第77話 会社も動く

 【ダンディ課長】


 河原課長はこの数週間、数々の証拠集めや根回しに奔走していた。


「よし、これで準備は整ったな」


 この数週間、再三のように取締役部長から呼び出しを受けていたのだが、まだ準備が整っていなかったため、何かと理由を付けて呼び出しを断っていた。

 そしてとうとう痺れを切らせた部長が、先程内線で受話器が壊れるのではないかというほどの剣幕で呼び出してきたのだ。

 以前まで(髪の毛が無かった頃)の課長なら、電話機の前で冷や汗をカッパ頭に滲ませ、ぺこぺことしながら挙動不審に対応し、電話を切ると取る物もとりあえず急いで向かったものだ。だが今の課長はもうそんな小心者ではない。

 泰然として電話を受け、『三十分ほどお待ちください』とハッキリと言い切り、部長を待たせる肝の座りようである。当然部長は怒り心頭に、『今すぐ来い‼』と、怒鳴り散らしたらしいが、そんなことも気にも留めない課長だった。会社の金でキャバクラなどへは、もう行かせないのである。


「ふっ、今の内吠えているがいいさ。すぐに地獄に突き落としてあげるよ」


 そう呟きながら膨大な書類を纏め、営業部へと向かう。


「よう、鈴木。行くか」

「おお、準備はいいのか?」

「ああ、万端だ」


 営業部の鈴木は、亜紀雄から貰った毛生え薬でふさふさになった髪の毛を、豪快に掻き上げる。以前までの地肌が丸見えのバーコードは影も形もない。

 その自信に満ち溢れた表情は、河原をも凌ぐほど自信満々である。


「さあ行くとするか。若造(部長)がお待ちかねだ」

「ははっ、以前は情けないほどヘコヘコしていたのに、変われば変わるもんだな」

「ふっ、鈴木、お前だってそうだったろうが」

「違いない、あの毛生え薬のお陰で、営業実績もうなぎ登りだしな。いいこと尽くめだよ」


 営業先でも、以前はあともうひと押しができなかった鈴木課長。髪の毛ふっさふさな自信が後押ししてくれ、そのひと押しが出来るようになった。取引先でも鈴木の精力的な営業姿勢に腰を引くぐらいだという。


「それは良かったな。後はEDが治れば言う事なしなんだが、そう上手く行かないものだな」

「なに、あれは精神的なものが大きいんだろ? その内回復するさ」


 自信が復活したのだから、その内回復するとはいうが、どうにも良くならない。

 会社のゴタゴタを整理してしまえばもっと晴れ晴れとした気持ちになれるのだろうから、その時は治るかもしれないと期待する。


「そうだな。そう祈るよ。ところで、例のクライアントはどうなった?」

「おお、この会社の上位顧客三社のトップは、例の魔法の薬で懐柔成功だ! 何があろうとも、こちら側に付いてくれると確約を貰っているよ。なんなら新会社を設立し、その会社に投資しても良いというぐらいの勢いだったぞ。ほら、確約状もあるぞ」

「そうか、それは上出来だ!」


 この会社に仕事を依頼する上位3社のトップがハゲだったことは、まことに僥倖である。

 あの魔法の毛生え薬で、相当気を良くしてくれたようだ。やはり髪の毛の悩みは根深いのだと、頷き合う二人だった。

 確約状も貰い、法的にも有効なものに仕上がっていることは、なお喜ばしいことである。


「経理も抱き込んでいるのか?」

「ああ、抜かりはない。奴も若造(部長)にイジメられていた口だからな。僕の計画を聞いて、先週から領収書の受け取りを拒否してくれている」

「なるほどな。なら相当怒っているな」

「という事でえらい剣幕で内線がかかってきたわけさ」


 『何故経費が出ない。オレはこの会社の取締役だぞ!』そう言われても一切経費は渡すなといってある。経理課長は、『会社の資金が底をついています。これ以上は交際費をお支払いできません。社員の給与はどうするのですか?』と言ったらしいのだが、『社員の給料などどうでもいい! 交際費が無ければ仕事も来ないのだぞ!』と訳も分からないことを言っていたらしい。

 本来の仕事など一切していない、取締役部長の口からそう言われたのだがから始末に負えない。そんな理不尽な言葉に経理課長は、『社員の何倍も貰っている役員報酬でその経費は賄って下さい』と、軽く突っ撥ねたそうだ。

 資金が無ければ取締役から優先して報酬カットするのが基本だろう。そんなことも分からない無能な取締役に経費など払えないのである。

 ちなみに資金は、まだ底を突いてはいない。無能な部長に経費をこれ以上使わせないためである。既に金融機関も、取締役には一切介入できないように手を打ってある。総務課長も兼任している経理課長の手腕があればこそだ。

 当然経理課長もハゲている。魔法の毛生え薬は残りあと一人分あるので、その期待も経理課長を動かすに足る起爆剤になっているのだ。


「さて行くか!」

「おお、いざ、カチコミだ!」


 二人は意気揚々と部長室へと向かうのだった。



「「失礼します」」


 そう言って部長室へ入室する二人。


「だ、誰だお前達は?」


 二人の凛々しい男性が入室してきたのを目にした部長は、何事かと問い質す。

 元々ハゲだった二人を久しぶりに見た部長は、その変わりように河原課長と鈴木課長と同一人物とは判断できなかったのだ。


「失礼ですね部長。社員の顔も忘れたのですか? 河原ですよ、か、わ、は、ら」

「鈴木ですよ、す、ず、き」

「な、はぁ⁉」


 本人から直接名前を聞いてもピンとこない部長。

 それ程までに二人の容姿は見違えているのである。


「お、お前等がハゲの河原と鈴木? 冗談も大概にしろ! どう見ても別人じゃないか! 河原と鈴木はハゲていたはずだ、そんな冗談みたいに頭髪が生えている訳ないじゃないか! というか、顔つきまで違うじゃないか! カツラにしてもほどがある……」

「おやおや、ハゲハゲと失礼な方ですね。どうも信用していただけないようですね」

「やれやれ、これでどうですか部長?」


 河原と鈴木は、若かりし頃の社員証を部長に提示する。

 その写真には、髪の毛が豊富な頃の河原と鈴木の初々しい姿が収められていた。多少歳は取ってしまったが、髪の毛が増えた今となっては、その面影が色濃く残っているのだ。


「こ、これは……」


 その社員証と二人を見比べて目を丸くする部長。

 目の前の二人が大変身している事を、納得せざるを得ない状況になってしまった。


「どうでしょうか? 信用していただけますかね」

「うぐっ……」


 いつもならヘコヘコと媚びを売るような河原が、堂々とした姿勢で話す姿に腰を引く部長。


「では、お話を始めましょうか」


 そう切り出す河原。

 部長は待たされていた苛立ちもすっかり忘れてしまい、河原の主導で話し合いが始まるのだった。




「みんな残業もせず定時で帰るようになっているそうじゃないか? 土日も休んでいると……」


 いつものように頭ごなしに強く言いたいのだろうが、幾分トーンを落とした形になってしまう。


「はい、無駄な残業や休日出勤はやめる方向で全員に周知しております」

「た、タイムカードは、ど、どうしたのかね……」

「そんなものは必要ありません撤廃しました。サーバー管理をしていれば、アクセスによってどの社員が作業しているなど管理できます。故に出欠も分かるというものです。ゆくゆくはフレックスタイム制を導入しようとも考えています」

「そ、そんなこと、私が許さん……ぞ……」

「許す許さないではありません。残業手当も支払わない会社が何を言っているのですか? この体制にしてから社員全員の仕事の進捗も、以前より捗るようになりました。納期に間に合わない時だけ残業を許可しています。それも手当てをちゃんと支給しますよ」


 二週間ほど前から部長の許可もなく独自に施行した勤務体制。タイムカード撤廃、残業は極力しない、休日は休む。その事を徹底した結果、仕事が順調に捗っているのである。

 能力いかんによっては昇給をするとも確約しているので、社員は一層やる気を出しているのだ。


「わ、私はこの会社の取締役だぞ! そんな勝手なことをしてただで済むと思っているのか!」

「はい、ただでは済まないでしょうね。これからお話しすることは──」


 どさり、と書類を部長の机の上に乗せる河原課長。


「──この会社の今後を決める重要なお話ですから」


 ニッコリとした表情が、どこか人を追い詰めるような河原である。



 会社の命運をかけた話し合いが今、まさに始まろうとしていた。



 ◇



 ──こ、これはヤバイ……。


 俺は布団の中で目をギラつかせながらそんな事を思う。

 それは何故かと問われれば、先程の一件にまで話は遡る。



 昼間、草むしりを終え自由時間を迎えたエンデルは、コリコリと、こちらでいうところの薬研やげんや、乳鉢にゅうばちというのだろうか、そのようなもので何かをしていた。

 異世界にいるプノから色々と物資を取り寄せ、薬を調合しているかのようだった。

 俺も仕事の最後の追い込みだったので、好きにさせていたのだが、寝る前になってその正体が判明したのだ。

 ちなみに魔女の薬調合は、意外と地味なものだと思った。こう、なんというのだろうか、壺を掻き回していたり、怪しい色の液体を垂らすと、ポン! と、爆発するようなイメージを勝手に想像していたのだ。しかしそんなことはないのだとエンデルを見て思った。まるで漢方薬を調合している人のようだった。

 まあ爆発するのは、アニメや映画に出て来る魔法使いの手法だよね。そんなのが現実にあったらマジで怖いよ。


「アキオさん、今日でお仕事も一区切りなのですよね。お疲れ様なのです!」

「お、おう、ありがとうエンデル……」

「さぞお疲れでしょう。つきましては先程栄養剤が完成いたしました。お疲れの体にバッチリと効くのです! ささ、アキオさん。どうぞお飲みになって下さいなのです!」


 エンデルが差し出したのは錠剤状のものだった。ぱっと見正露〇かと思ったが、匂いで別物と判断した。


「お、おう、そうか、なら遠慮なく飲ませてもらうよ」


 若干生臭いような気がしたが、俺の為に一生懸命作ってくれたのだから、飲まないわけにはいかないだろう。無下に断る程、そこまで俺は人でなしではないのだ。

 明日は久しぶりに会社に出勤だし、元気になるもいいだろう、と、簡単に考えた。そう簡単に……。

 そうして俺はその栄養剤とやらを飲んだのだった。




 ──断っておけばよかった……。


 今になってそう後悔しても始まらないだろう。

 それは何故かと言うと、その薬を飲んだおかげで、物凄く元気になってしまったのだ。

 疲れが取れるなら良しとしよう、寝起きに爽快感があるならなお最高だ。と思って布団に潜り込んだのだが……。


 ──ギンギンじゃねーか!!


 一粒300メートルなんてものじゃない。

 これはひょっとして栄養剤ではなく、精力剤の間違いじゃないのか? そう思うほどに動悸が激しく、目も爛々と冴えわたる始末。さっき鼻血も出たし……手に負えないのは俺の意志とは、まったく無関係に猛り狂うマイジュニアである。マジ眠れない……。

 たった一粒でこんなにも元気になるものなのだろうか? バイ〇グラやレ〇トラなんかより強力なんじゃね? 飲んだことないけど……。


 エンデルは先程俺が眠るまでじっと待機(寝たら抱き付くために)していたようだが、俺があまりにも眠らないので、眠気に負けてすやすやと眠ってしまった。

 こんな精力剤みたいなものを飲ませておいて、ほんといい気なものだ……。

 下手をすれば抑制まで吹っ飛んでしまい、隣で寝ているエンデルへ手を出してしまいそうになる。今まで自制してきたのが水泡に帰してしまうではないか……。


「……むにゃ~アキオさん~大好きなのですぅ~むにゃむにゃ……」

「──うぐっ……」


 突然の寝言に心を鷲掴みにされた。

 隣で可愛く眠るエンデルの顔を見ると、自然と手が伸びて行く。

 はっ! 駄目だ駄目だ、エンデルは異世界人なのだ。異世界へと帰れば、きっと幸せに暮らせるのだ。そう思い直し手を引く。


 ──賢者たれ俺!



 俺はそっと布団を抜け出し、朝まで床で悶々と過ごすのだった。

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