯代と併せて、銀貨一枚置いて行こう」

「いえいえ、そんなに頂いては申し訳ない。それでは、銅貨で三枚ほど頂戴いたしましょう。それより、本当にあの屋敷へ行かれるおつもりですか?」

「ああ、そのつもりだ。首尾よくいったら、礼は弾ませてもらおう。明日の朝、また寄らせてもらうぜ」



 ……

 …………

 ………………


「……お客様。昨日とは違って、随分と気落ちされているようですが。まさか、幽霊に魂でも食われましたか?」

「魂じゃなくて、金を食われちまった。屋敷に潜り込むのは簡単だったんだけどよ、廊下のどん詰まりで床が抜けてな、足を抜くのに難儀してるとこに、例の幽霊が話しかけてきやがったんだ」

「なんと、それでよくご無事でしたね」

「ああ、幽霊の野郎、有り金全部捨てて行けば命だけは見逃すと言いやがった。だから俺は財布を放り投げて逃げ帰ることが出来たんだ。……って訳でよう、食っちまった後でわりいんだが、金がねえ」


 俺が上目遣いに見上げると、コックは爽やかな笑顔で頷いてくれた。


「ご安心ください。我が家にお金が捨てられていた翌日には、お客様から朝食代をいただかないことにしているので」

「金が捨てられてるだって!? そりゃ、どんなカラクリなんだ?」

「残念ですが、そのお話の代金は金貨三枚では足りませんね」


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