第84話 住人会議

 考えてみると、この展開は予測できたと言わざるを得ない。


 もともと魔王──ここでいうマオ──が攻めてくる以前にも向こうの世界では、覇権争いが起こりうる状況だったと、エンデルもエル姫さんも言っていたのだ。

 今現在はエル姫さんの国が、魔族以外で世界の中心として成り立っているそうだ。その由来は、500年前の勇者召喚にて魔族を退けた功績が今現在に至るまで効力を発揮していたに過ぎない。


 どちらにしても以前と違うのは、エル姫さんの国は勇者の召喚を失敗し、あちらの世界でもトップクラスの魔導師であるエンデル──大賢者という称号を持っているそうだが全くそうは見えない──がいなくなり、おまけに次期教皇になるエル姫さんまでも消えてしまったとなれば、国力の低下は著しいはずである。


 そしてとどめは、世界の脅威である魔王──マオも全く脅威に見えないが──までもが、あの世界から消えてしまったのだ。

 これは帝国にとって好条件が揃っていると言ってもいいだろう。エル姫さんの国が持つ覇権を奪うにはもってこいの好条件だ。


 それ以前より覇権を手にしょうとしていた帝国──ガッチーム帝国というらしい……なんかふざけた名前だが──は、この機を逃すまいと宣戦布告してきたということなのだろう。


という事で異世界は今、とても大変な状況らしい。



 さて、俺はといえば、異世界の事は全く分からない。エンデルや姫さんから多少は聞いてはいるが、実際異世界を肌で感じているわけでもないし、漠然とした想像上の国でしかない。

 画面越しに見る世界は、言ってみればファンタジーで、物語や映画のように、ひしひしとした現実味など程遠いのだ。

 実際今でもエンデル達が、『この設定は何から何まで冗談なのです! びっくりしました?』と言ってきたら、『マジでドッキリだったのかよ!』と、真顔で驚いて普通の日常に戻ることだってできることだろう。


 もっともこちらの世界の事でさえ余りよく分かっていない俺に、見も知らぬ異世界の事情へなど口を出せるわけもないのだよ。


 ここ最近なんて国会議員や都議会議員、市議会議員の選挙にすら投票しにいったことがない。まるで国民の義務も果たしていないのだ。会社が会社なので選挙の日は間違いなく仕事だったという事だけなのだが。(もちろん不在者投票もいけなかったよ)

 しかし微々たる給料で、少なからず税金は納めているので最低限の国民の義務自体は果たしている、と自負はしているが。

 とまあそんなことはどうでもいいね。


 エンデルの世界の事を何とかしたいと思うのは山々だが、この世界とは別の異世界という所にいったい何ができるだろうか。

 うん、何もできない。だって俺は魔法もなにも使えないただの人間、それも普通より劣ったような社畜人生を送る一般人なのだから。


 そもそも、異世界などという場所に干渉できる力など最初から持っていないのだ。


 異世界から連絡が来て二日経つ。俺を除いた異世界人は、神妙な顔つきでなにやら話し合いを続けていたが、一向に良い案は浮かんでこないようだった。エンデルは何度か相談を持ち掛けてきたが、俺にもどうすればいいかわからないので、こうした方が良いのでは、と簡単に答えることもできない。


 戦争に突入すれば戦力差があり敗戦の色が濃い。降伏したにしろ、帝国に占領され国民が迫害されるおそれもあると聞くと、意見するのも憚られる。

 『戦争しちゃいなよ』『降伏しちゃいなよ』と、言うのは簡単だが、異世界の事をよく知らない人間が、この平和な世界で言うには、あまりにも他人事で無責任な答えだろうと思うからだ。


 だから、話しは聞くけれども、意見などできなかった。



 そんなこんなで異世界会議二日目も暮れようとしていた。

 俺は傍で聞いているだけだったので、そもそも人数に入っていないようなものだ。

 ちなみに会社はまだ休んでいる。課長からのメールで、もう一息だから、まだ少し休んでいいとあったので、会社に入社して初の長期休暇を過ごしている。

 とはいえ家の中の空気が重いので、休暇を楽しんでいる余裕もない。


 そんな訳で話し合いも平行線を辿り、今日も結論は出ないようだ。すると大家さんがおもむろに俺に近付いてきて、


「要君、君は何で他人事のように傍観しているんだ? エンデル君の夫なら、もっと親身になるべきじゃないのかね?」


 そう苛立った様子で、ベッドに寝そべる俺に捲し立てた。


「えっ? だってこっちから向こうの世界に何もできないでしょ? そもそも住む世界が違うんだから、意見だってできないし……」

「それを冷たいと言うんだ! みろエンデル君の悲しそうな顔を!」


 エンデルを見ると、そんな悲しそうな顔をしてはいなかった。

 むしろ俺がなんで大家さんに怒られているのか心配しているような、「?」な顔だった。


「悲しい、のか?」

「バカたれ! 夫たる者、妻の力にならなくてどうする! 見ろ! 日に日に食も細ってやつれているではないか!」

「いや、ちゃんと俺達より食べてるからね? むしろいつもより多いぐらい食べてるよ?」


 俺の貯えもガンガン減っていくよ?

 食が細っているのはエル姫さんとフェル姫さんだ。他は普通に食べているよ。


「ええーい! この薄情者! 前のように色々案を出さんか! 何かないのか? ピノの妹のプノが死んでしまうかもしれないんだぞ?」

「案と言ってもなぁ……」


 確かに戦争になろうものなら、プノの命は危険にさらされる。

 おそらく魔導師ということで、幼いながらも前線に立つ可能性が高い。それでもこちらの世界から向こうの世界に何かできる案など思いつかない。


「だって、戦争ですよ? タブレット端末やドローンを送るぐらいしかできないのに、他に何ができますか?」

「だから考えろと言っているのだ! もっとこう──ハッ‼」


 大きな胸を近づけて来て、俺の顔の前で唾を飛ばしながら怒鳴っていたかと思うと、大家さんは何かを思いついたかのように天井を見た。


「ふん、要君。考えれば案は出るじゃないか。そうだよその手がある」

「なんですか……?」


 大家さんは勝ち誇ったような顔でみんなを見る。


「エル君、フェル君、この戦争勝てるかもしれないぞ!」

「そうなんですかヒナたんさん!」

「なんと、それは本当ですか⁉」


 大家さんの大見得を切った言動に、姫さん二人は、ぱっと暗くしていた顔をほころばす。

 おいおいおいおいおいおいおいおーい! どこからそんな勝てるなんて言葉が出て来るんだ? 戦力も足りないって言っていたよね? 負ける確率の方が高いんだよ?

 何を根拠に勝てると言うのか全く理解できない。


「大家さん……何を根拠に言っているのか分かりませんけど、あまり期待を持たせ過ぎるのは……」


 期待を持たせて、やっぱり勝てませんでしたじゃ済まないぞ? 

 糠喜びさせて、それじゃああまりにも可哀想だ。

 分かっているのか大家さん? 戦争なんだよ戦争? ネトゲでの戦争とは違うんだよ? 本当の人間が戦うんだよ? 死んじゃうんだよ? 復活の呪文だってないし、リセットもできないんだ、あーぁ、負けちゃったよ、では済まないのだ。

 というか、それじゃあ俺よりも無責任じゃないか……。


「全てあたしに任せておけ」


 大家さんは大きな胸を、バインと叩き全て任せろと言う。

 なんか不安要素しか感じないのは俺だけだろうか?


「よし、プノ君には戦う方向で行こうと連絡しておくんだ」

「ちょ、ちょっと大家さん! 簡単に決めない方がいいよ、ネトゲの戦争じゃないんだよ?」

「ふん、そんなことは知っている。なにを弱気になっているのだね要君!」

「だから、本物の戦争を煽ってどうするの! どだい俺達には違う世界の事、見ているだけしかできないんだよ? 責任なんて取れないんだよ?」

「そんなことは重々承知だ! だからこの場でわたししかできないことをするんだ!」

「なにそれ……」

「見ておれ要君。一世一代の課金プレイ。それを見せようじゃないか!」


 アハハハ、と高笑いをする大家さん。

 なんだよ、一世一代の課金プレイって……頭痛くなってきた。


「あ、でも、要君もちゃんと協力するんだぞ!」

「……」


 俺は何も返事ができない。

 協力できることは協力してあげたいが、無責任に戦争を煽り、その代償が向こうの世界のプノ達の死に繋がることを、簡単に容認できるわけがない。


一体大家さんはなにを考えているのだろうか。

 心配しているのは分からないでもないが、この世界から出来ることなんて限られているのだ。


 そうこうしていると、俺抜きで色々と話が進み、大家さんの案を推し進める方向で動いてゆくのだった。


「アキオさん、どうしたのですか?」


 俺が考え込んでいると、エンデルが心配そうに訊いてきた。


「なんでもない……けど、エンデルはそれでいいのか?」

「それでいいのかと聞かれても、私はアキオさんを信じていますから。きっと何とかしてくれるのです。この前みたいに……」


 なぜか知らないが、エンデルは俺の事を信用してくれている。

 たぶん、マオの件で色々なアイディアで乗り越えてきたことを言っているのだろうか。


「エンデル達が帰れれば、話しは簡単なんだろうけどな……」

「うーん、どうでしょうかね。それもその時でなければ分からないのです。私達が向こうにいても、戦争で負けるかもしれないのです」


 まあ確かにそうだ。たかだかここにいる四人が帰ったとしても、それだけで戦争に勝てるとは限らない。

 ただ帝国とやらは魔導師の存在を恐れているから、その辺りが有利になるというだけだろう。戦争の勝ち負けは、その時にならなければ分からないのだ。


「はあ……でも、俺のできる範囲で協力はするよ。だけど、それで勝てるとは限らないからな」


 大家さんのように『勝てる』と胸を張って宣言することなどできない。


「はい、分かっているのです。でも私はアキオさんを信じています」


 エンデルはにっこりと微笑んで俺の手を握ってくれた。

 そこまで信頼を置いてくれるとは、正直重いけど、協力すると言った以上協力は惜しまない積りだ。

 プノを死なせたくは無いしね。



 ということで、今日の会議はお開きになり、また明日以降作戦立てることにするのだった。

 実際大家さんがどんな手を考えているかは知らないけれども、なにもしないよりはましだと考える。



 夕食を食べ、お風呂に入って、今日は休むことにした。

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