第79話 牢獄のハンプ

 【牢獄では】


 城の地下には、堅牢な造りの牢獄がある。

 一般的な犯罪者を収監する監獄は街外れに建設してあるが、城の牢獄はまた別な用途の為の場所である。

 国家に関する重大な犯罪行為、反逆罪、転覆罪、戦争犯罪の他、貴族や国の重鎮が罪を犯した時に収監される、厳重な牢獄なのだ。


 プノは数名の侍女と衛兵を伴い、その地下牢へと続く階段を下りてゆくのだった。


「英雄プノーザ様、足元にお気を付けください」

「薄暗いのなの……」


 足元を照らす侍女に注意を促される。

 衛兵の先導でどんどん階段を降りて行く。

 地下は言葉通り地上よりも下にあるので、窓もなく日差しも入らない場所である。所々に魔導松明が取り付けられているが、薄暗く気を付けなければ階段を転げ落ちそうになる。

 ひんやりとしていて湿気も多く、階段は意外と滑りやすくなっているようだ。


「ううっ、カビ臭いの……」


 なんとも言えないカビ臭さに顔を顰めるプノ。

 こんなカビの胞子だらけの所に閉じ込められたら、一日としておとなしくしていることなどできないだろう。それを考えるだけで体がむず痒くなってくるプノだった。


 魔族のハンプに面会するのは、あの事件以来初めてである。

 別段プノがハンプに用件がある訳ではない。異世界にいるエル姫の指示で、ハンプへ訊きたいことがあるということで、今回面会するのである。


 階段を下り終わると、見張りの衛兵が二名おり、その先の通路は鉄格子で固く閉ざされていた。

 プノ達が到着すると、見張りの衛兵がその鉄格子の扉の鍵を開きその先へ進むよう促す。どうやらまだ奥にハンプは収監されているようだ。


 扉をくぐると、通路の両端には小さく区切られた部屋が何部屋も連なっていた。もちろんその部屋にも頑丈な鉄格子で閉ざされている。人の力では脱出できないと、一目でわかる程堅牢な造りだ。牢の中は固そうな石造りのベッドと、排泄壺が置かれている。

 こんな場所に閉じ込められでもしたら、気が狂いそうになると、プノは辟易としながら通路を進む。

 今の所この地下牢には、ハンプ以外の犯罪者は収監されておらず、無人の牢が数部屋続いく。


 廊下の最奥までくると、他の牢とは少し異なった造りの牢があり、そこにハンプは収監されていた。

 この牢屋は、魔導師を主に収監する牢らしく、魔導を無効化する処置が施されているのだ。入り口や天井など、至る所に魔法陣が構築されており、入った者の魔導を封印する目的がある。

 魔導師によっては、牢破りをするだけの強力な魔導を操る者もいるので、そういった用途で造られた牢屋のようだ。


 ハンプは薄暗い牢内で固い石造りのベッドの上に敷いた薄い毛布の上に座り、静かに瞑想しているかの如く目を閉じていた。

 ここに来て髭の手入れも出来ないのか、無精髭をその少し老いた顔に蓄えている。

 プノ達一行が牢の前に到着しても目を開くことはなく、静かに瞑想に耽るハンプ。元々細い目なので本当に目を閉じているのかどうかは分からないが。


「ハンプのおじさん、こんにちはなの」

「……」


 プノがそう語りかけると、ハンプはようやくプノの方に顔を向け、瞳を薄く開いた。


「おやおや、プノ様ではありませんか。このような場所に態々おいで下さるとは、このハンプ嬉しく思いますぞ」


 ハンプは本心から嬉しそうな表情でプノにそう語りかける。

 その表情には、この間プノを殺そうとしていた殺伐としたものではなく、また別の親愛の情のようなものが見て取れた。

 その態度に些か虚を突かれるが、今までと態度が変わらないところは安心する材料である。


「体調はどうなの?」

「ははははっ、この老体には堪える場所ですな。特に黴臭いのがいけません。身体が痒くなってしまいますな、はははっ」

「それは心中察するの」


 そう言って笑うハンプに、プノも同情を禁じ得ない。先ほどこの場所に同じ印象を抱いたので、もう数週間も収監されているハンプは、当然嫌気も差すだろうと考えた。

 それでも、多くの人達を騙し、世界を手中にしようと大罪を犯した身なので、因果応報であることに変わりはない。その辺りは反省と共に我慢してもらうしかないのだ。


「して、今日はいったい何の御用ですかな? 刑の日取りでも決まりましたかな?」

「今日はエル姫様が、ハンプのおじさんに話があるそうなの」


 死刑の日取りでも教えに来たのかと思いきや、エル姫が話があると聞き、ハンプは眉をひそめた。


「エル姫様がお話ですと? もしかしてこちらへ帰ってこられたのですか?」

「いいえなの、まだ異世界なの」

「ならばどうやって……」

『こうですわよ、ハンプ。久しぶりですわね』


 首を捻るハンプへ、プノは小脇に抱えていたタブレットを向けると、画面中のエル姫がそう話し出す。


「なぁ、こ、これは、姫殿下……こ、これは、これはいったいどういう……魔導鏡なのですかな?」

『これは異世界の技術というものです。詳しいことはわたくしにも説明できかねます。そんなことよりもハンプ、あなたに二、三訊ねたいことがあります──』


 異世界の技術はハンプに驚きと共に、畏怖させるものに他ならなかった。

 異世界にそんな魔導鏡のようなものがあるなど、考えてもいなかったのだろう。


「牢獄に投獄されたこんな罪人に、今更何を訊きたいというのですかな?」


 自分のしてきたことは理解しており、その野望も潰えた今となっては、後は死刑台への道しか残されていない。いかに弁明しようともそれが覆ることはないのだ。

 ハンプはある意味それを受け入れているようで、穏やかな表情でエル姫へそう質問した。


『あなたが父や祖母、そして国まで欺いていたことをわたくしは、到底許すことはできません。ですが今ここでそんなことを糾弾しても何の利益も生まないでしょう。それは一時置いておきます。これからお訊きすることは犯罪者ハンプ宰相としてではなく、魔族ハンプ個人として正直に答えていただければ幸いです』

「……分かりました。何なりと質問ください」


 エル姫の真摯な申し出に、ハンプは以前と同様に礼節を重んじて受諾するのだった。



 そしてハンプへの質疑が、エル姫によって行われるのだった。



 ◇



 顧客にアプリケーションを納品し、帰る頃には夕方近くになってしまった。


 課長に連絡を入れ、『直帰します』と、軽く言ってみたら、『お疲れさま、ゆっくり休んでくれたまえ』と、軽く言われてしまった。

 いやいや、次の仕事ないの? 休んでいいの? と、慌てて訊き直すと、『仕事はあるにはあるが、今回の仕事も早く終わったことだし、一日二日ゆっくりしたまえ』と、めちゃくちゃ優しく言ってくれた。


 ともあれ、取締役連中との話し合い如何では、会社がどうなるか分からないので、二、三日は様子を見てくれと、暗に言っているのだろうと解釈した。

 来週にはどうなるか方向性が見えると言っていたので、休んで良いと言ってきたのだろう。

 素直に取締役一族が退陣要求に応じればそんなに難しくはないと言っていたが、そう簡単にはいかないだろう。

 最悪は裁判沙汰になるかもしれないと言っていたし、もし面倒な場合は損害賠償を請求し、社員全員結託して会社を倒産状態に追い込み、新たに会社を設立すると言っていた。

 そんな事をして仕事の受注とか取れるの? と心配になって聞いてみると、『その為の布石は打ってある』と、自信満々に言っていたから大丈夫なのだろう。どうやらそこにあの魔法の毛生え薬が効果を発揮しているようなことを仄めかしていた。


 余談だが、昨日のエンデル作の精力剤も課長に渡しておいた。

 あんな危ない薬が家にあるだけで眠れなくなるので、エンデルから会社のみんなに分けてあげると嘘を並べて処分することにしたのだ。

 河原課長はあっちの方が弱っていると聞いていたので、これ見よがしに全部押し付けた。

 すると営業の鈴木課長も、『そんな薬があるならまだ数社は抱き込むことができるかもしれない!』と、半分持って外回りに出掛けてしまったのである……。


 異世界の魔法の毛生え薬といい、精力絶倫薬といい、どうもこの世界では需要が滅茶苦茶あるようだ。

 俺の知らないところで異世界の魔法のアイテムが脚光を浴びているようである。


 これはあまり公にすると大変なことになりそうだ。課長達には硬く口止めしてあるが、俺のあずかり知らない人までその恩恵を受けてしまったら、その内噂が噂を呼び大騒ぎになってしまうかもしれない。少し自重することにするよ。



 という事で、久しぶりに都心に出たので、顧客から戻る途中色々なお店に寄ってみた。

 異世界のみんなに何か楽しんでもらえるものがあれば買って行こうと思ったのだ。

 どうせ取り急ぎする仕事もないので、余暇を過ごすためにいいかと思ってね。


「お、ボードゲームで遊ぶか? いやいや、ネトゲで遊んでいる奴等には物足りないか? いや、でもこれはこれで楽しいからな……〇生ゲーム……オ〇ロがある、あ、でもこれならパソコンでリバ〇シ出来るからな……トランプも楽しいよな、U〇Oも面白いし……コヨーテは笑えるかもしれんな……おっ、こんな所に小悪魔グッズが……これは買いかな……」



 などなど、そんな事を思いながら買い物をして帰る俺だった。

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