第113話 進軍
翌朝、帝国軍の行動は思いの外遅かった。
偵察ドローンの映像を見ても、どうやら帝国軍は分裂の兆しを見せている。
多くの兵は下剤に依る腹痛と下痢で動けないでいるようで、進軍の準備すらしていない。格部隊の上官のような者達が皇帝の天幕に出入りし、撤退の進言をしているようだ。
マイクがまだ機能しているようで、そんな会話も傍受できたので間違いない。
行動を起こしたのはそれから数時間経ってからだった。
一部の帝国兵が進軍を開始したのだ。
「動き始めましたね」
「ああ、予想通りと言えば予想通りだが、あの数で進軍するとは、皇帝もよほど切羽詰まっているようだな」
大家さんは進軍状況を見ながら、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。
進軍する帝国軍勢は、およそ5千にも満たない数だ。帝国軍本体だけでも約1万の数だったと思うが、半数は呪い(下剤)で動けない状態のようだ。進軍する兵も本調子の者はほとんどいない。大方が腹痛と下痢をおしての進軍である。
この状況で進軍をかけるなど無謀と言わざるを得ないが、皇帝ガイールは進軍を強行するようだ。
まったく下剤の影響を受けていないのは、皇帝くらいだろう。
他の兵とは違う料理と飲み物を口にしていたようだだし、そこに下剤の混入はしていない。シュリに頼んで混入させることもできたが、それはしなかった(大家さんの指示)。
きっとこの頭が筋肉の皇帝は、自分は呪いに掛からないのだから、まやかしだとかなんとか言い張り、他の同盟国に進軍することを強要するはず。そうすることで帝国軍の求心力を内部から崩壊させる意図も含んでいたらしい。
そんな大家さんの予想が、まんまと的中してしまうところが面白い所である。
「要君、総勢でどれくらいの数だ?」
「はい、ざっとですが、4800程度ですね」
映像から解析してもその程度の人数だ。当初の10分の1以下の規模である。
「しかし効果絶大ですね。これほど軍勢を削げるとは思いませんでした」
「だよね、これなら聖教国の兵隊だけでも勝てるんじゃない?」
エル姫さんとピノが幾分ほっとしたように頷き合う。
「ふふふん、アキオさんの姿に恐れをなしたのですよ」
「いや、エンデル。そう言われてもあんま嬉しくないから言わなくていいから……」
エンデルはない胸を張って威張っているが、あの格好に恐れをなしたと言われても微妙な心境になる。上手くいったようなので別にいいのだが、俺にとっては黒歴史のようなモノが刻まれてしまったのだから……。
思い出すだけでも変な汗が出てくるよ。
とはいえ大多数が戦意を喪失し、進軍している兵達も戦う前に既にヘロヘロ状態なのだ。今の帝国軍がまともに戦えるようには思えない。
「それでも安心するのはまだ早い、戦争は始まったばかりだからな」
「そうですね」
「では帝国軍がもう少し進軍したら、作戦通り進めようではないか」
「はい、エル姫さんピノ、エンデル、手筈通りに頼む」
3人はハイ、と返事しそれぞれ割り当てられた作業に向かう。
先ずは基地の制圧からだ。昨日の約束通り進軍しなかった同盟国には投降を促し、武装解除から始めてもらう。投降した兵士には
それでも敵対してくる者は問答無用で捕らえること。既に弱っている兵士ばかりなので簡単なことだろう。それと進軍した帝国軍の補給を断つこと。後に出発するだろう補給部隊を足止めする事だ。
そうすることで進軍した帝国軍は孤立し、数日も待たずに瓦解することだろう。とはいえ数日も待つ気などない。
「全員を捕虜施設に逐次送るように。素直に投降した部隊は優遇するように指示はしているな? 反抗する奴等は粗末な施設でいい」
「はい、その辺りはプノが指示していたので大丈夫でしょう」
プノは今や英雄視されているようで、教皇さんに次いで影響力を持っているようだ。
プノの指示は教皇さん次ぐ強い命令になるらしい。
とにかく全員を捕虜として急遽作り上げた収容施設に入れ込むことになる。反抗しない者達のために、多少の優遇措置は必要な事だろうと思う。
作戦としては、早期決着。戦争を長引かせることはしないし、戦闘をせずに全員を無力化しなければならない。無駄に長引かせると要らぬ犠牲が出るかもしれないからね。早期終結を心掛けよう。
「後輩山本君、そっちの状況はどうだ?」
「うぃっす閣下!」
「お前減給な」
「それはないっすよ~特別手当出すって言ってたじゃないっすか~閣下呼びだけで減給って、前の会社よりブラックっす!」
「……」
うっ、新しい会社はブラックにしないと決めていたので、何も言えないな。
「それよりも状況報告」
「はいっす! 今朝早く本体は出発し、基地には数百人が残っているっす。キャンプの撤収をする部隊と、そこを中継基地にする部隊がいるようっす」
「なるほど、中継基地と、兵站部隊か。進軍した部隊はしっかりと補足しているのか?」
「問題ないっす。誘導も万全っすよ!」
後輩山本は、自信満々に胸を叩く。
「いい感じですね大家さん」
「うむ、それではそろそろ準備でもしておこうか」
大家さんはそう言うと、ガタッと席を立つ。
「これから帝国軍の捕獲作戦を実行に移す! 作戦はこれから24時間、明日の同時刻までとする。その間に帝国軍全兵を捕虜化すること」
そう宣言した。
「まずは聖教国側、魔族側とも後方部隊の無力化。聖教国側は問題ないとしても、魔国側は下剤の効果もないので特に気を付けるように。山本君、マオ君、フェル君は、ハンプ殿と協力し合い確実に作戦の遂行すること。くれぐれも死者を出さないように行動してくれ」
死者が出た時点で無血での終結ではなくなる。
いちおう殺傷能力のある武器での戦いは避けるように通達してはいるが、混戦になって、やむを得ない場合には使っていいことになっている。
「アイリーン、偵察機の整備は終わったか?」
「ノープロブレムよヒナタ」
「それならアイリーンは、全ての情報統括を頼む」
「イェスマムねー」
アイリーンさんは楽しそうに返事した。
見学だけだったはずが、最初から参加している。大家さんが扱き使うと言っていたが、本人は楽しそうなので放っておくことにした。
国防総省の官僚ということなので、戦争はお家芸のようなものだろう。
「では作戦開始だ! すべてのドローン部隊へ通達! 敵討伐数の上位者には賞金が出るから奮闘するようにと」
「はい!」
えーっ、そんなものまで用意していたのか? 賞金が出るなどモティベーションが上がりまくりじゃないか。
なにげに河原専務が良い返事を返してきた、かなりやる気になっている。でも、うちの会社はバイトのサポートがメインだからね、そっちに専念してよ?
こうして帝国軍掃討作戦は実行に移されるのだった。
◇
【魔大陸侵攻】
魔大陸侵攻を進めている帝国将軍率いるおよそ2万にも及ぶ軍勢は、昼過ぎになりとある場所に足を踏み入れた。
両脇にそそり立つ崖に挟まれた渓谷の底にあるような街道。
底の幅はそう狭くもなく、隊列を組んでも余裕で進めるだけの幅員が確保されている。そそり立つ壁はかなり高く、おいそれと登れるような崖ではない。
その底に一本道のように通る街道は、どこか恐怖心を煽るに足る場所である。そんな道が数キロに渡って続いていた。
「報告いたします。この先はまだこのような道がしばらく続きます」
斥候に向かっていた者が戻り、帝国将軍に報告した。
「そうか。後どれくらいで抜けられる?」
「日が暮れるまでには抜けられるかと」
帝国軍将軍は、なにか嫌な予感が胸中を巡るのか、進行方向が気になり始めた。
それもそのはずだろう。このような渓谷みたいな場所を進軍し、もしも敵と会敵しようものなら本来の力は出せずに味方の被害が拡大する。それにここはもう敵地である。いかに魔族にそれほど脅威になる軍力がなくとも、地の利を得た軍勢は予想を上回る力を発揮しないとも限らない。
もしも挟撃でもされようものなら、辛い戦いを強いられてしまうことだろう。
「敵の状況は?」
「今の所敵影はありません。数人が渓谷を抜け、その先を偵察して来ましたが、どこにも敵の姿は見当たらない、と報告を受けております」
「うーむ……妙だな……」
こんな進軍に適した街道があり、迎撃するには最適な場所があるにも関わらず、魔族は兵士の一人すら配備していない現実に不信が募る。開戦の期日は伝えているのにも関わらず、魔族側は何も準備していないのだろうか? そう訝しむ将軍だった。
そしてここに来るまでの経緯にも少し疑問が残る。本来の進軍には、別の道を予定していたのだが、その予定していた道は、なぜか通ることができなかった。そしてその他の迂回路として計画していた道もなぜか進軍できる状態ではなかったのだ。
魔大陸の中央に進むには、今時点でこの道しかなく、そして一番中央(魔王城)に近い道でもある。だが、この渓谷があるので、進軍の予定ルートとして計画には入れていなかったのである。
──どうも上手く誘導されているような気がしないでもない……穿ち過ぎだろうか……。
魔族は帝国に恐れをなしている、というのが大方の下馬評である。
魔王が異世界に飛ばされ求心力を失った魔国は、軍を指揮する者もおらず、ただ身を震わせているのだろう。と、安直に考えてしまいがちになる。
しかし誘導されていると思うのも仕方がない。
本来ならこのルートを選択する予定ではなかったのだが、他の道が全て通行が困難な状況だったのだ。大規模な土砂崩れで道が寸断されていたり、橋が崩落していたりなど、進軍には困難を極めそうな状況だった。
それらの道を迂回して進んでもいいのだが、極端に遠回りになるとともに鬱蒼とした森林をこの大軍で進軍するには、些か適さないと判断し、やむなくこのルートを選択したのだ。
進軍に時間をかければかけるほど、自軍の士気も下がってゆく。この戦争を勝ちで終わらせようと思うのなら、早期決戦にて中央を押さえることだ。
将軍はそう判断してのルート選択になったのである。
「敵の姿は無しか……」
どちらにしてもこの場所で野営をするのは得策ではない。
夜中に奇襲でもかけられたら苦戦を強いられる。明るいうちにこの渓谷を抜け、そこで野営をすることを決断せざるを得ない。
「早急にこの場所を抜け安全な場所でキャンプを張ろう。全軍キビキビと行軍せよ!」
将軍の指示で兵士たちは黙々と行軍を進めた。
野営を張らなければ追って後から合流する兵站部隊も難儀するので、場所だけは決めておきたいところだ。
こうして将軍は嫌な予感を胸に隊を進めることになった。
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