第85話 会社に向かう
「エンデル、今日は会社に行ってくる」
「はい、アキオさん」
会議から2日後の朝、みんなの話し合いとは別に、俺は会社に向かうことにした。
いつまで休暇を取っていいのかもわからず、このままでは給与出ないんじゃ? と些か心配し始めたところでもある。扶養家族が急激に増え、生活費もバカにならない。
なんとかエンデルが持っていた金貨を換金したので少しは足しになっているが、それでも貯えを食い潰しにかかっているのだ。
このままでは破産の秒読みが始まってしまう。
そして朝起きて課長にメールを入れると、「問題発生!」という短文返信があったので、急遽会社に向かうことにした。
とはいえエンデルの世界のことも気にかかる。
戦争だのなんだの、物騒な状況になっているから、なんとかしてあげたいと思うのだ。
しかし相手は異世界。この世界から何をできるわけでもないし、俺は単なるしがない社畜。魔法など使える訳でもないし、何かをできるだけの力なんて最初から何も持ち合わせていないのだ。
生活費にも困窮するぐらいなのだから。
「エンデルはどうするんだ? この世界から帰る方法もまだ見つかってないんだよな?」
着替えながらそう聞いてみる。
「はい〜、魔力が回復すればなんとかなるかもしれないのですが、今のところ八方塞がりなのです〜」
「ふーむ、そうか……」
エンデルたちは向こうの世界にいるプノから連絡をもらってからは、色々と何かできないか考えていたようだ。しかし結局自分たちが戻れない以上、何も手立てがないと半分諦めてもいるようだった。
しかし大家さんの一言で、異世界は動き始めた。
「まあ、思いつめてもしょうがない。どうだエンデル、気晴らしに一緒に会社にでも行ってみるか?」
「えっ、良いのですか?」
「おお、いいぞ」
「でも、悪徳商会なのですよね? 奴隷として売られませんか?」
「売られるか!」
どこに奴隷制度があるんだよ! 人身売買なんかしないよ! それに悪徳商会などではないブラック企業だ。(まあ、悪徳なのは変わらんか……)
他の途上国にはあるかもしれないが、俺は知らない。
「そんな制度も会社もこの日本には存在しない!」
日本にもそんな闇組織が存在するかもしれないが、一般社畜の俺には無関係な世界だ。だから知らない。
「そうですか。ならご一緒するのです!」
エンデルは俺と一緒に出かけられるのが嬉しいのか、ニコニコと腕に絡まって来た。
チョット、ネクタイ締めてるんだからやめてくれない?
とはいえ気晴らしも必要だ。鬱々と考えていても、良い考えなど出てこないのだ。
特にエンデルは世情に疎いようなので、姫さんたちの話にはいまいち入っていけていない。ピノも心配はしているようだが、国の大事に口出しできるほどではないので、たまにゲームをして気を紛らわせている。
マオはマオで、何か考えているのかな? まあどうでもいい。
なので、主導して考えているのはエル姫さんとフェル姫さん姉妹だ。こまめにプノと教皇に連絡を取っている。そして向こうの世界は戦争へ向けて準備を着々と進めている。
ここで不気味なのが大家さんである。
なんか知らんが、水面下で何かをしている。会議には顔も出さずに何か忙しくしているようだ。
「あたしに任せておけ!」みたいなことを言っていたが、果たして何を任せていいものか疑問だ。
一世一代の課金プレイ、という単語が気にかかる。いったい何を考えているのだろう。
こうなればエンデルも余り戦力にならないので、気晴らしに外へ出掛けないかと声を掛けた次第だ。
「ふふふのふーん♪ なのです〜♪」
軽快に鼻歌を歌いながら着替え始めるエンデル。よそ行き用に買った服を箪笥から出してご満悦だ。
「おいおい! 何度言えばわかるの? 男性の前でみだりに着替えない!」
「いいのですよ、アキオさんは私の旦那様なのですから。他の男性とは違うのです。その辺りの常識は、昼ドラで習得済みなのです! 不倫や略奪などはしないのです! 私はアキオさん一筋なのですよっ!」
ぱいーん! と薄い胸を張って威張るエンデル。昼ドラを講師に何を勉強しているのか。恐ろしかー。
というよりも、
「おい! それ振り回すんじゃないよ! いいから早くブラジャー着けなさい!」
「アキオさん! 久しぶりに着けてください!」
「うるさいよ! 一人で着けなさい」
くるくるとブラジャーを振り回し、薄い胸を張るエンデルは、上半身露出しまくりである。
もう、朝っぱらから目のやり場に困るよ……。
まあきっちり見ていますけどね。なんせ男ですから仕方ないのです。
というわけで、会社に行くついでに、二人でお出かけすることに決めました。
久しぶりの遠出に、ワクワク顔のエンデル。
電車を乗り継いで、地下鉄に乗り、会社の最寄り駅で下車した。
そう言えば地下鉄に乗るのが初めてのエンデルは、地下迷宮に降りて行くと勘違いし、会社とは迷宮の中にある怪しい施設と身構えていた。
というよりも、迷宮みたいなのもある世界とは……ほんと行きたくない世界だね。
「うおおおーっ! アキオさん、ここもアキバ同様高い建物が一杯なのです! この世界にはお城やお屋敷を建てる人がいっぱいいるのですね。貴族様が多いのですか? ちょっと土地が狭いのが気になりますけど」
「これはビルだよ、お城や屋敷じゃない。アキバではお店が入っているビルが多かったけど、ここはオフィス街だから、ビルにはたくさんの会社が入っているんだよ。まあ貴族もこの日本じゃ少ししかいないよ。日本では貴族ではなく華族というのか? 今はその制度も廃止されてたか?」
「なんと! このビルというものに会社があるのですか! アキオさんの会社はこんなにたくさんのビルを建てるだけの資産家なのですね」
「いや、一つの会社じゃないから。他にもたくさん会社があるんだよ。俺の会社はそれこそ、今見えているような立派なビルになんて入っていないよ」
表通りから数本路地を跨ぎ、その奥にひっそりと佇む古めかしいビル。
築うん十年、ビルディングというよりも、ビルヂングと言う方が似合いそうな5階建のエレベーターも付いていないような建物。今の建築基準では通らないようなビルだ。
そこの2フロアを会社は借りている、らしい。自社ビルではない。
エンデルはキョロキョロしながら俺に付いてくる。やはり何度見てもこの世界は、エンデルにとって物珍しいものばかりなのだろう。
「ほらここだ。どうだボロいだろ!」
「おお〜っ、確かに年季を感じるのです」
俺が胸張って言うほどボロいビルに、エンデルは驚きよりも感心しているようだ。
ちなみにビル自体は古いが、内装は結構近代的に改装しているので、そこそこな会社に見える。エレベーターがないのが玉に瑕だ。重い荷物を持って階段を登る苦労は、エレベーターのついている会社の人間にはわからんさ。
「それでも、こんな優れた建築物などは、向こうではお城か貴族のお屋敷ぐらいなのですよ。継ぎ目のない石をこんな高さまで建てるなんてまさに魔法の建築物、神業なのです!」
「いやこれコンクリートね、石じゃないからね」
キラキラと目を輝かせているが、根本的に間違っている。
向こうの世界の建物は、石積みか木造がメインらしい。お城が向こうの世界で一番高い建物ということだ。建築にも魔法の力を使うことがあるらしく、それでもこっちの世界のような建物は、魔法でも作れないようだから、神業らしい。まあ建築の歴史が浅いだけなのだろうが……。
まあそんなことはどうでもいい。
早く課長の話でも聞いてこよう。給料の件も話しておかなきゃ。
俺とエンデルは、会社へと入って行くのだった。
「課長、一体どうしたんですか?」
「おお、要君、待っていたよ!」
まっすぐに河原課長の所に行くと、課長は待ちわびていたかのように歓待してくれた。
「お? 要君、
後ろからエンデルが入ってくると、課長は目を瞬かせながら訊いてくる。
まあ目立つからしょうがない。緑色の髪の外国人などそうそういないからね。
「あ、こちらはエンデルといいます。まあ、今時点俺の彼女という所でしょうか」
「なに! そうなのかね?」
「初めましてエンデルと申しますのです、主人がお世話になっておりますです、愚妻ですがよろしくお願いするのです」
俺が無難に紹介すると、エンデルが慎ましやかに自己紹介した。
だから主人とか妻とかね、まだ結婚していないからそれはやめなさい。そもそも愚妻は自分で言わないよ?
「はぅ、づーゆーどぅー、まいねいむ、いづ、かわはーら! うえるかむ、うえるかむ!」
おいカッパ(失礼、もうカッパじゃなかった、ついついいつもの癖で)、ちゃんと日本語で聞こえているよね? というよりも昼ドラ仕込みの日本語だったでしょ?
「課長、日本語でいいですよ」
「あ、そうかね、すまんすまん。ボクは河原といいます、こちらこそ要君にはお世話になりっぱなしです。一応上司をしていますが、ボクの中では要君は神です」
「な、なんと! アキオさんは神様だったのですか⁉︎」
「いや違うから……」
もう、変なこと言わないでよ。まだ鵜呑みにするところがあるんだから発言は気をつけてよ?
「はっ! そうか、エンデルさんは、もしかしてあの魔法の毛生え薬や精力剤、不思議な鞄を作った方ですか?」
「ま、まあ、そんな感じです……」
毛生え薬はピノ作なんだけどね。まあ説明が面倒だからどうでもいい。
課長にはここ最近の魔法のアイテムをざっと説明しているので、エンデルがそうだと思い当たったのだろう。もちろん硬く口止めしているが。
「うおおおーっ! これは我々の女神様! アリガタヤアリガタヤ!」
へへーっ、と土下座する課長。
何してんの? 大仰すぎるでしょ……。
とはいえ、髪の毛があんなに爆発的に復活する薬などこの世界にはないに等しいし、そんなものを作れるとしたらまさに神。なのでエンデルは女神様なのだろう。
それを聞いたエンデルといえば、
「えっ? 私が女神様? そんな。女神エローム様という意味ですか? 私女神なのです!」
頬を赤らめ恥ずかしそうにしている。
「いや違うと思うぞ……」
女神エロームがどういう存在か知らないが、多分違う。
(ともあれ要君。エンデルさんは未成年では? 犯罪じゃないか?)
ようやく落ち着きを取り戻した河原課長は、土下座から一転、すくっと立ち上がるとヒソヒソと耳打ちしてきた。
エンデルの見た目の幼さに、怪訝な顔で訊いてくる。
(いえ、本人曰く24歳ですから、犯罪ではないです。というよりも犯罪行為もしていません)
まあこちらの世界の日数で換算すれば19歳ぐらいなのだが。
(そ、そうなのかね? でも一緒に住んでいるのだろ? 手を出さないなんて……要君、君はEDなのかね?)
「違うわい!」
なんと失礼な。まだまだ現役だよ。
(イヤイヤ隠さなくていい、要君、あの精力剤は効くぞ? 僕のEDが治ったぐらいだ。少し返そうか?)
「いらないし!」
薬の効能は実証済みだ。
あんな薬に頼らずともまだまだ現役バリバリです。そもそも薬で理性が吹っ飛びそうになるから処分したのだ。
ちなみに課長はあの薬のおかげで、明るい家族計画が復活し、家庭も円満に戻ってきたそうだ。最近では奥さんに迫られて困っているということだ。
髪の毛も増え、精力も復活し、若かりし頃のように熱愛中という。なんとも羨ましい限りだ。
「二人で何を話しているのですか?」
ヒソヒソ、話している俺と課長に、仲間外れにされていると思ったのか、エンデルが耳をそばだてて近づいて来た。
「いやね、要君がエンデルさんに手を──」
「──わーわー! 説明しなくていいから!」
課長があからさまに説明しようとするので途中で止めた。
エンデルは不思議そうに首を傾げている。
「いいじゃないか、仕事も大切だけど、夜の営みも大切なんだよ?」
「うるさいよ! 今はいいんです! 今は……」
もうやめてくださいよ、エンデルがその気になるじゃないですか。せっかく俺も我慢しているのに。
というよりも、いずれ異世界に帰ってしまうのだから手は出さないと決めたのだ。俺の意思は岩よりも硬いんだ!
「夜の営みって、なんなのですかアキオさん?」
「なんでもない! ──もう、こんな話で来たんじゃないんです! 早く本題に入りましょうよ」
エンデルもあまりわかっていないようなので、これ幸い。
俺は今日来た目的に話を誘導した。
そして、河原課長から当面の問題点が話されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます