第78話 久々の出社
スマホの目覚ましでビクッと飛び起きる。
どうやら寝ていたようである。5時ぐらいまで起きていたような記憶があるが、今は6時……一時間も寝ていないようである。
今日は久しぶりに会社へ出勤だというのに、昨晩は大変な目に遭った。エンデルの作った栄養剤のお陰でギンギンに眼が冴えて眠れなかった。まったく……睡眠不足も甚だしい。
だがしかし、睡眠不足とはいえ、気怠さはなく気分爽快、元気バリバリなのは、あの栄養剤のお陰なのだろうか。
まるでヒロポン錠を服用したような感じだろうか。いや失礼、そんなもの服用したことはないが……。
「おはようございます、アキオさん……どうして床で寝ているのですか?」
床でうだうだしていると、エンデルがベッド上から心配そうな表情でそう言う。
「お、おお、おはようエンデル。いや、なに、寝ている時ベッドから落ちたらしいな……あはは、あの薬のお陰で元気になったからかな? あははは……」
ギンギンに元気になって襲いそうだったから、なんて言えないよな……。
「そうなのですか? もう、心配させないでくださいなのです。隣にアキオさんの気配がないので、アキオさんがどこかへ消えてしまったのではないかと思ってしまったのです」
「どこに消えるんだよ。エンデル達じゃあるまいし、転移とかできないから」
「ほっ、良かったのです、寂しかったのです、いつもの温もりがなくて……」
エンデルは心底ほっとしたような顔でそう言った。
もう、可愛いんだから……。
当然ここは俺の部屋だし、いなくなるとしても便所に行くぐらいだ。
「よしそれじゃあ起きるか。今日は会社に出社だからな」
「はい! アキオさん!」
こうして俺は、久しぶりに会社へ向かう準備をするのだった。
普通に定時の時間帯に出勤すると、社内は緊迫したムードで仕事をしている奴等の空気で満たされていた。
いつもならまだだらだらとしている奴等も、モニターを睨みながら必死にキーボードを連打する音を響かせている。誰一人としてだらけている奴はいない。みんな真面目に仕事に集中しているようだ……。
俺が在宅で仕事をしている間に何があったのだろうか? こんなにクソ真面目に仕事をしている社内など初めて見るよ。
「あれ? タイムカードが無くなってる……」
入り口に備え付けてあったタイムカードの機械が忽然と消えている。
はてさて、どうしたものか……。
出欠や残業管理はもうしていないのだろうか?
「よう、おはよう後輩山本君」
俺のブースの隣の後輩君の所を覗くと、後輩君もいつになく真面目にモニターを睨み付け仕事をしている。ちょっと声を掛けるのも気が引けたが挨拶をして、この状況を説明してもらうことにする。
「あ、うぃっす~先輩、久しぶりっす!」
「な、なあ、どうしたんだ? こんな時間からお前どころか、みんなが真面目に仕事してるなんて、変な薬でも飲んだのか?」
奇妙な栄養剤を飲んだのは俺だけどね。
「いやぁー、課長の方針で、残業は極力なし、休日も休めという事なんで、期日まで仕上げるには真面目にやらないとまずいんすよ」
「そ、そうか」
そりゃそうだろうな。
今まで期日に合わせてだらだらと仕事して、残業しているふりして時間を無駄にしてきているのだからね。休日も強制的に休めと言われたら、その分どこかで時間を詰めていかなければならないのだ。
でもまあこれが本来の姿なのだろうけどね。
「でも、自由な時間も増えて休日もゆっくり休めるっすから、悪いことばかりじゃないっすよ。それに給料も変わらないっすから、いう事なしっす」
「そりゃそうだ、今まで残業代貰ってないからな。それで給料が減ったらそれこそ超ブラック企業だ」
「そうっすね、でも今後は能力に応じて給料も上げてくれるみたいっすから、みんなやる気出してるっすよ!」
なるほどね。河原課長の社内改革が進んでいるようだ。
実際普通の会社はこんな低次元なことはないだろう。仕事が早くて、良いもをを納品すれば、自ずと業績も上がるし、給与面に関しても優遇されて当たり前なのだ。仕事の受注にしてもより多くの仕事をこなすことができれば、会社の業績も上がり、社員の給与も向上してゆくのが当たり前の構図なのである。
それをしてこなかったこの会社が、今までは低次元の会社だったってことだろう。
「ところでタイムカードはどうしたんだ?」
「ああ、あれっすか。撤去されたっす」
「へーっ、部長の趣味が無くなったな」
「そうっすね。でも課長の話では、何時に来て、何時に帰ってもいいそうっすよ。その日のノルマを消化していれば、問題ないそうっす。それにはきっちりと工程表を提出してからっすけどね」
ほうほう、どうも革新的に会社は変わろうとしているみたいだな。
なんか期待が持てる会社になってきたよ。
「ところで先輩、今日は何しに来たっすか?」
「なんか来ちゃ悪いような言い方だな……一応俺もここの社員なんだがな……」
「そうでした。いや、課長に違う仕事頼まれてたんじゃないんすか?」
「ああ、それとは別に、今日は俺の仕事の納品で、顧客に行くんだよ」
「えっ? あの仕事先輩がしてたんっすか? 課長に回したんじゃなく?」
「ああ、俺が仕上げたぞ」
「えええっ、いつの間にそんな仕事してたっすか? てよりも、仕事早すぎないっすか? 納期はまだ先だったんじゃ?」
「向こうさんの要望は、納期は最低限決めているが、早ければ早いだけ良いという事だからな。早いに越したことはないんだよ」
納期通り納めなければならない時もあるし、アプリケーションによっては、出来るだけ早くしてくれといった場合もある。今回は顧客先のサーバーを止めてまで入れ替えるようなプログラムでもないので、早く欲しいというのが要望だったのだ。
「おっと、余り仕事の邪魔をしちゃ悪いよな。まあがんばれ後輩山本君!」
「ういっす! あ、そうだ、土日休めるようになったっすから、是非誰か紹介してくださいっす!」
くっ……まだ言ってやがる……。
「ああ、分かった、気がむいたら遊びに来い。何人か紹介してやるよ」
ピノとかマオとかでいいならな。いい遊び相手になってくれるかもしれないからね。
姫さん二人はこいつには敷居が高いだろうから、顔見せにとどめておこう。
てらっ、と表情を輝かせ、マジっすか! 約束っすよー! と元気に言いながら、よーし頑張るっす! と仕事に向かう後輩君。
紹介するのが幼女(向こうの世界で15歳、こちらの世界で13歳ぐらい)だと知ったら、こいつはどう思うだろうか……一応向こうでは成人しているらしいが、こちらの世界では幼女である。おまけに一人の中身は580歳越え。どう考えても非常識だ。
まあ俺には関係ないか。
そんなこんなで、課長の所に寄ってから顧客へと向かうことにする。
色々と無理を聞いてもらっているので、顔を出さなくてはならないからね。
「お、おはようございます……」
課長の所にゆくと、そこには河原課長の他に二人おり、三人顔を突き合わせ、神妙な面持ちで何かを話し合っていた。
俺が挨拶すると、一斉に顔を向けてくる。
「おお! おはよう要君! みんな、僕等の救世主のお出ましだ! ささ、要君そんなん所に立っていないで、座りなさい。いや、お座りください」
「……」
どうも、上客のような待遇を受ける俺。
河原課長以外の二人も、俺をまるで神様でも見るような感じで拝んでいる。
というか、この二人は誰だろう。そう思って記憶を弄る。
ああ、なるほど……合点がいった。三人共に以前はハゲだったのだ。しかし、今では三人共に髪の毛がふっさふさである。二人は営業課の鈴木課長、それに経理課の課長だろう。特に経理課長など、たった今伸びてきましたといわんばかりの長髪である。
ゴミ箱を見ると、申し訳程度の髪の毛が捨てられている。実際今さっきあの魔法の薬を使ったのだろうと考察できる。経理課長は感極まって涙を流しているのがその証拠だね。
「いやいや、要君。君のお陰で万事上手く進んでいるよ。昨日最終通告を部長に提示してきたところだ」
河原課長は満面の笑みでそう言った。
「ははははっ、要君にも見せたかったよ。あの部長の情けない面を」
鈴木課長も楽しそうにそういう。経理課長はその横で自分の髪の毛をさらさらと愛着を込め撫でている。
「数日中には社長と専務を交え、部長の経営手腕の無能さゆえに被った損害、および社員が被っている被害を白日の下に曝すことになる。それ如何によってこの会社の経営権を、一族に放棄してもらうことになると考えている」
「は、はあ……」
どうやら予定通りこの会社の乗っ取り計画も進行しているみたいである。
どんな手法で部長連中に経営権の放棄を促すのかは分からないが、相当自信があるような感じだ。
「俺にはよく分かりませんが、皆さん頑張ってくださいね」
どちらにしても俺が首を突っ込める案件ではないので、応援に徹しようとしたのだが。
「何を言ってるのかね要君。君のお陰で会社が良くなるんだ。会社の経営権を委譲、若しくは最悪新規に会社を立ち上げることになるかもしれない。どちらにしても以前も言ったように、君には重要なポストについてもらうことになるからその心積りでいてほしい」
「あいや、ですから俺はそこまで求めていませんから……」
髪の毛が生えただけだよ、そこまで大袈裟な事じゃないでしょ? いや大袈裟か……。
けれども俺のお陰といっても、本来は異世界の魔法というもので、ピノから貰った薬なんだから、俺は全く無関係なんだよね。
むしろ俺もその恩恵を多大に受けているわけであって、言ってみれば棚ぼただし。
もっとも俺に会社の経営をどうこうなんて、まだ荷が重い。
というか、今は異世界人の面倒を見るのに忙しいので、余計な忙しさは勘弁してほしいのです。
という事で、顧客への納品云々よりも、会社の行く末の話が小一時間続くのだった。
◇
【英雄プノーザ様】
異世界の城では、プノを中心とした研究機関が設立されていた。
数十名の魔導師が国中から集められ、異世界に転移してしまった姫二人と大賢者とその弟子をこちらの世界へと戻す研究に明け暮れているのである。
それとは別に、
「英雄プノーザ様。お茶が入りましてございます」
「英雄プノーザ様。本日のおやつはいかがいたしましょう」
「【れいぞーこ】というものにアイスが冷えておりますが、お召し上がりになりますか」
等々、お付きの侍女と警護の兵士たちがわんさかと付いて回っているのである。
「あぅ……英雄はやめてなの……プノの実力じゃないの……異世界の技術の勝利なの……」
亜紀雄から頂いたスタンガンで、魔族のハンプを一撃の元に行動不能にした功績を認められ、教皇より英雄の称号を受けることになってしまったプノ。
棚ぼた的功績に、おおいに戸惑うのだった。
「なにを仰います。英雄プノーザ様が居られなければ、この国は、いえ、この世界は既に魔族の手中にあったのです。誇れこそすれ、卑下するものではございません」
「あぅぅ……でも、英雄はやめてなの。プノはプノで十分なの……」
「いいえそういう訳にはまいりません。この世界の英雄様を呼び捨てになどできますでしょうか。申し訳ありませんが、そのお願いは死んでも聞くことはできません。ご容赦ください」
「あぅぅぅ……なの……」
小さな体を余計縮こまらせ、身の置き場のないプノだった。
魔族のハンプは、城の地下にある魔導結界の張ってある牢獄に囚われている。腐っても魔族の先導者であったハンプは、この国の中でも優秀な魔導師の一人であった。
現教皇よりも強力な魔導を操ることができると、もっぱらの噂である。異世界に転移してしまったエル姫と同等かそれ以上の使い手という事らしい。
「お昼からは、ハンプのおじさんの所に行くの。その準備をお願いするの」
「畏まりました」
「先ずはお茶に致しましょう。アイスはどういたしますか?」
「食べるの。ばにら味が良いの、侍女さん達も一緒にどうなの」
異世界から冷蔵庫を送ってもらい、いつでも冷え冷えのアイスやプリンなどのデザートを食べることができるようになった。
無くなったら注文すれば、すぐに亜紀雄が補充してくれるので、好きなだけ美味しいアイスを堪能できるのである。
「きゃあああ~っ! よ、よろしいのですか? 英雄プノーザ様⁉」
侍女たちは一斉に黄色い悲鳴を上げる。
一度食べたら忘れられないその冷たさと美味しさに、一同酔心しているのである。
故に、英雄プノーザ様のお付きになれば、アイスを食べられるかも。といった噂が瞬く間に広まり、姫二人がいない今、暇を持て余す大勢の侍女がプノに張り付いているのである。
「あぅ……え、遠慮なく食べてなの……」
毎日アイスの消費量が徐々に増え続ける一方である。
これは異世界の亜紀雄にまたすぐに注文しなければ、そう思うプノだった。
にしても城でアイスフィーバーが巻き起こり、アイスの消費が際限知らずで増えるとは、今時点プノは知る由もなかったのである。
異世界も未だ平和に時は流れているのだった。
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