第69話 エンデルの覚悟

 召喚の間に大魔導師ムエンタ、もとい、魔王プルプルが入室してきた。


「来たよ、プルプル!」

「いよいよですね」


 若干半笑いのピノが魔王が来たことを告げる。

 謁見の間での出来事は、一言一句漏らさず聞いている。日向が用意してくれた監視カメラのお陰で、生中継でその状況を観ることができた。

 大魔導師とは仮の姿。魔王がプルプルという名前ということに、緊張感が一気に緩んでしまったが、そう笑ってもいられないのが現実だ。

 不謹慎にも笑ってしまったことに気を引き締め直す。


「お父様もうまく演技していてくれたようですね」


 教皇は既にエルによりこの事件の詳細は聞き及んでいる。

 大魔導師ムエンタという者が魔王で、この一連の事件の黒幕はハンプ宰相、その計画に姉姫であるフェルが関わっていること。その情報を事前に伝えているのだ。

 下手に行動を起こしてしまい、魔王が暴れだすとも限らない。そうなればこの世界では力の強大な魔王にあっさりと殺されてしまう可能性があったので、極力反抗せず召喚の儀まで進めて欲しいと、お願いしていたのである。


「でも大丈夫なのかい? あの敏腕、じゃなくて悪人おっさんだってそれなりに力を持ってるんじゃないの?」

「確かに宰相にまで上り詰めたお方です。祖母である先代の教皇の時より側仕えをしていたと聞いております。それなりに魔導の力もあるのでしょう……しかしあのハンプ宰相が、魔族の出身とは……」


 二代に渡って国の中枢にまで魔族の手先が入り込んでいたなど、信じられないエルだった。

 これまで国の為に尽力してきたハンプの姿を見てきたエルにとって、まさかハンプが魔族だったとは、とうてい受け入れ難い真実であった。

 エルが幼い頃から優しく接してくれたハンプ。多忙な教皇に代わり姉妹とよく遊んでくれた日々が昨日のことの様に思い出されてくる。

 その姿は偽りで、満を持してこの時を待っていたというのだろうか。


「プノ、おとなしく従うんだぞ。絶対に抵抗なんかするなよ」

『了解なのピノお姉ちゃん……』


 姉のピノの忠告に、小さな声で素直に応じるプノ。

 どうせ召喚ではなく転移の魔法陣に改変してしまうのだから、それに反抗することはしないようにという師匠のエンデルの師事も貰っているのだ。

 未だ一人前の魔導師といえないプノーザにとっては、魔王に楯突くなど、無駄に寿命を縮めるようなものである。


「プノ君、命あっての物種だ。危険を察知したら速やかに逃げたまえ。最悪はわたしがドローンで体当たりしてでも加勢しよう」

『はいなの、ありがとうなのヒナたん様』


 大家の日向もプノの事が心配で画面に釘付けである。

 こちらから出来る攻撃は、ドローンを操作してそれをぶつけるぐらいしかできない。そんなもので魔王を倒せるとは思っていないが、何もしないよりはましである。

 ちなみにドローンは天井付近にある少し窪んだ所にいつでも飛び立てるようにスタンバっている。

 魔王を先頭に召喚の間へとゾロゾロと大勢の人が入室して来た。間も無く召喚、ではなく転移の儀が執り行われようとしている。


「というかエンデル君。君は何をそわそわしているのだね?」


 日向は間近に迫った召喚の儀を見ずに、そわそわと玄関先を行ったり来たりしているエンデルに問いかけた。


「ひゃ、ひゃい! あのあのぅ、アキオさんの焼肉の準備をお手伝いしに行こうかなと……」

「……う、うむ、まあ、もうプノ君には指示は出してあるし、これ以上は見ているしかないとは思うが……まあ、エンデル君を目標座標にして魔王は転移してくるのだろうから、君は要君の所で待っているかね?」

「は、はい、では先に下に行っているのです……」


 エンデルはそう言うと足早に玄関から出て行った。


「師匠……さっきまでプノに色々と指示したり心配していたのに……まさか、焼肉が待ちきれなかったとか?」

「それはないでしょう……わたくしなどこの状況でお腹も空きませんが……エンデル様は違うのでしょうか……」

「うむ、エンデル君もなにか思っての事なのだろう……」

 

 たんにお腹が空いたわけではないのだろう。

 エンデルの行動に三人も多少思うところがある。エンデルと同じくエル姫も命を狙われている身である。そのことを考えると関係のない日向やピノーザと距離を取りたいと思うのは当然なのかもしれないと思う。


『──なぁ〜ははははっ!』


 しばらく無言で画面を見つめていると、そんな嗤いが沈黙を破るのだった。



 間も無く転移が始まろうとしている。


 ◇



「どうしたエンデル? 召喚の儀はまだだろ? 腹でも減ったのか?」

「……」


 BBQの準備も終わり、内心ハラハラしながらお茶を飲んでいると、エンデルが一人で庭へと下りてきた。

 俺が話しかけるがエンデルは無言で、その顔にはいつものような笑顔はなかった。


「アキオさん。なるべく私の側から離れていてくださいなのです」

「どうした急に……」


 エンデルはしおらしく口を開いたかと思うと、俺に自分の側にはいるなと強い口調で言う。


「魔王の目的は私だけです。もしも魔王がとんでもない力を残したままこちらに転移してきてしまえば、何の抵抗もなく私は殺されてしまいます。ですが、私の命だけで他のみんなが助かるならそれに越したことがないのです」

「うーん、確かにエンデルを第一に抹殺すると言ってたよな。でも次に姫さんだろ……だけどエンデルだけで許してくれるような奴じゃないんじゃないのか?」


 ヘッドセットで少し向こうの世界の話を聞いていたが、あんな高慢ちきそうな魔王が、そう素直に許してくれるとは到底思えない。


「いいえ、そこは交渉です。私以外は転移魔法を使えないと訴えれば、姫様やピノーザを助けてくれるかもしれません。姫様には帰れなくなって申し訳ないですけど、死ぬよりはマシなのです。そしてピノーザが生きていれば、もしかしたら帰る方法も見つけてくれるかもしれません。私の命だけで済むのであれば安いものです……」


 エンデルは真剣な表情でそう訴える。

 今のところ魔王の力は未知数である。ピノや姫さんが言っているようにこの世界では力が使えなければいいが、必ずしもそうだとは限らない。だからそんなことを言うのだろう。

 数日前から考えていたであろうことは理解している。昨日までは努めて明るく振る舞っていたが、昨晩はベッドに入ってもどこかいつもと違っていた。

 いつもなら俺が寝たのを見計らって抱き付いてきていたのだろうが、昨晩は俺に抱き付いて寝てもいいかと許可を求めてきたのだ。

 無論俺も許可した。エンデルの気持ちを考えたらそうしてあげるのが一番だと思ったから。

 エンデルは何も言葉にしないまま、その華奢な体で答えを考えていたのだろう。暫くは震えながら俺にしがみつき、俺が優しく抱擁してあげると少しは安心したのか、そのまま静かに眠りに入ったのだ。


 俺もこうなる予感がした。だから大家さんが言うように向こうの事を極力見たくなかったのだ。


 エンデルの気持ちはよく分かる。もしかしたら翌日殺されるかもしれないと考えたら心穏やかではいられないだろう。殺人予告を受けたようなものなのだから。

 数日後君を殺しに行きます。なんて言われたら、俺ならどうするだろう。

 きっとエンデルのように笑顔を絶やすことなく過ごせる自信なんてない。どこかでひっそりと隠れ、この世の終わりを体現したかのように一人暗く過ごす自信がある。


 強いのだなと思う。

 というよりも、こちらの世界とは根本的に考え方が違うのかもしれない。常に身近に死が存在している世界なのだろう。戦争はもちろんのこと、普通に生活していてもモンスターなどにいつ殺されるかわからない世界では、心構えも違ってくるのかもしれないな……。


「アキオさん、私を拾ってくれてほんとにありがとうございました。短い間でしたが私は幸せでした。もしも、もしもこの世界のように魂というものが私にもあり、また生まれ変わることができるのなら、私はまた必ずアキオさんと一緒に居られるように神様にお願いするのです。今度こそちゃんとした妻として迎えて貰うのです……」


 エンデルは瞳を潤ませながらそんなことを言う。死の覚悟は揺るがないかのように。


「エンデル……」


 俺は胸をギュッと締め付けられる。

 そんなこと言うな。俺だって幸せだった。

 確かに最初こそは面倒な奴を拾ってしまったと思ったことはあつた。しかし楽しかったのは確かだ。こんなに楽しく笑ったことは久方ぶりだった。

 社畜のどん底人生を悲観していた俺の元にエンデルが現れてくれたお陰で、どれだけ救われているかわからない。逆に俺の方が感謝したいぐらいだ。


 だからこれから俺が取る行動は、もう決めている。


「……エンデル。なに暗い顔してるんだ? 君のいた世界ではどうか知らないが、この世界では、夫とは妻と家族を守らなけれいけないんだ。命をかけるといえば大袈裟かもしれないけど……だから、だから俺は、エンデルの側に最後までいる。もしも君に危険が迫るようなら、微力だけど君を守ることを優先する」

「いけませんアキオさん! 私のために命を粗末に──」

「いいや、もう決めたことだ。君がなにを言おうと、もう俺の命令に従って貰う。君が言うには、俺は君の夫なんだろ? 妻は夫の言うことは聞かなきゃだめだ」

「──あ、アキオさん……」


 エンデルは涙を流しながら俺の胸に飛び込んでくる。

 こうなったら一蓮托生である。みすみすエンデルだけを死なせはしない。魔王がどんな奴かは知らないが、死ぬまで抵抗してやろうじゃないか。どのみちエンデルだって、今時点では魔法も使えない状態で、何ができるわけでもない。力だけなら男の俺の方がある筈である。

 微力ながら盾になろうではないか……。


「心配するな、死ぬときは一緒だ。天国で神様に結婚式を挙げてもらおう」

「……は、はい! アキオさん!」


 なんかフラグのようになってしまったが、俺の決意は固いのだ。

 エンデルは俺の胸の中で、嗚咽を漏らしながら咽び泣くのだった。


「よし、まだ時間がありそうだ。炭も熾きていることだし、先に二人で少し食べておこうか。腹が減って力が出ないのも困るからな」

「……は、はい! アキオさん!」


 別に食べて待っていてもいいだろう。

 若しかしたらこれが最後の食事になるかもしれないのだ。死んでから食べておけばよかったと恨まれても困るからね、食いしん坊さんに……。



 俺とエンデルはコンロの前に仲良く寄り添い、肉を焼き始めるのだった。

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