第87話 アパートに戻ると……

「あ、これがいいのです!」

「うへーそれがいいのか?」

「ハイ!」


 帰りの途中、俺とエンデルは買い物をしている。

 買い物といっても晩御飯の買い出しではない。それならば近場のスーパーがあるので、わざわざこんな街中で買うわけもない。荷物になるし。


 エンデルは、一着のゴスロリ衣装を手に取りご満悦だ。

 向こうの世界で普段着といえば、魔女のローブのようなものしか着たことがないようで、いろんな衣装が氾濫するこの世界で、可愛らしい格好をしてみたいという願望が湧いてきたらしい。

 確かに普段着でもよろこんでいたが、どうもゴージャスなこのゴスロリ衣装が目に止まったようだ。


 なぜこんなことになっているのかといえば、それはあの草むしりの時、マオが着ていた小悪魔グッズに由来する。


魔王マオさんの衣装かわいかったのです〜、なぜ私にはないのですか? ぶぅぶぅ』


 と、ぶー垂れたエンデルは、私にも一着買ってください、みたいに、遠回しに不貞腐れていたのだ。そんな姿が可愛くて……ゲフンゲフン、じゃなくて、仕方なく購入することにしたのだ。

 まったくマオの奴め、余計なことをしてくれたものだ。


「うげっ、結構お高いじゃないですか……」


 値札を見て驚く。予想していた金額をかなりオーバーしていた。付属品も買えば三倍近い。


「どうしたのですか?」

「い、いやなんでもない。そうかこれがいいんだな?」

「ハイ、お願いします♡」


 にっこりと微笑むエンデルはまるでエンジェルだ。

 はいはい、なんでも買ってあげますよ。


 ハッ! 世の男たちは、こんな風に彼女への貢物で散財するのだ。

 くそう! まんまと罠に嵌った。これも昼ドラ先生の教えか? まったく碌なことを教えない先生だ!


 まあブランド品とかを要求してきているわけじゃないので、まだ可愛いげがあるが。

 されどコスプレショップで買う服にしては、少し割高だ。布生地が小悪魔より多いせいだろうか。


 とはいえ、まだ貯蓄もあるとはいえ高い買い物をしてしまった。

 しばらくは自重しようと思う。経済的危機に直面するかもしれないのだ。計画的に行かねば……。



 なんやかんやで、買い物を終え、昼食を軽くとって、カフェでお茶して帰宅することにした。

 おっと、なんかデートみたいだな。

 こんなことをしている場合じゃないけど、たまにはいいだろう。


 エンデルは向こうの世界のゴタゴタも、今だけは忘れてご機嫌だ。

 決して忘れていいわけじゃないだろうが、悩みすぎるのも体によろしくない。こういった気晴らしも必要だろう。



 自宅最寄り駅で電車を降りるともう夕方近かった。スーパーで晩御飯の買い物をして、おんぼろアパートへと帰宅した。


「な、なんだ!」

「うわ、なにか建物が建っているのです!」


 俺とエンデルは、アパートに着くなり仰天した。

 表側は普段通りのおんぼろアパートなのだが、裏庭がやけに騒々しかったので覗いてみると、プレハブの建物が数棟建築中だった。


「おいおい、なんだ? 聞いてないぞ?」


 確かに午前中出かける時には、裏庭は何もしていなかったはず。それが半日で建設ラッシュのようにプレハブが建てられている。


「おお、帰ってきたか要君! どうだ、ここかが総司令基地だ!」


 すると、大家さんが大威張りで声をかけてきた。


「ただいまです、って、総司令基地ってなんですか?」

「ふっ、わたしが戦争に勝つといった以上、負けは許されない。エンデル君やエル君は、もうわたしの家族も同然なのだ。その家族の故郷を守るのは親代わりである大家の役目。今迄貯め込んだ全財産を投入してでもその戦争に勝つ! わたしはそう決めたのだ! はーはははははっ!」


 大家さんは声高にそう宣言する。

 いやいや、大家だからってそこまでしなくてもいいのでは……。

 でも一世一代の課金プレイという意味が、ようやく少しは理解できたような気がする。全財産を投資してでもエンデル達の世界を救いたいと考えているのだろう。


 その考えが一体どのようなものか、今はまだわからないが、きっと驚くべきことを考えているのかもしれない。


 というか、行動が早すぎる。

 半日ですでに数棟のプレハブが建っているというのは、どうも不自然だ。

 きっと、いつものように「一日で建てろ!」と脅したのかもしれない。一体何者なんだ? この大家さんは……。


「大まかな計画は立てた。今晩その会議を行う。参謀は全員出席すること!」

「あ、はい……」


 いつの間にか住人全員が参謀にされているようだ。

 俺は何参謀だろうか? 後方支援とか兵站とかが担当の参謀かな?


「あ、俺も少し相談したいことあるので、その時一緒にお願いします」

「おお、わかったぞ要君! 大家は店子たなこの親も同然、遠慮なく相談したまえ! はーはははっ!」


 大家さんのハイテンションさに幾分疲れてしまう。

 でも、相談にも乗ってくれそうなので、ほんとに良い大家さんだ。


「そうだ、エンデル君にも仕事がたくさんある。もうピノ君は取り掛かってくれているから、エンデル君もよろしく頼むよ」

「わかりましたヒナたんさん!」


 エンデルは大家さんの命令に素直に応じた。

 どちらにしても、向こうの世界のために全力を出して取り組んでいる大家さんの姿に、感謝しているようにも感じられる。


「さあ、ぼやぼやしている暇はないぞ。もう残り時間はわずかなのだ、気合いを入れていくぞ気合を!──こらそこーっ! 手を休めるな、今日中に内装まで終わらせるんだぞ! できないなら今後の取引は無しだ‼︎」


 そんな怒鳴り声を背に、俺とエンデルは自室へと戻るのだった。

 やっぱり脅していたね。

 業者さんも大変だよ。



「ただいまー」「ただいまなのです〜」


 部屋に戻ると、俺の部屋の中は大変なことになっていた。

 部屋にはピノがおり、一心不乱に何かしている。エル姫さんとフェル姫さんは、隣の部屋でまた何かしているのだろう。

 マオが見当たらないが、まあマオだからいいか。


「あ、おかえり師匠、アキオ兄ちゃん」

「なんだこの鞄の山は……」

「ものすごい量なのです……」


 部屋にはうず高く積まれた鞄の山、また山。寝室にまで詰め込まれている。


「さっき届いてさ、これ全部に例の魔法を掛けろって、ヒナたん師匠が」

「なに? これ全部を魔法の鞄マジックバッグにするのか?」


 よくよく見ると同じ種類のものが二つずつあり、一対で使う魔法の鞄にするらしい。

 それにしても大量だ。これだけの鞄を集めるだけでも大変そうだ。

 きっとネットで買い漁ったのだろう。


「そうらしいよ……あたしはあんま得意じゃないからさ、師匠早く手伝ってよ〜」

「はいはい、お風呂に入って着替えてからにしますね」


 ピノは半泣き状態で魔法陣とやらを鞄に構築している。まるで内職をしている子供のようだ。一個何円ね、みたいに頑張っている。

 エンデルはお風呂に入ってから手伝うみたいだ。まあ、少し汗もかいているからさっぱりしたほうがいいだろう。

 エンデルが風呂場にむかい、俺は夕食の準備に取り掛かる。


「俺は何もしなくていいのか?」


 買ってきた食材を冷蔵庫や棚に仕舞いながら、気になったので聞いてみた。

 何もしないのも少し気がひける。


「アキオ兄ちゃんは魔法知らないだろ?」

「ああ、そんな芸当できたなら、今頃アメリカの西海岸辺りでセレブの仲間入りをしているよ。マーベルの正義の味方になっているかもだし。というよりも現実的には、機密機関に捕まって研究対象にされているかもな」

「なんだよそれ。わけわかんないこと言うなよ」


 魔法なんてものはこの世界にはないのだよ。

 ちょっとした超能力でも有名になるのだから、魔法が使えたらとんでもない事態になりそうだ。この鞄をみせるだけでも、きっと研究対象にされてしまうだろう。毛生え薬もね。


「なら手伝うことは何もないよ……料理頑張って作ってもらえればそれでいいよ。あ~あ、なんか簡単に魔法陣を描ける方法ないかなぁ〜」

「そうか、それなら料理は任せろ……」


 手伝うことがないとハッキリと言われてしまえばどうしようもない。俺は黙って夕食の準備をするだけだ。


 プノは不貞腐れながら筆を動かす。

 相当に細かい作業らしく、少しでも間違えると魔法は発動しないらしい。なんとも繊細なものなんだね。


 ともあれ、俺は晩御飯の準備を進めるのだった。

 お米を研ぎ炊飯器で炊く。それが二つ。

 今日はお魚が安かったので焼魚にしようと思う。


『奥様奥様、今日はお魚がお安くってよ?』

『あらほんとですわね。ではこのお魚下さいな』

『うちも今日はお魚にしましょうかしら。旦那の稼ぎが良くないものだから、家計も大変ですのよ』

『あら、お宅もそうなの? うちも育ちざかりがいるでしょ? だから大変で。ほんと、もっと残業でもしてもらわないと、家計も火の車よね?』

『そうそう、こないだ主任から課長になるって話があったんだけど、断りなさいって言ったんですのよ。だって残業代が無くなるらしいの。たった1万円の課長手当だけじゃあ主任の給料より下がっちゃうんですよ? 会社って卑怯ですよね? だからみんな課長ばかりなんですよ』

『そうそう、うちも出世するなら部長に一気になるようにしなさいって言ってるの。まあうちの能無し亭主には無理でしょうけどね。おほほほ』


 などと、世知辛い話をする奥様方の横をすり抜けて買って来た魚だ。

 俺も結婚すると、こんなことを陰で言われるのかと考えるとぞっとする。なんか一生結婚しなくてもいいかなーなんて思い始める俺だった。


 サラダとみそ汁、野菜炒めに、後は納豆と冷奴。これだけでいいだろう。

 なるべく食費は抑えたい。毎日の積み重ねが生き延びる秘訣だ。

 エンデルが不服そうなら、卵掛けご飯で米を食べて貰う。まあ給料が貰えるかどうかの瀬戸際だから、安定するまでは我慢してもらおう。


 しばらく料理に熱中していると、エンデルが風呂から上がってきた。

 上気した頬を真っ赤に染め、


「ああ~いいお湯でした~」


 と、いかにも呑気に出て来る。


「さて、もう少しでご飯の支度も出来るから、内職はその辺にしてテーブル周りを片付けてくれ」

「了解なのですアキオさん」

「おう、分かった!」


 さささと片付けを終えるとピノはみんなを呼びに行く。

 エンデルは俺の作った料理をテーブルに運ぶ。

 ここ最近もう何も言わなくても自ら動いてくれている。やっとこの世界の生活にも慣れてきたようだ。


 ともあれ、全員が揃い夕食を頂くことにした。

 マオと大家さんも集合し、食後に会議を開く運びとなる。



 裏庭で今日中にプレハブを完成させようと、奮闘している作業員さん達の掛け声を聞きながら、夕食を頂くのだった。

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