第95話 魔族もですか?
開戦まで五十日を切り、異世界もこちらも慌ただしい状況が続いている。
というわけで毎日恒例となった作戦会議が、プレハブの一室で行われている。
「プノ君、とりあえず、先程送ったアンテナを、城の突端と裏山の頂上に設置を至急頼む。それと帝国領方面の主要な高い山や町の高い建物に立てるんだ。方法はこの前送ったマニュアルと説明した通りだ。作業員の訓練は済んでいるな?」
『ハイなの。いつでも準備はいいのなの』
「うむ、順次送って行くので、迅速に対応して欲しい」
『はい、了解したなのヒナたん様』
アンテナが数基届いたので、先ずは城や首都近郊の高い山に設置し、そこから順次帝国領方面に向けて電波を拡張して行く計画だそうだ。
取り付けをする工具や資材は既に送っており、作業員を選出しその教育や訓練も済んでいるという。なんとも手回しの良いことだ。
とりあえず、早めに電波状態の把握と、その電波を使って機器を遠隔操作できる状態にまで持ってゆきたい。それが出来なければ、この計画自体が頓挫してしまうのだから。
「滑走路の造成は順調かね?」
『はい、そちらはようやく作業員も機械というものに慣れて来た所ですので、後7日ほどで完成する見込みです』
次の大家さんの質問に答えたのは、元聖教国の宰相だったハンプというお爺さん。
ハンプは本当は魔族出身らしいが、聖教国に拾われた経緯があり、長い間前教皇に仕えていたという。
そんなハンプは、当初聖教国と魔王を裏切り、異世界に飛ばされた全員を罠にかけた首謀者でもある。
だがその実、ハンプは平和を求めるが故の行動だったと自白した。
まあ、エンデル達を罠に嵌め、異世界に追放したことは許される行為ではないと思う。しかし姫さん姉妹も今は少しでも有能な人材が欲しいし、ハンプは反省していると考えられるので、牢から出したということらしい。
ともあれプノが多忙なので、少しでも労力を軽減してあげたいという面が大きかったのだ。あのままではプノは過労で倒れてしまったことだろう。
ハンプの働きようによっては、量刑の軽減もありえるかも知れない。頑張ってくれ給え。
というか、滑走路を作っているらしい。
この前魔法の鞄で送った重機を使い、小規模な滑走路を造成中だという。小型飛行機でも飛ばそうというのだろうか。なんとも大掛かりになってきたぞ……。
「うーん、できれば三日、遅くとも四日に短縮してくれ。早く完成すれば、作戦も早く立てられる」
『畏まりました。夜間も作業して、ご希望に添えるように致します』
「うむ、それならば夜間でも作業しやすいようにしなければならないな。その設備もすぐ送るので、活用してくれたまえ」
『はっ、助かります』
惜しみない設備投資で、着々と戦争の準備が進んでいる。
発電式投光器や諸々、夜間作業に必要な物をすぐに手配するようだ。
『ところで皆様に報告がございます』
するとハンプは憂いを含んだ表情で切り出す。
「どうしたのですかハンプ?」
それにエル姫さんが反応した。
『はい、この状況下、大変忙しいのは承知しております。ですが少し問題が発生しておるのです……」
「だからなんなのですか? ハッキリと話しなさい」
ゴモゴモと言いづらそうにしているハンプに、エル姫さんが姫の威厳で命令する。
「はい、この準備に向け魔族の優秀な者を手伝わせようと、魔大陸に赴いてみたのですが、そこで大変な事態が判明したのです」
ハンプはこの状況下で、魔大陸に行ってきたという。
魔大陸ってそんなに近くにあるものなのか? と疑問に思ったが、ここ数日毎日ハンプの顔を見ているのでそんな余裕もなかったように思う。
なんらかの移動方法があるのかも知れないね。
そしてハンプは続ける。
『どうやらガッチーム帝国は、魔大陸へも同時に攻め込むという事らしいのです……』
「なんじゃと! それは本当の話か!」
ハンプがそう言うと、傍で他人事のように聞いていた
『あ、魔王様……本当にございます……帝国の使者がそう告げていったようです」
「うぬぬぬぬぬ……」
その話を聞いたマオは、幼い顔を険悪に歪めた。
当初幼女になってしまったマオを見たハンプは、当然この幼女が魔王プルプルだと信用しなかった。
あのグラマラスボディーが、なぜこんな貧相な幼女姿になってしまったのか、俺たちでも信じられないぐらいだから仕方がない。
とはいえ一応本当のことなので、無理にでも信用してもらったまでだ。
ハンプの話だと、帝国は聖教国のみならず、魔大陸とやらも同時に攻める準備を整えているという話らしい。
「ど、どうするのだ! 魔族の対応はどうなっておる!」
いつもならみんなの輪の外で、ぽけーっとしている事が多かったけどね。
『そ、それが、主導者がいない今、魔族内でも意見が分かれているようなのです……魔王様がおらぬ今となっては、魔族の戦力は、帝国には到底及びません。ですから降伏を支持するものが多数派を占めている状況でした」
「うぬぬぬぬぬぅ〜腑抜けどもめ……帝国などに阿るなど許されぬぞ! それでお前は何もしてこなかったのか⁉︎」
『で、ですから、皆様に報告をと思いまして。わたくしが指揮をとっても良いなら、それでよいのでしょうが、そういうわけにもいきますまい……』
「うぬぬぬぬ〜この薄情者めが!」
ハンプの言い分にイライラを募らせる
しかしハンプは聖教国で悪事を働いたのだから、魔族の指揮など取れない。そう遠回しに言っているみたいだ。
律儀なものだ。魔大陸に戻れる方法があるのなら、普通はそのまま向こうで姿を隠しそうなものだけど、それをしないハンプ。
……ちょっと待てよ。いや、そうでもないか。マオが居なくなって帝国に勝てるだけのものを持ち合わせていない魔族の皆さん。そこにハンプ一人が加わったとしても、勝てる見込みはないと考えている、ということだろうか。そうか、ならば考えられることはただ一つ。
「なるほど、ハンプさんは魔族にも手を貸して欲しいと考えているのかな?」
『は、はい……このような壮大な作戦があるのでしたら、是非魔族の者達へも力を貸してやって欲しいと、そう思う所存です」
俺が先回りして聞いてみると、案の定ハンプは土下座をしながら頭を下げた。
「おい、要君。魔族まで助けるつもりなのか?」
すると大家さんは、何を言っているのだ? と言わんばかりに噛み付いてくる。
「いや、俺はどちらでもないですよ。ただ、今現在マオは大家さんの庇護下に入っている訳でしょ? ということは大家さんの家族も同然な訳だ。そのマオの故郷を助けないのかなーと思っただけですよ」
「う、た、確かにそうだな……」
「なに、助けてくれるのか? 我の故郷を救ってくれるのか? 頼むヒナたん、我ができることはなんでもする。だから奴等を助けてやってくれ!」
以前の大家さんの言葉をそっくりそのまま返してあげる。
マオはその言葉を聞いて大家さんに縋り付くように懇願した。
なにも考えていないと思っていたマオだが、どうも故郷愛はそれなりに持ち合わせてているようだ。
魔族が帝国に蹂躙されるのは、我慢ならないのだろう。
「仕方がないな! 予定が狂ってしまうではないか! こうなったら両方を手助けする作戦に切り替えだ。ガッチーム帝国などというふざけた名前の国に、どちらの国も渡すわけにはいかん!」
「いいのかヒナたん!」『ありがとうございますヒナタ様!』
マオは大家さんに抱きつき、ハンプは画面の中で、ははーっ、とひれ伏していた。
ということで、作戦の変更が急遽決まってしまった。
「エル君、帝国領との境界付近までどのくらいで行けるのだ?」
「はい、馬車で五日程でしょうか」
「早馬を使えば二日で行けるか?」
「はい、そのぐらいで着けると思います」
「そこから魔大陸とやらまでは、どのくらいの距離があるのだ?」
「ええと、帝国領を縦断しなければならないので、距離までは分かりません」
地図を開いているが、帝国はもとより、魔大陸とやらの位置まで不明瞭である。
もっと地図作りのエキスパートを輩出しなさいよ、と言いたい。異世界には伊能忠敬みたいな人いないのかね? ほんとにもう……。
「帝国領を挟んで反対側か……これは難しいな……」
「そうですね」
二人は真剣に悩んでいる。
しかし俺はどうも気になることがある。
「ハンプさん。あなたはどうやって魔大陸まで往き来したんですか? そんな時間的余裕もない中で。もしかして秘密の移動方法があるんじゃないですか?」
『は、はい……』
「城のとある場所に秘密の鏡があるのだ。それで往き来できる」
ハンプは口籠もったが、マオがすべてゲロした。
どうやら秘密の鏡とやらで、魔大陸にある魔王城へ瞬時に移動できるという事らしい。
そんな不思議アイテムがあるんだ。
「ということは、いつでも行き来できるわけですよね?」
『いえ、そう簡単ではありません。結構な魔力を消費いたしますので、3日に一回程度でしょうか……』
魔力の消費が激しいため、往復なら三日に一度、片道なら1.5日で行けるような感じなのだろうか。しかしそれはハンプの保有する魔力であって、人に依って違うのだろうが。
「我なら一日に数度は往復できるのだがな、今ではクソの役にも立たん……」
というよりも、こっちの世界にいるのだから何もできないけど。
「魔導転移鏡なのですか……それは物凄い魔導具なのです……」
エンデルは、それは凄い魔導具だとぼそりと呟いた。
「そうなのかエンデル?」
「はい、それは昔、創世の魔女のもっと昔の話です。そんな魔導具を作ったとされる大魔導師がいたという話があります。今は誰も知らない失われた魔法を駆使したものだと聞いているのです。まさか本当にそんなものがあったとは、信じられないのです……」
どうやら大賢者のエンデルでさえ知らない魔法陣を、その昔の大魔導師が構築した鏡だという。
それはあれか。ロストテクノロジー? いや、ロストマジックとでもいうべきものなのかもしれないな。
「うむ、我の先祖が作った鏡だと聞いている。我にもその作り方は分からん」
ふむ、そんな魔導具が聖教国と魔王城にあったとは、姫さん達も知らなかったようだ。
若しかしたらハンプが持ち込んだのかもしれないしね。
「うーん、とはいえ魔大陸への行き方は良いとしても、結局はハンプさんが行かなければ、魔族を纏められないんじゃないかな?」
「いいや、その役目は我がやろう。このようなもの(異世界との通話道具)があれば向こうにいる者と話ができるのであろう? それを使えば指示は出来る」
「いや、それはやめた方がいいかな。だいたいマオ、お前この作戦よく分かってないだろ? 指示できるのか?」
「うぎゅ……」
俺が指摘するとマオは、どこか分からないところから声を出した。図星を指され狼狽えたのだろう。
今まで他人事のようにしか関わっていなかったマオに、適切な指示ができるとは到底思えない。
そもそもこの世界の技術が良く分かってない以上、何も指示などできない。向こうの世界にプノがいるから、こうもスムーズに事を運べているだけなのだ。
何も知らないマオが、何かをできるようには思えない。ハンプだってプノの指示が無ければ、まだ一人で動けないのだから。
「そうか、ならばこうしよう」
その話を腕を組んで聞いていた大家さんが、思いついたように発言した。
「ここまでの経緯はだいたい全員が把握していると思う。フェル君。マオ君と一緒に魔族側の準備に当たってくれ。エル君は聖教国をメインに担当し、合間に魔族側の進捗のチェック。ハンプ殿は魔王城で指示を受けそれを配下に指示する、分らぬことはプノ君と連絡を取りながら、というのでどうかな?」
「うーん、それはプノの負担がまたかなり増えそうですけどね……」
せっかく忙しさも半減してきたプノが、また忙しくて倒れそうになるのは見ていられない。
『アキオ様、プノはやるの。こっちの研究員も少しは動けるようになってきたので、大丈夫なの』
『ぷ、プノーザ様……』
プノの言葉にハンプは涙ぐむ。
「そうか、プノがそこまで言うなら大丈夫なんだろうな……おーい後輩山本君! プログラムは完成したのか?」
マオの後ろでうつらうつらしながら参加していた後輩山本君に声を掛ける。
デスマ真最中、ここ数日ほとんど寝ていないのだろう。
「──す、はいっしゅ! 完成しました。後は最終稼働試験だけっす!」
「そっか、そんじゃあそれが終わったらマオを補佐してやってくれ。マオもその方がやりやすいだろうから」
「わかったっす先輩、あ、社長でしたっすね。イェイ大社長!」
「お前バカにしてんだろ!」
後輩山本君は嬉しそうに了解した。
ここしばらくマオの部屋に缶詰で仕事をし、二人はどうやらかなり仲良くなったようだ。
プログラムが完成してしまえば急ぎで取り掛かる仕事はなかったはずである。いまのVRゲームのプログラムは、まだ先の納品だったはずだ。
「大家さんそれでいいですかね?」
「うむ、仕方が無かろう、それで行くか」
残り五十日を切った今、魔族の戦争にまで加担すると決めてしまった俺達は、さらに忙しさを増すのだった。
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