第68話 魔王が来るぞ~

 ついにこの日がやって来た。


「要君! 余裕こいて昼飯の準備をしている場合ではないぞ! そろそろ始まるぞ!」


 大家さんがピノの部屋の入り口からそう叫ぶ。

 向こうの世界では召喚へ向け刻一刻と進んでるようだ。大家さんの指示で召喚の間は勿論、姫さんの父親の部屋にまで監視カメラが設置され、臨場感あふれる映像を逐一こちらで監視できるようにまでなっている。遠隔操作でカメラも操作できるし、高解像度の映像は、小さなシミまで映し出せる高性能カメラだ。なんとも太っ腹な大家さんである。

 そのお陰で色々な事が分かるようになったようなので、感謝はしているが……。


 俺はと言えば、天気もいいし今日は土曜日なので、雑草もなくなった前庭でBBQでもしようかと準備に忙しいのだ。けしてのほほんとしている訳じゃない。


「俺が見ていてもしょうがないでしょ? その転移とやらが始まりそうになったら庭に逃げて来て下さいよ?」


 そう、今日は魔王とやらがこちらの世界に来るという記念すべき日なのである。


「まったく……君という男は……プノ君が心配じゃないのかね?」

「心配ですよ。でもこちらからは見ているだけしかできないんですよ。万が一という事を考えると見ていられませんよ……」


 もし見ている前でプノが暴力など受けたら目も当てられない。ましてや殺されようものなら、見るに堪えない。そう、俺は小心者なんです。ホラー映画でもそう言ったスプラッターな部分がおおいに苦手な奴なんです。カメラがパーンして、突然現れる殺人鬼とかの顔が出るだけで心臓が止まりそうになるほどなのです。

 まあでも心配は心配だよ。現にヘッドセットだけは装着し、向こうの世界の音声は聞こえるようにしているのだ。これで十分さ。


「ふむ、勝手にしたまえ!」


 バタン、と大きな音をたててドアを閉める大家さん。

 ぼろいアパートなんだから壊れるだろうに……。

 そんなことを思いながら、BBQの準備を黙々と進める俺だった。

 実際どうなるのか分からない。丁度こちらの世界の昼時にその召喚、もとい、転移が行われると言っていた。しかし何も起こらないかもしれないので、粛々と昼飯の準備も進めている訳だ。もしかしたら魔王とやらも食べ物を前にすると、エンデルのように他には目を向けなくなるかもしれないと、ささやかな願望も捨ててはいない。

 俺は、今俺ができる最善の方法を進めるしかないのである。

 焼き肉はみんなを笑顔にする。たとえいがみ合っていても、同じコンロで焼く肉を食べれば、いがみ合いもなくなるというものだ。ね、そうだよね?

 と、現実逃避したようなことをしているようだが、今の俺にはこれしか思いつかないのである。


 しかし本当に魔王なんて訳の分からない奴が来るのだろうか? そんな奴がこの世界に来て大丈夫なのか? 一瞬でこの世界を亡ぼすようなバカげた力を持っていたらどうするの? マジで恐怖の大魔王だったら……前世紀末はもう過ぎ去ったのだ。恐怖の大王なんて来なかった。それが今頃、こんにちはしたって、不意打ちでしかないだろう。ノストラさんに謝りなさい。

 そんな事を思い、さわさわと背筋が寒くなる。

 すると、


「──ひゃあああっ!」


 スマホの着信のバイブでビビる俺。


「な、なんだよ……ビビらせるなよ……」


 絶妙なタイミング過ぎるよ……。

 着信を見るとダンディ課長だった。


「はい要です。お疲れ様です。あ、はい、ええ、──えええっ! マジですか? ええ、ええ、はい、分かりました。そこまで進んでいるのなら、俺も課長に全面的に協力しますよ。えっ? 最初から俺は主謀者ですか? いや、まあ応援はしていましたけど、主謀者ではないですよ~あはは……まあそれはそれで後から考えます」


 ダンディ課長は、とうとう部長と直接対決に入ると報告してきた。


「あ、それより課長、ここだけの話なんですけど、今日この世界に魔……あ、やっぱやめときます。いえ、なんでもないです。頑張ってくださいね! ではまた……」


 この心の中のモヤモヤを、誰か他の人にも分かって欲しかったのか、危うく魔王がこの世界に来ると言ってしまう所だった。ふう、危ない危ない……。

 絶対頭おかしい奴と思われるよね? 脳ミソ足りないと思われるよね? 残念な奴認定されるよね?

 そもそもこの世界が終焉を迎えるかどうかも分からない内に、恐怖を煽ってもしょうがない。滅亡するなら、何も知らずにあっさりと滅亡した方が気分的にもいいだろう。俺なら是非ともそうしたいものだ。こんな緊迫した心境や得体のしれない恐怖を味わうよりましだと思う。


「よし、これでいつでも食べられるぞ」


 コンロの炭も点火完了。人数分の取り皿に焼き肉のたれも入れた。割り箸もOK、締めの焼きそばも準備に抜かりはない。

 どちらにしても、最後の晩餐にならないことを祈る俺。



 刻一刻と時は刻む。俺は火の番をしながら、氷水に入れていたペットボトルのお茶を、一人寂しく飲むのだった。



 ◇



 【謁見の間】


 各国の使者が集められ、物々しい雰囲気である。

 ざわざわとする人々。他国の使者と隣同士になった者はひそひそと、これから何が始まるのだろうかと訝しがっている。


「おいハンプ、これはいったい何事なのだ⁉」


 教皇がハンプ宰相に耳打ちをする。


「猊下、これより重大な発表がございます。今暫くの辛抱を……」

「重大とはいかなることなのか」

「猊下は、そこへお座りになっておとなしく聞いていてください。はははっ」

「貴様、何を企んでおる……」

「見てからのお楽しみです。はははっ」

「……」


 ハンプの尊大な態度に、教皇は眉を顰める。

 そんな教皇の隣に、フェル皇女が静かに着く。


「お父様。今日からこの国は変わるのです。新生聖教国として新たな覇権をこの世界に知らしめるのです」

「ふぇ、フェル……お、お前、まさか……」

「うふふふっ、何もかもお父様がお悪いのですよ? 素直にわたくしを次期教皇へと推してくださればよかったのです。そうすれば、こんな面倒なことはしなくても良かったのです」

「な、何を……」


 フェルの不敵な笑顔は、我が娘ながらとても醜く教皇の眼に映る。

 そうこうしている間に扉が開かれ、何者かが謁見の間へと入って来る。

 漆黒のローブを纏い、目深にフードをかぶった巨乳の女性は、悠然と教皇の前まで進む。

 大魔導師ムエンタ。今回の召喚の儀を行う魔導師である。


「これはこれは教皇様。お目にかかれて光栄だ」


 教皇の御前でも首を垂れることもなく不遜な態度で挨拶をする。

 その挙動に、招待を受けた使者たちは一斉に口を噤み、その女性を注視する。


「き、貴様、何者だ!」


 教皇の問い掛けに、大魔導師ムエンタは、何がおかしいのか口元をにんまりと緩め、笑みを湛えながらフードに手を掛けた。


「ははは、ははははは、なぁ~はははははははははっ!!」


 盛大に嗤う大魔導師ムエンタ。

 その一種独特な奇妙な笑い声は、広間にいる者たちを震撼させる迫力があった。


「なぁ~はははっ! 何者か? よくぞ訊いてくれた。大魔導師ムエンタとは仮の姿、しかしてその実態は!!」


 ばさっ、と勢いよくフードを捲る。

 褐色の肌に赤毛の頭髪、頭部には魔王の象徴である2本の角が露わになった。


「この世界に恐怖を齎す存在! 魔王プルプルとは我の事だぁ~! なぁ~はははははっ!!」

『ぷっ……』


 広間のそこかしこで、そんな笑いにも似た空気が漏れ出した。


 ぷ、ぷるぷる? なんだよそれ? 魔王? 500年前の魔王は……そんな名前だった? いや、もっと怖そうな名前じゃなかった? うぷぷぷ……。


 などと、ガヤガヤとし出す。

 そもそも500年も前の魔王の伝承など、もうこの世界では薄れているのである。

 創生の魔女によって召喚された勇者によって倒された魔王の名前など覚えている者はいないのである。勇者にあっけなく倒された魔王。とだけ伝承されているのだ。


「うぐっ……や、やかましい貴様等! 以前の名前など我も忘れたわ! 今生のこの身体に付けられた名前だ! 名付け親のパパを侮辱するのか? 今笑った奴は前へ出ろ! 消し炭に変えてやるわ‼」


 顔を真っ赤にして子供のように怒り出す魔王プルプル。

 名前と同様、ぷるぷると怒りに震えている。


「主よ、今は抑えましょう。そんな名前の事よりも大事な場面ですぞ」

「なぁ、ハンプなんだその目は! お前も笑っているではないか! そんな名前とはなんだ⁉ 貴様もパパを愚弄するのか!」

「いえ、この細目は生まれつきでございます、笑っている訳ではありません。それにお父上を愚弄するなど、そんな積りは毛頭ございません」

「ふ、ふんっ! まあよいわ!」

「では話の続きを……」


 げっそりとした面持ちでハンプは先を急がせる。


「こほん、では気を取り直して……いいか、良く聴くのだ貴様等! これより我はこの世界を牛耳る! よいな? 我に歯向かう者は皆殺しだ! 手始めに大賢者と教皇の娘を抹殺し、その首を持ち帰ろう。その後この世界は我に征服されるのだ! なぁ~ははははははははっ! 我に盾突く勇者のいない世界など、たやすく蹂躙できるのだ! なぁ~ははははははははっ‼」


 その宣言に、この広間にいる全ての者達を凍り付かせた。

 面白名前とはともかく、おどろおどろしい魔力を放出しながら放たれた世界征服宣言は、見る者全てを恐怖で縮み上がらせたのだ。


「さあ行くぞ! 良い転移日和ではないか! 待っておれ大賢者よ、我の野望を邪魔する者は、あっさりと一捻りにしてくれるわ! 500年前の屈辱今こそ晴らそうぞ! なぁ~ははははははははっ!」


 大きな胸を揺らしながら召喚の間へと勇んで進む魔王プルプル。



 魔王の世界征服宣言は、今幕を切って落とされるのだった。

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