第二章 混迷する異世界と会社
第76話 第二章・プロローグ
異世界との騒動から半月ほど経ったある日。
現在取り掛かっていた仕事も順調に終わり、明日はユーザーへと納品となる。
デバッグに少し時間を要してしまったが、納期まで余裕をもって仕上がったので何の問題もない。結局自宅で作業しているので、残業もなく仕上げることができたので言う事なしである。
一度会社へ出社し、顧客へと納品にゆくことになる。これだけはどうしても自宅では無理な仕事である。よって久しぶりに明日は会社へ出社なのだ。
「おーぃ、エンデル。みんなを呼んで来なよ」
晩飯の支度も整い、皆揃ってご飯の時間である。
「はーぃ、アキオさん!」
エンデルはいつものようにニコニコと皆を呼びに行く。
こちらでの生活もおよそひと月を迎え、だいぶ順応してきているようだ。掃除や洗濯は勿論料理も三食作ってくれ、俺にとっては非常にありがたい存在になりつつある。本人が妻といって聞かないが、本当に俺の嫁になったような気が最近しないでもない。
どちらにしても無理強いしている訳ではないので、エンデルの好きなようにさせているのだが。
ちなみに裏庭の草むしりももうじき終わりそうである。かなり広かったので往生しているようだ。
それと自由時間は、エル姫さんとフェル姫さんは、向こうの世界の事でプノを介して色々と奔走しているみたいだ。
二人の父親と連絡を密に取り合い、帰れる方法がないものか試行錯誤している。結局まだ帰れるかどうか分からないのだが、地道に進めているようだ。
ピノと魔王プルプルは、大家さんの所でネトゲなどを楽しんでいる。
魔王は大家さんの事を主と呼び、従順に従っているようだ。もうエンデル達を付け狙う事は諦めたみたいである。
魔王プルプルと呼ぶのもあれなので、『マオ』と呼ぶことにした。プルプルと呼ぶには少し笑ってしまうので、無難な呼び方にしたまでだ。
という事で、みんな集まり夕食の時間である。
「結局大家さんもうちで毎日食べるようになったんですね……」
「うむ、良いではないか。一人増えたぐらいではたいした変わらんだろう? それに食材も多少は援助しているのだ。食べる権利はあると思うのだが?」
大家さんは食費を少し補填してくれる代わりに、毎食の食事はここで食べるようになってしまった。
「そ、それに関してはありがたいです。確かに一人分ぐらいエンデルの食べる量に比べれば、たいしたことはないですからね」
「もう、アキオさん~褒めないでくださいなのです~」
「いや……褒めてないんだが……」
エンデルの食欲は相変わらずである。
「おい、マオ。お前はもうこの世界に慣れてきたのか?」
「うぬ、まあ、なんだ、色々と楽しい世界だな。我は気に入ったのだ」
魔王は既に向こうの世界に帰る事を放棄し、この世界に骨を埋める覚悟をしたらしい。
魔族のハンプという爺さんに嵌められたと聞いても、それほど悔しくなさそうで、却って気分が晴々としたような態度だった。
魔王がどういった立場だったのかはよく知らないが、そんなものなのだろうと納得するしかない俺だった。
「そうか、それは良かったな。それなら少し手伝いでもしたらどうだ? みんな草むしりしているのに、お前は毎日だらだらしていたら、いい大人にはなれないぞ?」
「うぬ? なにを言うか、こう見えても我は200年も生きているのだ。封印されていた期間も含めると700年だ! どうだ、参ったか。だからだらだらしたっていいではないか。なぁ~はははっ!」
無い胸を張りながら、自分の生きてきた年数を誇らしげに威張り、大笑いするマオ。
向こうの世界で約700歳……こちらに換算しても約580歳ぐらいかよ……。
ただの超ロリババァじゃねえか……自慢するところはそこじゃないと思うが。
「あのさ、その体はどう見てもまだ幼女なんだぞ? てか、500年も封印だかでだらだらしてたんだろ? 今更だらだらするな! そんなことよりもこの世界には、働かざる者食うべからず、というありがたい言葉がある。少しは何か役に立つことをしないと、飯抜きにするぞ?」
「なぁ! そ、それは困るぞ……主よ、それは本当の事なのか?」
飯抜きという言葉に顔を蒼くするマオ。その事を確認するために大家さんに話を振る。
「うむ、心配するな。それは金のない奴の僻みみたいなものだ。金さえあれば働かなくても食うことができる。わたしのようにな! ハハハハハ!」
「そうなのか! 金か、うぬ、金だな! 我も金を持とうではないか!」
「あのさ、そのお金を稼ぐためにみんな汗水流して働くんだよ! てか大家さん、この世界の富裕層以外の人達を敵に回すような発言はやめて下さい! さあ、全世界の大半の勤労者に向けて謝って下さい」
みんながみんな大家さんのように財産持ちじゃない。あくせく働いて糧を得、日々を細々と生きている人が大半なのである。
「ん? 謝るのはいいが、本当の事だからしょうがない。金があれば働かなくていいからな」
「それはそうですけど……」
だから話を振る奴を間違えている。
けど言っている事は間違っていない。間違っていないのだが、親の財産を何の苦労もなく貰った引き籠りの意見だという事が、どうも癪に障るではないか。
まあどうでもいいか……。
「さあアキオさん。みんな揃っていますので、早く食べましょう!」
「お、おお、そうだな……」
エンデルが痺れを切らせそう言う。
食べ物を前に待ちきれないのだろう。
今日はカレーである。
大鍋に作ったカレーは、いい香りを部屋に充満させていた。ご飯も炊飯ジャーで二つ炊いている。大所帯になったのでこれでも足りるかどうかわからないな。
「それじゃあいただきます!」
俺の合図でみんなが『いただきます!』と唱和する。
「カレーは美味いよな! きっとこれも向こうの世界では大受けだね。カレーのお店もいいかな?」
二度目(魔王と姉姫が来る前に一度作ったことがある)のカレーにご満悦のピノ。フライドチキンの次の目標にカレーを掲げているようだ。
「姉様、どうですか? 少し辛いかもしれませんが」
「ええ、美味しいです。この世界の料理には驚かされるばかりですね」
エル姫さんとフェル姫さんも朗らかにそう言う。
二人は、共に話し合いの末和解したようである。どちらにしてもこちらの世界に来てしまった以上、いがみ合っていてもしょうがないので、それはそれで良いことだと思う。
今では二人仲良く異世界へ帰る手段を模索中なのである。
「向こうの世界の料理だって不味いわけじゃないよな。こないだエンデルが作ってくれた異世界料理も意外と美味しかったぞ?」
「あ、あれはこちらの調味料というものをふんだんに使っておりますので、格段に美味しくなっております。むこうの世界の味付けは基本薄味ですので、こちらの世界のように味覚に訴えるものは少ないのです」
「へーっ、調味料が貴重な世界なのかな?」
「そうですね、調味料の種類がそもそも少ないのです」
姫さんが言うには、こちらの世界の料理は濃い味で美味しいのだという。
まあ実際素材の旨味もあるだろうけど、大方は調味料で味が決まるようなものだからね。
「う~ん、このカレーは何杯でも行けるのです!」
皿に山盛りのカレーライスをスプーンで掻き込むようにして食べるエンデル。
既に二杯目に突入している。まったく、気持ちいいぐらいの食べっぷりだ。
「そんな急いで食べなくてもいいだろうに……ちゃんと噛んで食べなさい」
「はいなのです。でも、美味しくてスプーンが止まらないのです!」
「まあ、どうでもいいか……」
という事で、わいわいがやがやと楽しき我が家の食卓。
これが最近では当たり前の日常になりつつある。少し前まで一人寂しくコンビニ弁当をつついていた時とは雲泥の差だ。
それも俺以外はみんな女性、なんかちょっとしたハーレムみたいな感じだよね。
と、そんなバカなことを考える俺だった。
斯くして俺達は平和な日常を送っている。そして、異世界がこの後とんでもないことになるとは、今はまだ誰も知らずにいたのだった。
【異世界のとある場所】
「魔王もいなくなった。魔族の先導者も囚われた。聖教国のトップであろう教皇は腑抜け、次期教皇候補も異世界へと、大賢者も同じく……これは……みなの意見はどうだ?」
数段高くなった場所にある玉座に座る者がそう告げる。
「全くその通りにございます、皇帝陛下!」
「いまこそ覇権を我等が帝国へと帰属せねばなりません!」
「魔王も勇者もいない今、聖教国などにいつまでもへりくだっている場合ではありません」
「そうですとも、元来我等が崇拝する神は、聖教国のエロ女神(女神エローム)などではないのです。戦いの神(闘神ガッチーム)なのです!」
「陛下、今こそ御英断を!」
皇帝と呼ばれた者は、玉座で頬杖を突きながら、足元で喧々諤々と意見を述べる臣下たちを睥睨する。
そしてさっと腕を振り、場を静めた。
「うむ、みなの意見は理解した。我等が恐れる魔導を操る教皇は腑抜け、聖教軍は我が帝国軍の足元にも及ばないほどに軟弱。そこは付け入る隙があるというものだ。だが使者の話に依れば、魔族の先導者である者を一撃の元に倒した魔導師がいるという話ではないか」
帝国では魔導の力を持つものは少ない。
元来武闘派の獣人の国が、周辺諸国を支配下に置いた国なのである。魔導より筋肉。そういった脳筋集団なのだ。
「恐れながら進言いたします。確かに魔族の先導者を一撃の元に倒したことは恐れるに足る魔導師かもしれません。しかしながらその魔導師はまだ子供だというではありませんか。いかな大賢者の弟子とはいえ、そんな子供ごとき恐るるに足りませぬ。我等帝国兵が子供一人に恐れをなすほど、帝国兵は軟弱ではありませぬ」
「そうですとも、大賢者もおらず、有能な姫君もいない今、雑多な弱小魔導師など脅威にはなりますまい。遍く全て、我等の筋肉の前に平伏すことでしょう」
「御心配とあらば、そんな子供魔導師など暗殺をも可能でしょう。我が帝国には優秀な隠密部隊もおります故」
臣下達は口々に皇帝の懸念を払拭するようなことを言う。
その言葉に皇帝は自信を深めてゆく。
「ふん、貴様等に言われなくとも分かっておる! 我が帝国に敵う国など端からないのだ」
皇帝は玉座から悠然と立ち上がり、
「皆の者良く聞け! 皇帝ガイールの名のもと、ここに宣言する!」
玉座の脇に立て掛けてあった剣を持ち、鞘から抜き放つ。
白銀に輝く切っ先を天井へと翳し、
「我が帝国は、聖教国エローム、及び魔大陸へ向け宣戦布告をする!」
──うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
と、その言葉に一斉にどよめく臣下達。
「将軍、軍備を整えよ! いかほどで全軍揃う?」
「はっ! 五十日を見ていただければ、万全に!」
「よし、使者を聖教国と魔大陸へ派遣せよ! 宣戦布告の書状を届けるのだ! 開戦は今日から七十日後!」
「はっ! 承知いたしました!」
「帝国傘下の国へも通達! 強制徴兵と伝えろ! 六十日後までに集結せよ、とな。拒否などしようものなら国を亡ぼすとも伝えるのだ!」
「はっ‼」
皇帝ガイールの命に慌ただしく動き出す。
それを見ながら皇帝は、怪しい笑みを湛えながら、目の前で剣を鞘へとしまう。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ、ふぁーははははははははっ! 見ておれ聖教国と魔族の腑抜け共! この世界は我が帝国が戴く。このガイールがな! 魔導など邪道、力こそ正義! 筋肉こそ最大の武器! それを見せつけてやるわ! ふぁーははははははははっ!!」
皇帝ガイールの高らかな笑い声が木霊する。
世界は混沌とした戦へと動き始めるのだった。
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