第96話 初の海外渡航。

 魔族にも手を貸すと決めた翌日。


 俺は海外に発注したとある物を引き取りに行くために国際空港に来ている。


「び、びじゅいねすきゅらす……」


 飛行機に乗るのは初めてではないが、ビジネスクラスは初めてだ。

 とはいえ国内線を二度ほど利用したことがあるだけ。プレミアムクラスにも座ったことのない人生で、初のビジネスクラスは、豪華すぎる旅になる。旅というよりもお使いなんだけどね。しかし初の海外が、お使いとは……なかなかないよね。大家さんめ、昨日の晩にチケット渡すなんてないだろ。準備もろくに出来なかったじゃないか。

 しかしビジネスクラスとはまた豪勢な、何ともお金に糸目をつけない大家さんだこと……。


「うわー座り心地の良い椅子なのです!」


 隣の席できゃっきゃはしゃいでいるのはエンデル。

 俺の海外渡航のお供は、なぜかエンデルだった。


 と、ここで疑問に思う方も多いだろう。

 なぜエンデルが飛行機に乗れるのかを、だ。


 身元不詳、国籍不詳、住民登録さえしていない異世界人のエンデルが、パスポートなど持っているわけはないのだ。

 そう、偽造パスポート。


 というよりも、全てを捏造してしまった。


【名前】かなめ園出留えんでる

【年齢】24歳

【国籍】日本


 要亜紀雄と結婚し、新婚旅行に行く。というとんでもない設定らしい。

 もちろん戸籍もちゃんと俺の戸籍に入っている。しっかりと日本人の一員になってしまったのだ。もちろん新しい会社で今後保険証も発行される。ということらしい……。(出身国は、北欧の某国になっていた。北欧系の顔立ちをしているからだろうか)


 マジで扶養家族になってしまった。


 おいおい、誰がこんな真似できるんだ?

 大家さんしかいない。

 いったいどんな手を使ったのかは知らないが、この数日でここまでしてしまう力を持っているということだけは確かだ。

 だっておかしいいだろ? パスポートの申請でさえ数週間かかるんだよ? それを数日で発行させることができる大家さんは、いったい何者だろうと思わざるを得ない。

 というよりも、一人の異世界人を日本人に仕立ててしまうのだ。もう、国レベルのところまで大家さんは関与できるのだと、恐ろしくなってくるよ。


 マフィアどころではない。日本を陰で操る権力者と言っても過言ではないのではないか?


 とはいえ、名実ともにエンデルは俺の正式な妻になってしまった。

 婚姻届もしっかりと出されており、要家の一員として名を連ねているのだ。

 うわー田舎の両親にもなにも話していない内に籍まで入っているなんて、なんて説明しら良いのか今から悩むよ。

 もっとも就職してからこの方一度も帰省していないので、しばらくはバレないだろうけどね。


『どうせそのつもりだったのだろ?』


 と大家さんは簡単に言ってくれたが、実際にそんなことができるなど考えたこともなかったよ。

 とはいえ、その内エンデル達が戻れる方法が見つかったり、エンデルの魔力が回復すると、向こうの世界に帰ってしまうのだ。今度はどんな手続きで戸籍から抹消するのだろうか?

 死ぬわけでもないし行方不明になるわけでもない。忽然とこの世界から魔法という不思議な力で消えたなんて、誰も信じてくれないだろう。お堅い役所は余計だよ。

 はあ、今考えてもしょうがないね。その時また考えよう……。


 といった経緯で、二人で国際線のエアバスに乗り込んだのだ。


「ほんとうにこんな大きなものが空を飛ぶのですか?」

「いやあ、ほんとだよな。おれも今でも信用できないよ……」


 飛行機が空を飛ぶとは、この世界の常識だが、エンデルはこんな鉄の乗り物が空を飛ぶことに懐疑的だ。

 もちろん俺も懐疑的だ。エンデル同様、俺もこれだけは今でも信用できない。人間の力でびくともしない重さのものが、あろうことか空を飛ぶのだ。よくもまあこんなものを人間は考えつくものだよ。


「これなら普通に生身の体で飛んだ方が安心できるのです」

「えっ? い、今なんて言った?」


 エンデルはとんでもないことを、さらっと口にしたと思ったが、聞き間違いだろう。


「いえ、だからこんな大きなものを飛ばすぐらいなら、生身の体で飛んだ方が、簡単なのです」

「……」


 あれぇ〜? どうやら聞き間違いじゃないみたいだね。飛べちゃうんだねエンデル……。


「ってマジか! お前飛べるの!?」

「はい、そんな長い時間は無理ですけど、少しなら飛んで移動できますよ」

「嘘だろ、おい……」

「あ、こちらの世界では無理そうなのですけど」


 テヘッ、とはにかむエンデル。俺は常識を覆される。

 ふっ、人間が空を飛べる? ははっ、もう、なんでもありだな。

 まあ魔法なんていう不思議な力があるんだ、そのくらいはできるのかな? そう思うことにしておこう。


「すごいな異世界人、魔法を使えればなんでもできちゃうんだな」

「そうでもないのです。飛べると言っても、今は私ぐらいでしょうかね? 驚かれるのであまり見せないようにしているのですよ」

「な、なるほどね……」


 さすが大賢者と呼ばれているだけあるのだろう。魔法で飛べるのはエンデルぐらいらしい。


「ていうか、お前どんだけ常識外れなんだよ!」

「?」


 食事の量もそうだが、そんなこと聞くとまるで人間離れしているな。というか人間じゃないよね? 空飛べちゃうなんてSの字を胸に描いた人じゃない?


「お客様どうかなさいましたか? まもなく離陸ですので御着席お願い致します」

「あ、はい、すいません……」


 席を立ってエンデルに詰め寄っていると、キャビンアテンダントに怒られた。

 まあ少し騒ぎすぎたかな。すいません。


 そしてエアバスは離陸する。


「きゃあああ〜」「うわあああ〜」


 俺とエンデルは、ガクブルと震えながら空の旅に出るのだった。だって俺高いとこ苦手なんだよね。だから一人では飛行機に乗りたくなかったんだよ。


 もちろんまた二人で騒いだのでCAに白い目で見られた。



 ということで、快適な空の旅は、俺とエンデルの悲鳴から始まったのだった。



 ◇


【ガッチーム帝国】


 開戦まで五十日を切り、帝国内も次第に慌ただしくなってきた。


 近隣の同盟国から続々と兵が集まり始め、街の外にまで部隊がキャンプを張り宿営し始めている。

 追って指示があるまでここで待機するということらしい。


 そんな中、皇帝ガイールと将軍は、戦略会議を行っている。


「全軍揃うのはあとどれくらいだ?」

「はっ! あと15日前後かと!」

「うむ、そうか、聖教国へ攻め込む隊と、魔大陸へ向かう隊は 、もう分けているのだな」

「はい、皇帝陛下のご指示通りに通達しております」

「うむ、それで良い。儂は聖教国側の隊の指揮をとろう。将軍は魔族側の指揮をとれ」

「はっ! 了解致しました!」


 帝国軍は、聖教国を攻める隊と、魔大陸を攻める隊とを、2対1の割合で分割した。

 魔王が不在の魔大陸など、そのぐらいの兵力で落とせる自信があるということだろう。しかししっかりとした指揮者が必要なので、将軍は魔大陸部隊に入れることとなった。


「ふぁーはははは、これで我が帝国は、名実共にこの世界の覇者となる。見ておれ聖教国のモヤシどもめ。勇者などというよく分からん者を召喚し、ご先祖を侮辱した罪、ここで晴らさせてもらうぞ! このガイールの下に跪くがいい! ふぁーははははははは!」


 皇帝ガイールは、数百年前の先祖が舐めた苦渋を、今こそ自分が晴らすのだと意気込む。


「皇帝陛下、それで大賢者の弟子はどう致しますか? 隠密裏に消してしまいますか?」

「うむ〜そうだな。たかが一人、そんな奴は捨て置いても構わぬと思うのだが、万が一ということもあるな……」

「はい、それならば偵察も兼ねて消えてもらいましょう。教皇は守りも固められているでしょうし、そもそも教皇一人いたところで、魔法の脅威などたかが知れています。先ずは驚異となりうる大賢者の弟子さえ消しておけば、聖教国など容易く落とせることでしょう」

「うむ、そうしよう。だがくれぐれも内密にせねばならぬぞ? 宣戦布告をした以上、そんな卑怯な戦法が露見でもしたら、帝国の名を著しく汚すことになる。優秀な者はいるのだろうな?」


 宣戦布告した以上、その前に攻撃を仕掛ける事は反則であり、恥ずべき行為である。

 それと悟られぬように秘密裏に処理しなければならないのだ。そこまでの手練れがいれば良いが。

 そう考えていた時、すぐ横に何かの気配を感じたガイール。


「な、何者だ!」

「ご心配には及びません皇帝陛下」


 はたと横を見ると、今迄誰もいなかった場所に何者かが跪き、皇帝ガイールに頭を下げていた。

 気配も何も感じさせずに、こんなに近くまで接近していたことに驚くガイール。これがもし敵の暗殺者であったなら、その命は既に刈り取られっていたと思うと、背筋が冷たくなった。


「その者ならきっとうまくやってくれるでしょう。隠密行動が得意な者でありますから」

「そ、そうか。其の方、名をなんという?」

「猫族のシュリ、と言いますニャ。必ずや皇帝陛下のお役にたてますのニャ!」


 ピコリと耳を動かし、シュリと名乗る猫族の女性は、ニヤリと可愛げな牙を見せた。


「うむ、頼んだぞ」

「御意ニャ!」


 皇帝ガイールに頼まれたシュリは、すっ、と音もなく姿を隠した。


「では聖教国の情勢の報告と、大賢者の弟子の始末は、あのシュリにお任せくださいませ」

「うむ、先行して聖教国へ潜り込ませるのだ」

「了解いたしました」


 こうして斥候と暗殺を目的に、シュリは聖教国へ送られることとなった。


「我々は二十日後にはこの帝都を発ち、開戦十日前に国境付近で指令本部を張ることとする。同時期に将軍も魔大陸に向けて進軍せよ!」

「はっ! 帝国に勝利あれ! 皇帝陛下に栄光あれ! 闘神ガッチームの加護あらんことを!」



 こうして帝国の準備も着々と進むのだった。

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