第105話 暗殺者確保!

「マジかよ……」


 まさかの出来事に、俺は呆然とモニターを見詰めることしかできなかった。

 暗殺者がプノの部屋に侵入し、確保する方法を色々と準備していたのにもかかわらず、まさかの初手の猫じゃらし作戦。そんなもので簡単に賊を捕獲出来てしまったことに、呆気なさというよりも、どこかガッカリさえしてしまう。


 だってそうだろ?

 暗殺者だよね? そんなものに引っかかるなよ! と、声を大にして言ってあげたい。


 いちおうベッドに寝ていたのは、人形の囮デコイで、刃物か何かで刺されようものなら、大電圧(およそ10万ボルト)が対象者に流れる仕組みになっていた。

 それでも確保できないようなら、数か所に設置している麻酔銃で狙撃する。

 なおかつそれでも失敗した場合は、部屋に隠れていたプノに、警棒タイプのスタンガンかテザーガン(銃型のスタンガン)で追撃するように指示していた。

 ちなみにテザーガンは海外で仕入れてきました。日本では入手できません。所持しているだけで違法ですので異世界で使います。異世界には銃刀法はありませんので。

 それでもだめだった場合は、兵士を突入させ(賊がプノの部屋に入った時点で廊下に集合させていた)確保する予定でいたのだ。

 ちなみに窓から侵入した場合は、投網みたいなものが天井から降って来る準備をしていたが、ドアから侵入してきたので使い物にならなかった。


 そんな5段構えの作戦を考えていたのだが、何とも初手のしょぼい【猫じゃらしde檻へ誘導捕獲作戦】であっけなく捕まえてしまった。

 なんとも拍子抜けな捕り物だったね。


「だから言っただろ? 猫はあの誘惑には勝てないのだよ。マタタビの香りで少し酔わせておいて、猫じゃらしが目の前でくねくね動けば、どんな猫でもそれにしか興味を示さなくなるというものだ」

「いや、それ動物の猫にでしょ? 相手は獣人だから……」

「ふん、だが現実に上手くいったではないか。獣人であろうが本能には逆らえないのだよ」

「ま、まあ確かにね……」


 理屈よりも、現実に確保できてしまったのだから、論より証拠だ。

 でも、暗殺者の癖におバカすぎるだろ!

 目の前の標的がプノから猫じゃらしにすげ替わるとは、プロにあるまじき残念さだ。本当に動物の本能には勝てなかったのだろうかね?


「よし、とりあえず危機は脱した」


 大家さんは作戦が成功したことに満足げだ。


「なんとも恐ろしい作戦でしたね。獣人の本能を逆手に取るなど、わたくし達では考えもしない作戦です……」

「まったくだよ、こっちの世界の遊具は獣人をも屈服させてしまうとは、ヒナたん師匠もえげつない作戦を考えたもんだ……」


 エル姫さんとピノが感嘆の声を上げる。

 恐ろしい作戦か? えげつない作戦か? 引っかかる方がどうかと思うんだが……。


「あんな稚拙な手に引っかかるなんて、獣人もたいしたことがないのです」

「おお、よく言うなエンデル」

「私ならあんな手には引っかからないのです」


 ふんす、と鼻息を荒くし、なぜか威張るエンデル。


「いや、それは当たり前だろう。お前は獣人じゃないんだから……てより、お前の場合は食べ物を置いておくだけで、すぐに捕獲されそうだけどな」

「何を言うのですかアキオさん。よっぽどお腹が空いていなければそんな手には引っかからないのです!」

「腹減ってれば引っかかるんだね?」

「間違いなく食べちゃうのです!」

「……」


 威張るなよ……。

 エンデルの場合すぐにでも暗殺されそうだ。食べ物に毒でも混入されたらいちころだろうね……。


 ともあれおバカな暗殺者を確保したはいいが、まだ気は抜けない。

 色々と武器を持っているようだったし、早めに武装解除することにしよう。



 ということで、慎重にプノに行動して貰うことにした。



 ◇



暗殺者アサシン捕まる】


 ガシャン、と何か重たいものが落ちたような音がし、猫じゃらしを咥えたシュリは、ハッとして振り返った。


「──ニャ?」


 猫じゃらしを捕獲することに夢中だったシュリは、いったい何が起こったのか判然としていない。

 しかし次の瞬間悟ることになる。


「帝国の殺し屋さん、こんばんはなの」


 暗がりの一角から、そんな挨拶をしながら一人の少女が現れたかと思うと、部屋の灯りが眩しいぐらいにシュリの目を虐めた。

 ようよう目が慣れ、目の前の少女を確認する。


「──ニャ! 大賢者の弟子‼ ニャニャっ! なんで檻の中ニャ‼」


 標的であった大賢者の弟子が、鉄格子の向こう側に立っている。

 そして既に自分が檻の中に捕らえられていることに、やっと気付くシュリだった。

 それと同時に部屋の中に兵士も数名駆け込んで来た。


「武装を解除して、抵抗せずに投降して下さいなの」

「う、うるさいニャ!」


 檻の中だが威勢だけは良いシュリ。

 罠に嵌められ捕まってしまってはいるが、目的は遂行しなければならないと、いまだ戦意は喪失していない。


「あんな卑劣な手を用意するなんて、汚いニャ! 猫じゃらしは、猫族では崇高な遊具ニャ、こんな罠に使うなんて卑怯千万だニャっ‼」


 猫じゃらしは猫族にとっては崇高な遊具らしい。各家庭には必ず神棚に奉るということだ。


「あのぅ、卑怯なのはそちらなの。開戦前に暗殺しに来るなんて、帝国の皇帝さんは正々堂々という言葉を知らないのなの?」

「う、うるさいニャ! 皇帝陛下を愚弄するニャ!」


 フーッ! と鼻に皺を寄せながらいきり立つシュリ。

 皇帝をバカにされたことが殊更気に障ったのかもしれない。猫じゃらしを捨て、太腿からナイフを取り出し、隙あらばナイフを投擲し大賢者の弟子を殺そうと目論む。しかし兵士が盾になりナイフを投擲できない。

 狭い檻の中でその機を窺いながら、距離を詰める。そして鉄格子に触れる位置まで来て、


「あ、檻に触れない方がいいの!」

「うニャァァァァァァ────────っ‼」


 大賢者の弟子が忠告する間もなくシュリは檻に触れてしまい、その瞬間全身の毛を逆立てながら絶叫を上げた。

 そして、こてん、と身体を痙攣させながら床に倒れ伏す。


「あーぁ、だから言ったなの……」


 檻には人間が昏倒するぐらいの高電圧が流れており、触れたらしばらくは体の自由は奪われてしまうのだ。

 シュリは身体をヒクヒクさせ、白眼を剥いている。


「どちらにしろ、武装解除しちゃうなの……兵隊さんお願いするなの」


 大賢者の弟子の命令で、近場の兵士が即座に動き、檻の中で昏倒しているシュリから武器を取り上げた。


「そしてこれを付ければ完璧なの」


 大賢者の弟子は、未だピクピクしているシュリの首に何かを取り付けた。



 こうしてシュリは檻の中に放置されるのだった。




 ちゅんちゅん、と小鳥の囀りと窓から差し込む朝日がシュリを覚醒させる。


「うぅぅ……むニャニャ……はニャっ‼」


 硬い床から飛び起き、きょろきょろと辺りを確認する。


「はニャぁ~……夢じゃなかったニャ……」


 昨晩の出来事が夢かもしれないと思ったが、檻の中に閉じ込められている現実に、自分が置かれている状況を再確認するシュリだった。

 暗殺計画が失敗に終わり、捕らわれの身になったことに、がっくりと肩を落とす。

 すると檻の前に誰かが近付いてきた。


「殺し屋さん、おはようなの」

「ニャ! 大賢者の弟子……」


 それは数人の兵を引き連れてきた大賢者の弟子だった。

 大賢者の弟子は、ニコニコと清々しい笑顔で朝の挨拶をしてくる。

 はたと臨戦態勢を取り、腰の剣を抜こうとしたがそこに短剣はなく、太腿のナイフも全てなかった。胸の合間に隠しておいた暗器もない。武器を全て奪われていることにようやく気づいた。

 シュリは、フーッ、と威勢だけは崩さぬように威嚇した。


「そう警戒しないでなの。プノはプノーザというの。あなたは?」


 警戒するなというが、敵の真っ只中で警戒しない方がおかしい。しかし既に檻の中に捕らわれ武器も取り上げられた状況では、シュリに抵抗する余地など無い。


「……しゅ、シュリ、ニャ……」

「そう、シュリさんなの」

「あたしをどうする積りニャ……言っておくがあたしは何も知らニャいし、話すことはなにもないニャ。殺すなら殺すがいいニャ……」


 これでも密偵の端くれ、帝国の情報を漏らすわけもない。

 いくら拷問を受けようが口を割る気もないし、捕まった以上命など捨てる覚悟は出来ている。


「殺さないの。シュリさんさえよければ、そのまま帝国に帰してあげようと思っているの」

「ニャにっ! ──ハッ!」


 帝国に帰すという件で、何気に反応してしまった。

 これでシュリが帝国からの刺客だということを暴露してしまったようなものだ。甘言に釣られてしまったことを悔やむ。


「帝国からの刺客なのは最初から分かってるの。国境から監視はしていたなの」

「ニャ、ニャにぃ~っ……」


 時々感じていた視線がそうなのだろうか。

 だが国境からシュリの行動が露見していたことに驚きを隠せない。


「き、貴様等は邪神とでも手を組んだのかニャ!」


 数々の不思議な光景も見てきているので、聖教国が何者かと手を組んだと思うしかない。


「うーん、邪神ではないの。たぶんもっと凄い人達と手を組んでいるなの」

「だ、誰だニャ⁉」


 そんなことを訊いても話してもらえるわけがないとは思っているが、興味を魅かれる。


「それは内緒なの。でもシュリさんはもう私達には逆らえないの。──アキオ様お願いするなの」

「??」


 大賢者の弟子であるプノーザが、何か大きな板状のものを目の前に持ってきて、アキオという人物を呼び出した。

 するとその板状のものに、突然何者かが映し出された。


「──ニャ! ま、魔導鏡……」


 しばらくその魔導鏡に映るアキオという人物と話したシュリは、全面降伏し解放されることとなった。そして翌日、帝国へと戻ることになったのだ。




【余談】


 シュリが投降し、食事をしていた時の会話。


「プノーザさん。デザートの『さぁてぃわんあいす』とはなんなのニャ?」

「あ、アイスという食べ物なの。興味あるなの?」

「う、な、無いニャ……」

「あー嘘なの、食べたそうにしているなの。食べたい?」

「た、食べたいニャ!」

「仕方がないなの」


「ニャ‼ なんニャこれ! こんなの食べたことないニャ! 美味いニャー!」

「でしょ? まだほかにもたくさん美味しものがあるの。アキオ様に頼めばいくらでも食べれるなの~」

「ま、マジかニャ!」

「平和になったらいくらでもご馳走するするなの」

「わかりましたニャ、プノーザさん! あたしは聖教国の味方ニャ! しっかり仕事してくるから約束忘れニャいでニャ!」

「分かったなの。よろしくお願いするのシュリさん」


 拷問でも愛国心を捨てないと自負していたシュリだったが、食べ物で簡単に篭絡されてしまう。



 こうしてアイスで帝国を裏切るシュリだった。

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