第104話 暗殺者動く

 日もとっぷりと暮れた異世界。

 警備する兵士以外は、眠りに就くような時間帯である。

 部屋からこぼれ出す灯りも、一つ、また一つと消えてゆく。当然プノの部屋の灯りも少し前に消えている。明日への英気を養うため人は睡眠をとるのだ。


「す、すうぅ、z……」


 そしてここにも一人、メガネをずらしながら眠そうにしている奴がいる。

 ぺシッ、と脳天にチョップを見舞って置く。


「──あ、痛い! 痛いのですアキオさん~!」

「寝るな、食い過ぎるから眠くなるんだ、少しは自重しなさい」

「うう~っ、英気を養うには、たっぷりな食事と睡眠が欠かせないのです~」


 唇を尖らせながら、ぶぅ~とふくれるエンデル。

 まあ可愛いから許す。


 とそんなことをしていると異世界側に動きがあった。


「動いた!」


 俺がそう言うと、全員がモニターに集中する。

 こちらの世界も夜中だが、今は全員が指令室に集まっている。まだ開戦前ではあるが、暗殺者らしき人物が城の敷地内にいるのだ。寝てなどいられない。

 その影がようやく動きを見せたのだ。


「プノ! 準備は良いな?」

『はいなの!』


 俺の確認にプノも応じる。

 異世界にいるプノとも常時通話を繋げている。こちらからの情報も逐一端末に送っているのでその確認も出来ているはずだ。


「プノーザ、しっかりするのですよ?」

「プノ、死ぬなよ……骨を拾ってやれないんだから……」

「ピノ君、不吉な事を言うな。プノ君なら問題ない。こんな暗殺者など一捻りだ」

「プノーザ様、くれぐれも無理はなさらないでくださいまし」

『大丈夫なの、アキオ様とヒナたん様の作戦だから、きっとうまくいくなの』


 みんなの心配をよそに、プノは確信をもってそういった。

 しかし作戦通りに行くとは限らない。わずかなミスでプノが命を落とす危険性もある。戦争とはそういうものだ。


 ともあれ暗殺者が動き出した。


 夕方前に城内に帝国からの暗殺者らしき人物が侵入した。相手は認証カードを持っていないので、すぐに検知でき即座にアラームが発報したので何の問題もなく発見できた。


 賊は数々のセキュリティを通過しているが、兵士達で確保することはしないようにした。

 なぜならばこの不審者、かなりの手練れである。

 人の気配に敏感、まず人前にはほとんど姿を見せないし、身のこなしも尋常ではない。人間があんなにも素早く動けるものかと驚くほどだ。まるで猫のように素早い動きで姿を眩ますのだ。まあ猫の獣人だからそのくらいはできるのだろうか。


 しかし監視カメラからは逃れられない。

 その一部始終を追うことができる。

 だがここでも気付いたことがある。この暗殺者らしき女性は、カメラの位置を気にするのだ。向こうにはカメラという技術はない。それが映像を撮るものとは知らないはずなのに、カメラの位置を特定する素振りを見せたのだ。

 これにはみんな驚いた。

 エンデル達が言うには、何らかの勘らしきものが働いているのだろうということだ。とんでもない能力の持ち主のようだ。

 それがあるために兵士での確保は難しいと判断したのも事実である。実際カメラには映ってはいるが、兵士たちがその女性を見つけだすことは出来なかったのだ。


 城内部にいる者全員には、現状を逐一報告している。

 なるべく侵入者には近づかず、姿を見ても無視するように、普通に過ごすことを命令している。

 そして、プノを餌に誘き出すことにしたのだ。


 侵入者の位置情報は常に補足している。

 そこでプノにひと芝居打ってもらい、自分が大賢者の弟子であることを侵入者に認知してもらうことにしたのだ。

 プノとプノ付きの侍女の芝居は、笑えるほどに拙かったが、侵入者はあれでプノがエンデルの弟子と認識したはずだ。

 おまけにプノの部屋の場所までちゃんと教えてある。間違いなく教皇さんよりも先にプノを狙うだろう。


 どちらにしても教皇さんが最初に狙われるかもしれないので、その準備にも抜かりはない。教皇さんにもこの状況を端末で見ているだろうから、いつでも対応できるようにしている。


「賊が城に侵入したぞ」

「顔認証で、あの猫族で間違いないのです」

「やはりそうか」


 城内のカメラが捉えた映像で、国境から侵入した女生と断定できた。

 4度もその存在を確認しているのに、その都度逃げられている。これは心してかからなければいけない。


「3階に到達。プノの部屋に真っ直ぐに向かってるよ」

『はいなの』


 ピノが逐一報告すると、プノも真剣な返事を返していた。

 やはり優秀な暗殺者なのだろう。まるで迷う気配も無い。

 いちおう警備もいつもより手薄にしている。余計な死傷者は出したくない。なるべくプノだけを標的に誘き出す作戦だ。


 数人の警備兵をやり過ごす暗殺者。洗練された動きに見惚れてしまう。ホント忍者みたいな動きだよ。

 ちなみにカメラは暗い所でもくっきりと撮影できるものである。切り替えると赤外線カメラや、暗視カメラにもなるので、どこに隠れようがその所在は明確だ。

 どうやら賊はもうカメラの事はあまり気にしていないようだ。一応カメラを確認する素振りを見せるが、そこに誰もいないと判断すると即座に移動を続ける。

 それでも的確にカメラを見据える光った瞳には感服さえする。マジで動物的勘みたいなものが働いているのだろうね。


「着いたよ!」

「よし、プノ! いよいよだ!」

『了解なの‼』


 賊がプノの部屋の扉に手を掛ける。

 普段は衛兵を一人立たせているのだが、今は誰も立たせていない。まかり間違って殺されてしまえば困るからね。

 いちおう扉からの侵入と、窓からの侵入を考えて作戦は練られている。賊は内側からの侵入を敢行した。かなり隠密行動に自信があるようだ。



 斯くして暗殺者はプノの部屋へと音もなく侵入するのだった。



  ◇



 【暗殺者アサシン仕事に取り掛かる】



 深夜に城の中に忍び込んだシュリは、何の迷いもなく目的の場所へと到達した。

 扉には【大賢者様の弟子、英雄プノーザ様の部屋】、と大きく書かれている。貴賓扱いなのだろうか、それにしては大袈裟な感じもする。

 ドアノブに手を掛けたところでシュリは瞬間戸惑う。


(ニャ……なにか嫌な予感がしてならニャいニャ……)


 またしても【野生の勘シックスセンス】が警笛を鳴らしている。

 依然として誰かに見られている感覚が、至る所から感じられている。しかしその方向を確認するも、そこに誰もいない以上問題ないと思いたいが、この部屋に侵入するのを躊躇する心が働くのも事実だった。


(なぜ警備兵がこの部屋を守っていないニャ? それだけ重要な魔導師じゃなかったのかニャ? それにこんな見ただけで大賢者の弟子の部屋と分かる細工……罠ニャ?)


 警備の手薄さ、こうも簡単に城の中を移動できたことも、今考えればどこかおかしいと思い始める。

 確かに元々警備も薄く、城の敷地に侵入するのも容易かった。だからどうとは思わなかったが、今【野生の勘】がビリビリと警戒を促しているのは看過できない。中止すべきか敢行すべきか。

 ドアノブを握りながら逡巡する。


(行くしかないニャ!)


 だがここで迷っている暇はない。シュリは暗殺の敢行を決意した。

 戦争に突入する前に大賢者の弟子を葬り、この訳の分からない聖教国の状況を皇帝に報告しなければならない使命を背負っているのだ。ここで足踏みしているわけにはいかない。ターゲットはこの扉の先にいるのだから。


(仕事を終え早く戻るのニャ……)


 カチャリとドアノブを捻り、静かに扉を開く。部屋の内部は明かりが灯っておらず真っ暗だが、猫族のシュリにとっては問題ない。僅かな光源が窓から差し込んでいれば、ある程度視認できる夜目は持っているのだ。


 ひと一人通れる分だけ扉を開き、するりと室内へ侵入する。足音一つ立てることなく、まるで影のように。

 心なし部屋の中は良い香りが漂っている。ほんわかと香るその匂いは、決して嫌なものではない。むしろ好物である。


(ニャっ……)


 そこでまた様々な方向から誰かに見られているような感覚に襲われる。

 その気配に尻尾の付け根が、ざわざわとむず痒くなった。視線が感じられる方向を確認するが、そこには誰もいない。あるのは丸い飾りのような何かが壁や天井にあるだけだ。しかし何らかの視線のようなものをそれから感じるのは確かなのだ。


(お。おかしいニャ……この予感はヤバいニャ……でも、やるしかニャいニャ……)


 そう思うがここまで来て止めるわけにもいかない。というよりもこの香りで少し思考が鈍っているのかもしれないが、シュリはそのことに気付いてはいない。


 部屋を見渡すと、天蓋付きのベッドに誰かが寝ているだけ。


(──こいつを殺せば終わりニャ‼)


 そう決めたシュリは、抜き足差し足忍び足の要領でベッドに向かう。飛び道具では確実に仕留められずに騒がれる可能性がある。殺すのなら一撃で確実に仕留めなければならないのだ。ゆえに短刀を使いその手で仕留めることにする。


 ベッドの脇に立ち、腰から短刀を抜く。

 レースのカーテンがかかった向こうには、膨らんだ布団が薄っすらと見えている。

 口を抑え、心臓にぶすりと短刀を突き刺せばそれで終わり。

 寝ている者を殺す簡単な仕事だが、しかし今回はそう簡単とは思えない。頬を嫌な汗が伝い、短刀を握る手が微妙に強張る。嫌な予感が一層強くなってくる。


 ふ~ぅ、と静かに息を整え、迷いを断ち切る。暗殺者にとって迷いこそ最大の敵、己の心を殺し相手を屠る。


(簡単なことニャ……そう、簡単なこ……ニャっ!)


 息を整え、心を落ち着かせ、迷いを断ち切るために首を振った瞬間、それは目に入った。

 視界の隅に何かを捕らえたシュリ。


(ニャんかあるニャ‼)


 足元から後方へ移動する何かは、チラチラ、プルプルと震え、一瞬でシュリの心を鷲掴みにする。

 シュリはその何かに咄嗟に飛び掛かる。

 条件反射ともいうべき身のこなし。


(はニャっ‼)


 なぜか無性にじゃれつきたくなるその形状と、微妙に挑発してくるような動きに、シュリは野生に戻る。


(うニャっ!)


 飛びつくと、サッ、とその手を逃れるようにその物は素早く移動する。


(ニャろっ!)


 左右に振られるその物を、シュリも左右の手を素早く動かしながら捕獲しようと必死だ。


 目の前にチラつかされるモノに心奪われたシュリは、既に暗殺の事まで忘却してしまうほどのはしゃぎっぷりである。そうシュリ夢中、シュリまっしぐら、だ。

 ここでシュリは気付くべきだった。これが罠である、と。

 しかし今のシュリにとっては、そこまで思考は追い付かない。野生の闘争心がそのモノを捕獲しなければならないと囁きかけるのだ。


 目の前にちらつくモノを追い格闘はしばし続く。

 そしてついにそのモノの動きが緩慢になる。


「ふニャ────────っ‼」


 シュリはここぞチャンスとばかりに飛び掛かった。暗殺者であるにも拘らず、声まで張り上げて……。


 ──ガシャン。


 そのモノを捕獲した瞬間、背後でそんな音がした。


「ニャ……?」


 獲物猫じゃらしを咥えて満面の笑顔で振り向くと、そこには鉄格子があった。



 獲物を捕獲したと思いきや、シュリが獲物として捕らえられた瞬間だった。

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