第86話 会社の一大事

「で、どうするんですか?」


 俺は河原課長の話を聞き、そしてそんな質問をした。


「どうするも、こうするも、圧倒的に資金が足りないんだよ」


 河原課長が困り果てた顔で首を振る。

 まあ資金が足りないのはどうでもいい。

 要はそこじゃないのだ。


「なんで、社長はこういう結論を出したんですか?」

「社長の意見じゃない。社長はもう体力も気力も弱まっていて、部長に会社の件を一任したんだ」

「いやーそれは困った問題ですよね。話のわかる社長ならともかく、遊んでいるだけの部長に、会社を任せるなんて……」


 会社の実務も何も知らない部長に全てを一任するなど、社長もだいぶ衰えているのだろうか。

 それでも家族揃って社員何十人分もの役員報酬は黙って貰っている。実質会社の経営にすら参画していない役員が多すぎる。そんな悠長なことしていたら会社などすぐに潰れてしまいそうなものだ。


「それで部長は これまでの社員の残業手当も支払わないし、会社の譲渡もしないと。それに会社経営から身を引いてもいいが、そうなったら会社を買い取れと言い出したんだよ」


 どうも何か企んでいる感じがする。


「そんなのおかしいじゃないですか! 不当な労働をさせておきながらそれを支払わないなんて違法ですよ違法? 労基に訴えましょう、それと裁判です裁判!」


 俺にしてみれば、河原課長が考えているような 、会社云々などには全く興味がない。実質誰が会社を経営しようとどうでもいいのだ。

 要は真っ当な労働に対して、真っ当な賃金さえ支払ってくれればいい。それと休暇。そうなれば最初からこんな話も登って来ないし、ちゃんとみんな働くようになる。

 それができないから、こうして反乱が起きるのだ。


「それが狙いなんだよ、多分少しでも長引かせて会社の財産を隠したいんじゃないかな?」


 なんという経営者だ。

 裁判ともなればそれなりに時間がかかる。その間に会社の財産を少しでも隠そうとしているというのだ。

 俺たち社員に払う金が惜しくて、裁判にかけたら会社自体を潰そうとしているのかもしれない。その実自分は隠した資金で悠々自適に暮らそうと。腹黒だ。


 とはいえ、会社を買い取れという金額も篦棒な金額だった。

 俺達社員の今までの残業手当を全部集めても、支払いきれない金額を提示されたと。

 言ってみれば、その額を払ってくれたら、今までの残業手当てを払ってやるよ。的な打算があるのかもしれない。そして少しの利益も手に入るし、隠した利益も手に入るって寸法か……マジで腐っていやがるな。


「もうこうなったら、全員でやめるしかないかもしれないね……」


 河原課長は神妙な表情で俯いた。

 実際課長は、取り引き先と渡りを付け、会社存続の為に出来うる限りのことはして来た。裁判になってもいいように、弁護士とも相談していたそうだ。

 しかし、とうの経営陣が会社を潰す覚悟で迫って来た。

 篦棒な金額で会社を譲渡すると。


 たかが一般社員の課長達に、そこまでの資金を調達することなんかできないと、はなから分かっていて。


 今までの残業手当だって社員に還元されるべきものなので、当てにはできない。それを流用すれば、新しい会社でもまた反乱が起こる可能性がある。

 どちらにしてもこのまま行けば近いうちに会社は倒産の憂き目にあう。最終的に全員が会社を辞める方向にしか考えられないのだろう。


「そうなったら取り引き先が困りますよ? まあ、会社の責任だから俺たちには関係ないですけど、話を持って行った以上課長にも責任が残りますよ?」

「そうなんだよね〜どうしようか?」


 河原課長は真剣に悩む。

 裁判に持ち込み、どのみち倒産の憂き目に合えば、今よりももっとひどい状況で会社を去らねばならなくなる。そうなる前に泣く泣く会社を辞めた方が、個人的にはいいのかもしれない。

 だが、俺も今それをされては困るのだ。


「それはこっちのセリフですよ。俺も今辞めたら破産します。色々とお金も入り用なんですよ」


 エンデル達異世界人を養うのはかなりお金がかかる。特にエンデルは他人の何倍も食べるのだから、それだけで家計を圧迫させるのだ。


「だよね、僕だってせっかく円満に戻った家庭が、再度崩壊の危機を迎えるかもしれないよ」


 それも切実だ。

 転職するにしてもそうすぐに次の会社に就職できるとは限らない。俺もそうだが、課長は年齢もそれなりだから、余計再就職は困難を極めそうだ。

 特にこの会社の名前を出したら、敬遠されそうな気がする。

 破産寸前の会社が退職金を支給するはずもないし、先行きは暗いとしか言いようがない。


「どうするんですか?」

「どうしようかね?」


 はあ、と二人して溜息をつく。

 順調に推移していたと思っていたが、やはりそう簡単にはいかないようだ。

 まあ考えればそれが妥当だろう。一度も経営など学んだこともない社畜が、いくら反乱を起こしても、社会はそう甘いものではないのだ。相手が一枚も二枚も上手だったと考えるべきだろう。


 社員全員がこの会社を同時期に辞め、新たに会社設立するにしても、設備やら何やらで初期投資に結構な資金が必要になる。

 今の俺の貯蓄では鼻くそ程度のことしかできない。というよりも、生活するだけでも手一杯だ。

 何かいい手はないものか。


 システムだけでも調達できれば、仕事して取り引き先から収入を得られるか? いやいや、そう簡単な事じゃない。運転資金や何もかもなしでできることではないだろう。

 数ヶ月給料無しで仕事してくれる奴なんていない。むしろ俺だって金策しなければみんなを養っていけないのだ。

 うーん、と二人で唸っていると、


「お金が足りないのですか?」


 そうエンデルが口を挟んできた。


「足りない以前に、お金なんてないんだよ」

「悪徳商会が潰れるのですか?」

「まあそうだな、じき潰れそうだ」

「そうなればアキオさんが困るのですか?」

「もちろん困る。俺だけじゃない。みんな困るんだ」

「大変ですね……」

「いやいや他人事じゃないからね? エンデルだって困るんだぞ?」

「そうなのですか?」

「ああ、お腹いっぱいご飯が食べられなくなる。それに住むところも追い出されるかもしれない」

「えええええええーっ‼︎ そ、それは深刻な問題なのです!」


 ご飯を食べられなくなるというくだりを聞くや否や、蒼い顔でこの問題の深刻さを知るエンデル。

 君はご飯さえお腹いっぱい食べられればいいんだね。

 とはいえ家賃も払えなくなったら、遅かれ早かれあのアパートにも住めなくなる。大家さんに土下座して頼み込めば、半年ぐらいなら住まわせてくれそうだが、そこまで甘えるわけにもいかないだろう。

 結局は他人なのだから。


 いざとなったら、異世界人に体で稼いでもらって、超ひも生活……なんてことは絶対しないぞ! そんな鬼畜な真似できるか!


「アキオさん、それならば、この前のように金貨が一杯あれば解決しませんか?」

「うーん、そうはいっても、大量の金貨を換金するのも……」


 そうか、色々と伝手を頼れば、換金できるかもしれないな。


「でもエンデルに悪いよ。こっちの世界のことは、俺がなんとか……」


 したいのは山々だが、現実問題難しいのも確かである。


「いいえ、いいのですよ。私やピノーザ、それに姫様達だって 、アキオさんがいなければ、今頃大変なことになっていたかもしれません。いつも相談に乗ってもらって、プノーザだって助けてもらいました。だから遠慮せずに相談して下さいなのです!」


 エンデルは俺の手を取り真剣な表情で俺の目を見つめてそう言った。

 なんだよ、案外義理堅いところがあるな。そうジーンと胸が熱くなる。


「そうか、分かったよエンデル。そうさせてもらおう」

「ハイ!」


 エンデルは眩しい笑顔で頷いた。うん可愛いよ!


「ご飯が食べられないのは困ります! 死活問題なのです!」

「結局そこかよ‼︎」


 少しぐらっときた気持ちが、サーっと冷めてゆく。


 しかしエンデルが提案した通り、みんなに相談ぐらいはしてみてもいいだろう。大家さんとも相談しなきゃだし、もしかしたら大家さんが資金を出してくれるなんて甘い考えも、少しはないとはいえない。あんな無駄に高スペックなシステムを所有している人だ。もしかしたらその一部を運用させてくれるかもしれない。


 とりあえずは自分だけの狭い世界の話ではなく、みんなの意見も聞いてみてから行動に移した方が良さそうだ。

 方向性は見えているのだ。少しは良い形でまとまるように行動して行けば良いと思う。


「課長とりあえず少し時間をください。性急に事を運んでも良いことはないでしょう。まずは社員全員が路頭に迷わないように、色々と模索してみましょうよ」

「ああ、そうだな。ボク達ももう少し行動してみるよ。何かいい案があるかもしれないからね」


 河原課長はそう言うと少し表情が明るくなった。

 鬱々と考えても良い案などでない。せっかくまた生えてきた髪の毛が抜けてしまいますよ? こう言う時は、他人の意見も参考にしてみるのも手だ。


 こうして俺とエンデルは会社を後にした。

 結局今現在、次の新規の仕事は止めていると言うことなので、新しい仕事はもらえなかったが、考えることが多そうなので、それもまた良しということで。

 今月分の給料は、問題なく出してもらえそうなので、色々と考えることにしよう。



 こうして俺達は帰路につくのだった。

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