第121話 硬すぎでしょ!
ピーピーピーピーピピピピピピ──、と電子音が鳴り響く。
『
パイロットの指がミサイルの発射ボタンを押下した。
翼下ハードポイントに懸下されているミサイル二発が切り離され、直後燃料に火が入る。一瞬機体より遅れていたミサイルが、その爆発的な推進力で機体をすぐに追い越してゆく。
それは目標とて同じこと。音速に近い速度で飛ぶエンシェントドラゴンだったが、轟然と驀進するミサイルの速度を超えることはできなかった。
みるみると近づいてゆくミサイルを、大きな体で上下左右に巧みに回避しようとするが、赤外線追尾式のミサイルには、そんなフェイク行動など通用しなかった。
一発がエンシェントドラゴンの背中に命中し、もう一発は長い尾で弾かれそうになったが、弾かれそうになった瞬間に尾が雷管に触れ爆発した。
連続して二つの爆発音が異世界の空に響き渡った。
──おおおおおおおーっ‼
爆炎に包まれるエンシェントドラゴンを見て、ここにいる全員が歓声を上げた。
やった、二発もミサイルを命中させ、無事でいられるわけがない。全員がそう思った事だろう。斯くいう俺も、生き物があの爆発に耐えうる身体を持っているわけがない。ドラゴンといえど生き物だ。有機生物が、あの暴力的な爆発と熱量に耐えられるわけがない、と。
しかし数秒後、俺達の目に信じられないような光景が映し出されたのだった。
二発のミサイルを受けてなお悠然と空を舞うエンシェントドラゴン。その体にはミサイルで受けたような傷は、一切見受けられなかったのだ。
しいて言えば、鱗が数枚落ちた程度なのだろう。血も出ていないし、欠損した部分も見られなかったのである。
『
エンシェントドラゴンのあまりの硬さに、自衛隊員も舌を巻く。現実とは思えない光景に動揺を隠しきれていない。(自衛隊員はゲームと思っているので、そこまでではないが)
ゲーム設定にしてもエンシェントドラゴンの硬さは予想以上だ。
まさかミサイルで無傷に近いとは、誰も想像していなかった。
「おいおい、マジかよ……硬すぎるだろ……」
そんな感想がついつい口にでてしまった。
残り4発のミサイルを全弾命中させても、撃墜できないのではないかと、ここにいる全員が思った事だろう。
そうこうしていると、エンシェントドラゴンが反撃に打って出た。
ミサイルが多少は痛かったのか、目の色を変えて偵察機へと向き直った。
その巨体からは信じられないほどの機敏な動きで、瞬時に偵察機の後方を取った。
──速い!
今までの飛行速度が遊びであったかのように、みるみるとその距離を縮める。
「とにかく逃げろ! 余裕があったら遠慮なくミサイルをぶち込め! とにかく撃墜されることだけは許さん。少しでも長く逃げ続けろ、そして時間を稼ぐんだ!」
『
大家さんもエンシェントドラゴン相手に分が悪いと判断したのか、とにかく撃墜されるのだけは避けろと命令した。
その間に対策を考えようと時間を作りだそうとしているようなのだが、今回ミサイルで撃墜できなかったことで、これ以上の作戦は今の所何もないのだ。ただの延命措置である。
リーパーが撃墜される。それは即ちプノ達がいる異世界へ、エンシェントドラゴンの攻撃が始まるということになる。それをもう止めることはできなくなる。
「くそっ! あいつを倒すには、もっと威力のある兵器が必要だな……アイリーン! 在日米軍基地から、中近距離弾道ミサイルでもパトリオットでも何でもいいからもう少し強力なミサイルをすぐにでも持ってこれないか?」
「オ~ゥ! それは無理な相談ねぇー、いくら私でもそこまでできる権限は持ってないよー。大統領にでも話を通せば可能かもしれないけど、すぐには無理だよ~」
大統領に相談すればできるのかよ! と突っ込みそうになったが、それは言わないでおく。大家さんといい、アイリーンさんといい、俺の尺度で考えてはいけない人種なのだと、最近痛烈に感じているのだ。だからなにも言わない。
「くそっ、それならどうすることもできないではないか!」
「ヤ~ン、私に八つ当たりは良くないよ~」
「少しは頭を働かせろ! ペンタゴンの高官予備軍の名が泣くぞ⁉」
「むぅ~そこまで言わなくてもいいじゃない~」
とはいえ、すぐにそんな兵器を持ってこられるとしても、一時間や二時間で持ってこられるわけもないのだ。只今絶賛戦闘中のリーパーが、いったいどれだけ時間稼ぎできるかにかかっている。
おそらくエンシェントドラゴンが疲弊する前に、自衛隊員の方が先にダウンしてしまうことだろう。燃料は常に満タン状態にできるが、全力でエンシェントドラゴンの攻撃を回避しながら、隙を見て攻撃、精神をギリギリまで酷使しても、もって半日といったところだろうか?
まして自衛隊員はこれをゲームだと思っているのだ。まかり間違って撃墜されても、撃墜されました、だけで何の罪悪感すら抱くこともないのだ。命を失うわけでもないし、異世界の人が死んでもNPCが死んだだけと簡単に割り切ってしまうだろう。その真剣実が撃墜されるまでの時間の差になるだろう。
「大家さん、どうするんですか? これじゃあじり貧ですよ?」
「そんなことは分かっている! だから今考えているんだ」
大家さんは机に肘をつき、まるで碇ゲ〇ドウみたいに顔の前で指を組んで険しい表情で思案している。それがまた様になっているので俺もそれ以上口を挟めなかった。
うーん……リーパーの兵器だけでは火力不足。それ以上の火力がある兵器を調達するにしても時間的に余裕がない。
こちら側にあるのは、後はドローンと農薬散布改良版のラジコンヘリぐらいなものだ。だがあのエンシェントドラゴンの硬い表皮へ、ゴマ粒みたいな麻酔弾を打ったところで弾かれておしまいだろう。催眠ガスもあの巨体に効果があるのか疑問である。
それに高速で移動するエンシェントドラゴンに対して、そんなちゃちな作戦が通用するとも思えない。
詰んだ!
後は、エンデルが向こうの世界に戻り、封印の魔法でエンシェントドラゴンを封印するのが確実なのだろうが、そもそもこの世界に来たのはいいが、戻るには魔力が回復する数年先になるという話だった。全く使えない……。
これも詰んだ……ん? いや待てよ、なんかあったよな? 転移と同じような何かがどこかで使用されていなかったか?
俺は必死に、エンデルがこちらに来てから、これまでの記憶を弄った。
エンデルが転移を失敗し、こちらの世界に来た。そして今度はピノとエル姫さんがまた失敗してこちらに来た。そして、魔王プルプルことマオが続いてこちらの世界に来た。マオは角が取れて幼女体形になった。そして……。
「ん! そうか!」
「どうしたのですか、アキオさん?」
「いきなり大きな声を出すな。びっくりするではないか」
静かな指令室でいきなり突拍子もない声を上げた俺に、全員の視線が集中した。
「エンデル、この角のお陰でどれくらい魔力は回復した?」
「あ、このマオちゃんの角ですか?」
「そうだ、それを着けていると、この世界でも少しは魔力が集められているとか言っていたろ?」
マオの小悪魔ルックを羨ましがるあまり、エンデルにマオの角を接着剤で付けたカチューシャを渡したのだ。それを装着した時エンデルは、魔力が普段よりも多く回復しているようだ、と言ったのを思い出したのだ。
些細なことだが、エンデルの魔力がどのくらい回復しているかでこの作戦が可能かどうかが決まる。
ちなみにエンデルはこの角が気に入ってるらしく、寝るとき以外は常に着用しているのだ。
「あーええとですね、たぶん半分くらいは回復しているかもなのです」
「半分か……それならここに来たときのような転移魔法はできないよな?」
「はい、まだ無理だと思うのです。全回復に近くないとあの魔法は使えないかもなのです」
「わかった。なら転移は無理だ」
「はい、おそらくこの分だと、こちらの日数であと50~60日ほどかかるかと」
まあそれは俺も予想していたことだ。いくらマオの角を付けたからといっても、もともと魔力というものが薄い環境だったのだろうから、全回復までは行っていないと思っていた。それでも数年かかると言っていた回復も、極端に縮まっていることは朗報である。
約半分回復しているのだ。それならなんとかできるかもしれない。
「どうしたというのだ要君?」
「いや、俺に少し考えがあります。上手くいくかどうか分からないですけど、もし上手くいけばこの危機を乗り切れるかもしれないんです」
「それはどんな方法だ?」
「それは──」
僕は搔い摘んでその方法を説明した。
この方法でエンデルが向こうの世界へと行くことができる可能性があるのならば、それを実行しない手はない。なんといっても異世界が破壊されるまで時間がないのだ。偵察機がエンシェントドラゴンにまた撃墜されたら、おそらく最初の標的は聖教国になる。今時点で聖教国の上空で戦っているのだから間違いない。
これを帝国上空まで引き連れて行けるのならば、最初の標的は帝国になるのかもしれないが、無辜な帝国国民を犠牲に差し出すのもいかがなものかと思う次第だ。
だからこれに賭けるしかない。
俺の話を聞いて、全員がそれに向かって動き出す。僅かな可能性に賭けて……。
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