第122話 プノ大忙し

【聖教国プノーザ】


 帝国軍との戦争が亜紀雄たちの予定通り、無血で終結すると思った矢先、それは現れた。


「プノーザ様‼ あ、あれはもしや、太古竜エンシェントドラゴンでは⁉」


 教皇が思い当たる前に、プノーザは既に異世界からの通信でその事実を把握済みであった。


「はいなの。今異世界の方でアキオ様達が準備を始めているそうなの。教皇様は国民を安全な場所への避難を促してくださいなの」

「うむ、了解した。してプノーザ様は?」

「プノは予備の飛行機の準備を急がせるの。アキオ様とヒナたん様がそれで太古竜エンシェントドラゴンに攻撃するという話なの」

「分かりました、ではお気をつけて」


 教皇と別れてからプノは急いで指示されたことを実行した。

 急遽予備の飛行機をマジックバックから滑走路へと出し、コントロール系のコネクター類を差し替える。前の機体が墜落してしまい、コネクター類が使えなくなったためだ。

 プノーザは一度手掛けた工程はほぼ覚えているので、そんなに時間をかけることもなく作業を終えた。


 短時間の整備で予備の飛行機の準備は終わり、滑走路から飛び立っていった。

 異世界の「ミサイル」という武器で、太古竜エンシェントドラゴンを退治する。それが亜紀雄たちがいる異世界で決定されたことだった。その決定にプノーザも異論はない。師匠であるエンデルがこの世界にいない以上、あの太古竜エンシェントドラゴンを止める術はないのだ。

 止まるとすれば、それはこの世界の大部分が破壊された後。いくら安全な場所に避難したとはいえ、その安全な場所ですら太古竜エンシェントドラゴンにとっては破壊対象に他ならない。故に安全な場所など、この世界のどこにもなくなるのだ。大多数の人達が死に絶えることになる。

 エンデルがいない今、それを防ぐには、異世界の兵器に頼る他ないのである。


 予備の飛行機が飛び立ってしばらくすると、飛行機が発射したミサイルという兵器が、太古竜エンシェントドラゴンに命中し、爆炎に包まれた。


「やったなの!」

 ──おおおお──っ‼


 プノーザも周りの作業員も、全員が歓声を上げた。

 異世界のミサイルという兵器の途轍もない威力を見て、間違いなく倒せたと、それを見た全員が歓喜したのだ。

 しかし、それはほんのひと時の歓喜に過ぎなかった。次の瞬間には、あの途轍もない威力の爆発を受けても、なんらダメージを受けることなく飛翔を続ける太古竜エンシェントドラゴンの姿がそこにあった。そして今度は一転、予備の飛行機を襲い始めたのだ。

 そして少しして、異世界からまた指示が入る。

 何が起こるか分からないので避難しろ、という指示だった。


「ここは危険なの! 全員避難するのー!」


 このまま予備の飛行機までやられてしまったら、今度は街を攻撃し始める。なるべく全員が安全な場所に避難することを、亜紀雄たちから指示されたのだ。

 必死に逃げる聖教国民。聖教国の首都の裏には岩山があり、大きな洞穴が掘られている。大昔から少しずつ拡張した洞穴で、これも太古竜エンシェントドラゴンの脅威を恐れるが故に造られているという。全国民が避難することはできないが、首都にいる者達ぐらいは避難できるスペースは確保されているのだ。

 地方の街々も、そういった避難場所を造っており、今戦争で散らばっている兵達がこの情報を共有しているので、街の人々の避難に貢献しているだろう。

 と、プノーザはそう考えながら次の指示を待った。

 自らは洞窟へ避難することなく、城の近くで待機する。洞窟内では異世界との通信も途絶えてしまうことを知っていたからだ。


「きっとアキオ様やヒナたん様は、解決策を考えてくれているのなの。絶対に大丈夫なの!」


 プノーザが異世界の亜紀雄たちに寄せる絶対的な信頼。

 エンデルや姉のピノーザ、エル姫様や敵であったフェル姫も、ましてや魔王プルプルであったマオまで手厚く保護し、帝国との戦争をこちらの世界では考えも及ばぬ見事なまでの策略で勝利に導いてくれたのだ。そんな異世界の住人である亜紀雄や日向に、最大限の信頼を寄せないはずがないのである。

 この世界に無い技術を持った異世界に、できないことはない。そう頑なに思っているプノーザだった。


 予備の飛行機と太古竜エンシェントドラゴンとの空中戦が続けられている空を眺めていると、異世界から待望の指示が来た。


『プノ! いいかよく聞けよ』


 開口一番念を押してくるのは姉のピノーザだった。


「ピノお姉ちゃん、なにをすればいいなの?」

『アキオ兄ちゃんの考えをこれから実行しようと思う。それにはプノの力も絶対に必要だ』

「前置きはいいから早く要点を言うの!」


 ピノーザの無駄な前置きに辟易としながら、プノーザは先を急がせた。


『まずは師匠の持っていた魔導書のⅧ章はあるな? その中の最終頁に書かれている魔法陣を外の広い場所に急いで構築するんだ。それはプノ一人では難しいから、手の空いた魔導師に手伝ってもらうようにしろ──』


 それから長々とした指示がピノーザの口から伝えられるが、プノーザはそのひとつひとつを頭に叩き込んでゆく。今聞いている指示は、なにひとつ欠けても今後の作戦に支障をきたすと実感したからだ。


『──ということだ、出来るな?』

「うん、任せてなの! でも、この魔法陣は誰が起動するなの?」

『ああ、それが本題だ。今から師匠をそっちの世界に戻す』

「えっ! そんなことできるのなの?」

『ああ、やってみなければ分からないけど、アキオ兄ちゃんの話に依れば、成功率は半々と言っていた』

「半々……」


 半々と言われて成功率が高いとみるか、低いとみるか、それは人それぞれだろうが、半分は失敗すると言われて心配しないわけにはいかない。


『大丈夫だって! あのアキオ兄ちゃんがたぶん成功するって言っているんだから、やってみる価値はあると思うぜ?』

「そ、そうだね。アキオ様が言うのなら信じることにするの!」

『おう、だから頑張れ。そして師匠と一緒に太古竜エンシェントドラゴンをぶっ飛ばせよプノ!』

「うん! 分かったなの‼」


 プノーザは自信をもって返事をした。

 今は不安を抱いている場合ではない。どちらにしても自分が動かなければ、師匠であるエンデルがこちらの世界に戻ってきた場合、足を引っ張ることになってしまうのだ。それだけはしてはいけない。師匠の転移の成否に関わらず、万全の体制を整えておかねばならない、そう心に誓うのだった。


 プノーザはまだ避難せずにその辺で予備の飛行機と太古竜エンシェントドラゴンの戦いを黙って見ているだけの兵士たちを集め、これから行うことの指示を伝えた。

 恐々とした兵士達もそれを聞いて希望が生まれ、再度帝国との戦争に当たっていた時のように闘志を燃やし始める。

 手の空いた魔導師へ片端から声をかけ、飛行場まで来てもらう。それと料理人を数名呼びつけエンデルの食事の準備に当たらせる。そして最後の重要な指示を数名の兵士に伝え、自分は魔導書を取りに自室へと向かった。

 自室に戻ってお目当ての魔導書を見つけたプノーザは、それを一度マジックバックに仕舞い、ピノーザにその旨を伝える。そしてその足でまた飛行場まで戻るのだった。


 飛行場に着くと既に数十人の魔導師が集められていた。後から来る人数も合わせれば、おそらく100人以上は集まるだろう。

 とにかく急がなければならない。早く魔法陣を完成させなければ、もしエンデルが戻ってきても何もできない状態になる。大魔法の魔法陣など構築したこともない魔導師達でも、見本を見ながらなら構築できるだろう。一人でなら数日がかりの仕事でも、100人以上で手分けしてもらえば、すぐにでも完成するはずだ。

 後はエンデルに確認をしてもらい、不備を修正すればよいのだ。


「皆さん集まってなの!」


 全員が揃うまで待つつもりはない。今いる者たちで少しでも早く手を付けなければと考え、プノーザは皆に集まってもらう。

 英雄からの招集と会って、全員真剣な表情でプノーザの前へと集まって来た。


「今から太古竜エンシェントドラゴンを封印するための魔法陣を構築するなの!」


 プノーザの言葉に、ここにいる全員がどよめいた。

 まさか自分達が極大魔法の魔法陣を描くとは、思いもしていなかったのだろう。


「みんなで手分けし出来るだけ早く仕上げなければならないの。あの飛行機がそれまで時間を稼ぐの。すぐに取り掛かりましょうなの!」


 プノーザはそう締めくくるが、集められた者達のざわめきは収まらない。


「あ、あのう、プノーザ様……わたし達には、極大魔法陣など描ける力はないのですが……」


 一人の魔導師が、おずおずと手を挙げながらそう言うと、周りの者達も同意するかのように頷いた。

 魔法陣の構築は繊細で複雑だ。簡素な魔道具に使う小さな魔法陣でも熟練が必要なほどである。極大魔法の魔法陣ともなれば、そんな簡素な魔法陣とは違い、ひとつの魔法陣に複数の条件や要素を組み合わせなければならないので、素人には難しいというよりも構築が不可能に近い。不可能にする最大の要因は、構築する魔導師の魔力量が少ないことだ。

 エンデルのように膨大な魔力量をもってして描かれる魔法陣は、構築するだけでも途方もない魔力を消費してしまうのだ。


「問題ないなの。皆に魔法陣を描いてもらうわけではないの」


 その言葉に全員が疑問を抱く。

 魔法陣を構築すると言っていたのに、魔法陣を描いてもらうわけではないとは、これいかに。いったい何をさせたいのか、誰もが不審に思うのだった。


「よく聞いてなの! 皆さんには、まずこの板を飛行場の平らな場所に、隙間なく真四角になるように並べてほしいの。横40枚、縦20枚なの」


 プノーザは資材用のアイテムバッグから、コンパネを800枚取り出し地面に置いた。

 800枚を隙間なく並べると、約36m×36mの真四角が出来上がる。


「それが終わったら、そこにこの紙を番号順に並べて貼り付けてゆくだけなの」


 プノは設計図数枚と、大量のコピー用紙や両面テープをアイテムバッグから取り出し、皆に見せた。

 これでも皆はまだ何をしたいのか分かっていないようだった。


 コピー用紙は、まだ数は足りないが、異世界から次々と送られてくる。

 そこには魔導書の魔法陣をコピーしたものが転写されているのだ。ただ普通にコピーしたわけではなく、直径を35m程に拡大したものを、分割してコピーしているのだ。裏には設計図に書いてある番号が打ってある。

 それを設計図通りに、両面テープで板に貼り付ける。全部貼り付けると、そこには直径35mの極大魔法陣の完成といった具合だ。


 それならば魔導師を集めなくとも、兵士や一般の人でもいいと思うだろうが、プノーザはちゃんと考えている。

 魔法陣とは魔法陣を流れる魔力が途切れてはいけない。分割された紙を貼り付けると隙間ができるので、そこで魔力の流れが途切れてしまうのだ。そうなれば魔法陣として役に立たなくなる。

 

 故に魔導師でその隙間を補修しながら貼り付けるといった仕事が必要になるのだ。それは魔力を持った魔導師にしかできない仕事なのである。

 ちなみにコピーされた魔法陣は、前々から準備されているプノーザの魔力を込めたトナーを使っているので、つなぎ合わせた魔法陣は問題なく魔力が籠っているのだ。


「では始めてなの!」

 ──はい!


 プノーザの号令で全員が動き出す。

 異世界の技術がなければ、これだけの魔法陣を描くのに1日や二日では終わらないところだ。異世界とこちらの世界のコラボ魔法陣といったところだろう。


「プノーザ様、例のモノをお持ちしました」


 数人の兵が何か大きなものを大事そうに抱えながらやって来た。


「あ、そこに置いておいてなの!」


 これで儀式に使うものが全てそろった。


 ──あとはアキオ様達を信じるだけなの。



 プノーザはそう考え、自分も魔法陣の構築に向かうのだった。

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