第103話 標的見つかる
開戦まで残り15日。
戦争の準備も佳境を迎え、全員が夜も徹して作業に当たっている。
帝国の進軍も、聖教国の国境までおおよそ半分の所まで来ている。
魔大陸もほぼ同じくらいだ。後5日ほどすれば、国境まで到達できるはずである。
異世界は日増しに緊迫してきていた。
「そういえばピノ、不審人物の情報はどうなってる?」
「首都に一番近い街で最後に目撃された後は、どの監視網にも引っかからないよ」
「まじか……相当な手練れなんだな」
城に近くなればなるほど警備も監視も厳重になって来る。その監視網をかいくぐるように移動する不審人物は、相当な訓練を積んでいるのだろう。忍者かよ……。
最初に国境で不審人物を見つけてから、今日まで4度目撃情報が上がってきている。
一度は監視カメラで捉えられているものの、フードを目深に被っていたので、それ以降は監視カメラに捉えることは出来なかった。顔がハッキリと捉えられない以上顔認証は難しい。
残り3件は、町で食糧の買い物をしていた時にそれらしき人物を発見したという情報だ。
報告を受けた兵士が後をつけたらしいが、町を出る前に姿を見失ったそうだ。その後はカメラにも捉えられていない。
向こうも相当警戒しているようだ。
それにしてもカメラと目撃情報から照らし合わせ、地図上にマークしてみると間違いなく城へと向かっているのが良く分かる。
「うん、相当隠密行動を訓練された密偵みたいな奴なんだろうね」
「移動距離が馬並みなのです」
「だよな、早すぎるよな……」
驚くべきは、国境を通過してから3日で首都近郊の町まで来ていた事実だ。
それ以降は目撃情報もないので、何とも言えないが、これまで目撃された位置情報を照らし合わせて見ても、その移動速度はかなり早い。エンデルが言う通り馬並みの速さで城に近付いているのだ。
「この分だと、もう首都に入り込んでいる可能性があるな……」
「たぶんね。そいつかどうかは分からないけど、ほら、似たような格好の奴が首都でカメラに数度捉えられてるよ」
「マジか!」
師匠、とピノが言うと、エンデルがその映像を大型モニターに映し出す。
エンデルもこの指令室の機器操作に結構慣れてきたようだ。
「うーん、少し小さいから分かりづらいけど、たぶん間違いないだろう……」
映像に映る人物は非常に小さいが、不審人物の容姿に酷似している。似たような格好の一般人がいないわけじゃないが、怪し気な行動は隠せない。同一人物で間違いないだろう。
「うん、あたしもそう思うよ」
「フードを被っている時点で怪しいのです。耳の形が少しわかりますよ」
「あ、そう言われればそうだな」
エンデルの指摘は的を射ている。
頭の部分に何かあるように少し盛り上がりがっている。髪型でそうなのかもしれないが、フードを目深に被っている時点で猫耳、それを隠したいのだろうと判断できる。
「そうか、それじゃあどこかで捕まえないと駄目だな……ピノ、追跡できないか?」
「うーん、無理だね……カメラの位置もあるけど、こいつ相当警戒しているよ。すぐに見失ってしまう」
「なんだよ、こっちの監視に気付いてるってことか?」
「いや、そうじゃないと思うけど……」
「おそらく獣人の勘、みたいなものなのでしょう。獣人は人族よりも勘が鋭いのです。それが訓練を受けているのであれば、余計かもしれないのです」
「マジかよ……動物的勘か? まるで野生の王国だな、帝国って……」
まあ、ガッチームというふざけた国だ。人族よりも力も強いという事らしいし、動物から進化したのだろうから、野生の勘みたいなものも備わっているのだろうか?
まったく恐ろしいものだ。
「これは少し甘く見ていたな……最悪を考えて行動しないといけないな……」
これだけ隠密行動に長けた奴を、捕らえるのは至難の業だろう。
一人や二人、いや、大勢で囲っても逃げられる、若しくは皆殺しにされる可能性もある。どうにかして犠牲を出さずに捕縛したいものだ。
「最悪はプノに囮になって貰うか……」
「プノーザに囮をやらせるのですか?」
「殺されるんじゃないのか?」
エンデルとピノが心配そうに訊いてくる。
「ああ、恐らくこいつの目的は教皇さんかプノの暗殺だろう。ならば、こちらから誘い出せばいい」
「う、上手く行くのでしょうか……」
「……」
エンデルとピノは暗い表情で俺を見る。
「大丈夫だ。とは言えないが、確実に捕らえるには、それが一番だと俺は考える」
いたずらに自由に行動させ、教皇の首を取られてしまえばそこでこの戦争は終わってしまう。国のトップが殺されてしまえば、配下は勿論、国中が対抗する意思を失い、降伏を余儀なくされてしまうだろう。
次に帝国に脅威であるプノが暗殺されようものなら、これで聖教国は大打撃だ。
俺達にとっても、プノは重要な位置にいる。そのプノが暗殺されようものなら、作戦自体が瓦解する可能性がある。
というよりも殺されるわけにはいかないのだ。ピノの妹、エンデルの弟子、そんな身内も同然なプノを殺されてたまるものか。
「こいつを野放しにはできない。目的を果たすまでは諦めないはずだ。なら多少の危険はあるが、プノを囮にして捕らえるのが一番早くて安全かもしれない」
暗殺者の陰に怯えているよりかは、こちらからそう仕向けてしまった方がいい。相手を誘導し、行動を無効化できるだけのものは持っている。これに賭けるしかないだろう。
「分かったのです。プノーザにそう動いてもらいましょう」
「だな、戦争だ、多少の危険はプノだって承知しているはずだ。でも殺されないように手はちゃんと打ってくれよ?」
「勿論だ! 俺に任せておけ!」
100%の自信はないが、ここは自信満々で言っておかねばなるまい。
俺が気弱になってしまったら全員に伝播してしまう。大家さんもそれを承知しているので、日本刀まで用意して覚悟を決めている。
戦争なのだ。実際どうなるかは分からない。けれども最善は尽くさなければならないのだ。
大家さんとも相談して、早急に作戦に移さなければならない。
俺は即座に行動に移すのだった。
◇
【
聖教国に侵入してから4日で首都へ到着したシュリは、聖教国の不穏な空気をその肌に感じ取っていた。
「なんなのニャ……バレてるニャ?」
聖教国の首都に潜り込み、建物の物陰にひっそりと身を隠し、ふるふると震えながら周囲を細かに気にしている。
「誰かに逐一監視されているニャ……? そんな感じが伝わってくるニャ……」
首都に入ってからはそれは顕著だった。
大きな通りを歩いているだけで、至る方向から誰かに見られている感じがひしひしと感じられるのだ。そしてその視線から逃げるようにして行動するしかない。
獣人の勘といってしまえば簡単なのだが、シュリはその勘がとても鋭い。帝国では、これを【
シュリはこのセンスを買われ、軍の隠密部隊に入隊したのだった。
それ以外に隠密行動も優秀で、素早さは勿論、気配を悟られにくくするような技術も身に付けている。帝国でもトップクラスの隠密行動に特化した人物なのだ。
そんなシュリが聖教国に入って以来感じている不穏な空気。
それは聖教国が特段戦争に向けての作業も関係しているが、それ以前にどうも自分の存在が聖教国側に露見しているのではないかということだ。
「これまで4度ほど兵士に尾行されてるニャ……なんでかはよく分からニャいけど、間違いなくバレてる可能性があるニャ……」
最初に視線を感じたのは、とある町に入って食糧を調達した時のことだった。
店で買い物を終えた後、町をぶらついている時に、兵士が数名シュリの後を追ってきたのだ。街の警邏でもしているのだろうと最初は考え、そこまで警戒をしていなかったシュリだったが、その兵士たちはシュリの後を正確に付いてきた。そして確信を持ったのは、それ以外の兵士もシュリを監視し始めたのだ。
どういう連絡手段があるか分からないが、的確にシュリの行く手に兵士が現れる。
ヤバい、と思った時には、数十人の兵士に周りを囲まれていた。
しかしシュリは隠密行動のエキスパート。そんな雑多な兵士を撒くのはお手の物、路地を数回曲がっただけで、兵士を撒くことに成功したのだった。
「最初は誰かと間違っていると思ったけど、あんなことが4度もある訳ニャいニャ……」
確実にシュリの身元は露見していると判断すべきだろう。
「これはそう悠長にしている場合じゃニャいニャ。今夜決行するニャ!」
そう決意するシュリ。
長居すればするだけ身が危険に曝される。特にこの不可解な視線は、いずれシュリを追い詰めるものになるかもしれないと、ザワリと背筋が寒くなった。
【野生の勘】を蔑ろにしてはいけない。
不可解な視線を躱しながら城の近くまで接近した。
城の警備はそうたいしたことはない。戦争の準備をしているので国境付近に多くの兵士が出払っているせいか、城の警備は穴だらけだ。
しかし、あの不可解な視線は城に近付くほどその数を増して来た。
物陰に潜みながら視線のありかを探すが、そこには誰もいない。自分の【野生の勘】が過剰に反応しているのだろうか、と首を捻るシュリ。
ともあれそれを気にしていては動くこともままならない。警備が手薄な今、城へと侵入するしかないので実行に移すことにした。
その不可解な視線は依然として無くならないが、誰もいない以上勘違いとするしかない。
そして難なく城の敷地に侵入を果たすシュリ。
現在はまだ日も高く、多くの兵士や城の関係者が忙しなく動いている。
「決行は夜だニャ……」
人々が寝静まった夜。たいした兵士もいないようなので、簡単に城内へと侵入出来るはずだと、シュリは算段した。
後は昼間の内にターゲットの居場所を特定するだけだ。
すると幸運なことにその機はすぐに訪れた。
『英雄プノーザ様、どちらに行かれるのですか?』
中庭のような場所で情報を集めようとしていた時、メイドの恰好をした女性が大きな声で、小さな魔導師のような少女にそう話し掛けた。
──ニャっ! こいつが大賢者の弟子?
シュリはひっそりと物陰に隠れながらそれを見る。
『はいなの、大賢者エンデル師匠の魔法を研究するなの!』
英雄プノーザと呼ばれた少女は、これまた大きな声で大賢者エンデルが自分の師匠だとだ言った。
若干わざとらしいほど演技じみた会話内容だが、それよりも重要なワードが飛び交ったのでシュリはニヤリと口角を上げ、小さくて可愛らしい牙を剥きだす。
──間違いニャいニャ! あれが大賢者の弟子ニャ!
『お部屋にデザートを用意しております。先にお部屋の方でご休憩なされてはいかがでしょうか?』
『あ、そうなの? それじゃあ先にデザートを頂くことにするの!』
二人はそう話しながら城の中へと入ってゆく。
今日のデザートは何なのなの? はい、サーティ〇ンアイスです! やったの~! と楽しそうに話す二人の背中を見詰めるシュリ。
──さぁてぇぃわんあいす? それはなんニャ?
聞いたこともないデザート名に、シュリは首を傾げる。
しかし大賢者の弟子の笑顔がとても気になる。そこまで嬉しそうに頂くさぁてぃわんあいすとは、それはそれは美味しいものなのだろうと思考する。
一口でいいから食べてみたい。じゅるっ、と涎が垂れる。
──いやいやそこじゃニャいニャ! 今はそれじゃニャいのニャ!
ターゲットを発見した。
先ずはターゲットの居場所を特定することが先だ。部屋にデザートを用意しているというのだから、そこが大賢者の弟子の寝室でもあるはずだ。そう考えるシュリ。
こっそり後をつけようと思ったが、城の中は意外と人の出入りがあるのでそれは出来なかった。隠密行動をしようにも分が悪い。シュリはどうしようかと思考を巡らせていると、ほどなくして幸運にも大賢者の弟子の部屋が特定できた。
何故なら、『美味し~の~‼』という大きな声を出しながら、とある窓から身を乗り出す大賢者の弟子の姿を確認できたのだから。
──えーっ! そこまで美味しいものなのニャ⁉ なにそれ、食べたいニャ‼
そこじゃないだろ、と突っ込みたくなるが、シュリは大賢者の弟子の幸せそうな笑顔に釘付けだった。
しかし自分は暗殺者。そのデザートを食べることができない。そう思うと余計に腹立たしくなり闘志を燃やすシュリだった。
──今にみているニャ、その幸せそうな顔を血で染めてあげるニャ!
逆恨みである。
そしてシュリは夜になるまで身を隠し、闇夜に紛れて行動に移すのだった。
大賢者の弟子の暗殺決行である。
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