第67話 ま、魔王が来る?
翻訳魔法とは、本来魔力を持っていると自然に身に付く魔法。
漠然とそんなことを言われても、そもそも魔法のないこの世界。そこに生きる俺にとってみれば、ちんぷんかんぷんでしかない。
言わんとしている事は理解できる。要は人間が生まれてから言葉を自然と理解し、話せるようになるのと同じような事なのだろう、とは思う。魔力を持っていると、自然とその魔力を言葉に乗せるようになると。
何故なら、その魔力を乗せた言葉を常日頃聞くことになるからに他ならないのだろう、と。
だがその魔力とかいう摩訶不思議なものを理解できていない俺にとっては、概念のみを想像し、そういったものだろうと、ただ漠然と理解するしかないのだ。
と偉そうに講釈しているが、分からないものは分からないのである。
この現代に生きる俺にとってみれば、魔法など一生縁がないモノだし、これといって必要な知識でもないから覚える必要もないからね。
そして、なんと、その翌日には翻訳機能が付いたヘッドセットがこの世界に届けられたのだった。
プノもこちらの世界の言葉を理解したいと渇望していたらしく、そこに面白そうなヘッドセットが届いたので、嬉々として魔法を付与したという事だ。
エンデル達が後から提案したころには、自分の分のヘッドセットにはもう既に翻訳機能が付いている物を使っていたという……なんと優秀な子なのだろうか。下手をすればエンデルより優秀かもしれない。そう思うのは俺だけだろうか。
そして驚く事にもう一つ。
大家さんと色々とやっていると思ったら、メガネに翻訳機能を付与したものが完成していたのだ。ブルーライト軽減用の度が入ってないメガネが翻訳機能を兼ね備えた不思議アイテムへと変貌してしまっていた。
まったく、魔法とは本当に常軌を逸したものを作り出せるもののようだ。
「なあプノ? そういうモノに魔法を付与できるなら、タブレット自体にもできるのか?」
『……あ、あ、あ、アキオ様……』
俺はプノにそんな質問をする。翻訳ヘッドセットがあるのでもう通訳いらずである。
丁度休憩中で、皆はまだ音声の確認をしていたので、暇なのでプノと会話しに来たのだ。
この翻訳機能が付いたアイテムがあることで、プノは飛躍的にこちらの世界のものを理解していった。ドローンの説明書も読めるようになり、もう操縦も出来るようにまでなっているのだ。何とも頼もしいものだ。
ちなみにここ二日はみんなの草むしりは中止である。雨が降っていることもあるが、早急に音声の確認もしたいと大家さんに訴えたところ、問題なく許可された。
まあ、皆がいなかったらどうせ放置されていた庭なのだろうから、どっちでもいいのだろうが。
『……ど、どうして早く言ってくれなかったなの‼』
「え? だって、言う暇がないというか……勝手に進んでいたからね……」
プノはがっくりと項垂れてそう言う。
タブレット自体にその不思議魔法を付与すれば、タブレットから聞こえる音声や、表示される文字も翻訳されるのではないかと考えたまでである。
なぜ早く言ってくれなかったと言われても、そんなことができるとは知らない俺には、提案もできないだろうに。
『ううう、それならもっと早くに異世界の事が理解できたなの……』
「まあそう落ち込むなよ。お陰で色々と役立ちそうなもの出来たじゃないか」
俺の持っているブルーライトカットメガネにも、その魔法を付与してもらっているので、とても便利に使わせてもらっている。
異世界の文字が読めるのは勿論、この世界の他の文字にも有効らしいので、まるでバイリンガルになった気分だよ。街のカフェでニューヨークタイムズなんか開いて読んでいたら、恰好いいだろうね。
「でプノは今何をしているんだ?」
『はいなの、ヒナたん様がアイテムバッグを数点欲しいということなの。さっきバッグが届いたので、それを作っているの』
「そ、そうか……あんまり無理するなよプノ。あの人のいうことをなんでも聞いていたら大変だからな。そっちだってやることがあるのだから、できないことはできないとちゃんと言うんだぞ?」
『はいなの。でも、今は師匠たちに色々やってもらっている所だから、プノ自体はあまりやることがないの。だからいいの』
ここ最近大家さんは、ネトゲよりも異世界のプノと、興味深そうに何かをしていると思っていたら、プノに何かを依頼しているようだ。
異世界が混乱している状況なのだから、迷惑をかけるようなことはしないで欲しいのだが、何かと役立っていることも否定できないので強くも言えない状況である。
結構楽しんでいるよな……まったくお気楽なものだよ。
そして休憩も終え、俺はまた自分の仕事へと戻った。
「う~~~っ! ふぅああああ~っ……」
FMラジオの時報が午後5時を伝える。椅子の上で背を伸ばし、盛大に欠伸をした。
仕事は順調すぎるほどに順調だ。早ければ明日には大方のプログラムは組み終わる。その後デバッグに数日追われるが、期日までだいぶ余裕を見て提出できることだろう。
窓の外を見ると、しとしとと雨が雑草を濡らしている。うむ、また一段と成長しそうだな。と考えながら、晩飯の支度に訪れないエンデルを迎えに行こうと隣に部屋へと向かう。
「おーい、そろそろ飯の支度……」
部屋に入ると、全員が神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。
「どうしたんだ?」
「はい、アキオさん。どうやら、あの大魔導師ムエンタという者は、魔王のようなのです」
「ほう、まおうか……えっ! 魔王⁉」
あのドローンで撮影した映像に映っていた黒ずくめの怪しい女性。
顔は分からなかったが、あのダイナマイトボディは記憶に新しい。特に胸などは夕張メロンを仕込んでいるのではないかというほどに大きかった。俺には興味薄の胸だったが、大家さんは、『クソッ! 負けた……』と、あっさり負けを認めるほどの破壊力だったのだ。
俺はてっきり魔王とは、筋骨隆々なマッチョ体型で、鬼のような邪悪な顔をしていて、角なんか生やしているような存在かと勝手に想像していた。だが、そんな女性が魔王とは……世も末である。エロボディ過ぎるだろ!
「ていうか、もう魔王が動き出しているのか?」
「そうらしいのです……」
エンデルの言葉と同時に皆頷く。
「それと先ほどプノ様に連絡が入り、召喚の儀を3日後に行うと決定しました」
「召喚をしてくれるのか? あの魔王が?」
「はいそうなのです」
「じゃ、じゃあみんなを元の世界に戻すという事か……?」
元の世界に戻る。そう言葉にした時、俺の心に、なにか良く分からない感情が湧き上がる。
異世界に戻る方法が今の所ないと聞いていたのに、急に戻れるかもしれないと考えた途端、複雑な気持ちになった。
みんなが戻れることは非常に喜ばしいことだ。やはり元の世界で暮らすのが一番だろうと思う。それに関しては喜ばしいことだ……。
しかしその反面、どこか寂しいような、そんな嬉しさと寂しさがない交ぜになったような複雑な気持ちになる俺だった。
「そ、そうか、戻れるのか……よ、良かったな!」
歯切れの悪い言葉が俺の口から出た。
とはいえ、魔王がみんなを元の世界に引き戻し、果たして無事でいられるのだろうか? そんな疑問も浮かんでくるが、
「いいえ、たぶん私達は戻る事はないのです」
「えっ? どういうことだ?」
戻らないと聞いて幾分ほっとする。
戻って魔王に殺されるかもしれないという懸念もあるが、それとは別の安堵もあった。
「どうやら魔王がこっちの世界に来るような計画らしいぞ」
ピノが憤然とした表情でそう言う。
「は? 魔王が来る?」
「ええ、そのようです。私達を抹殺するためにこちらの世界に来ると……」
「こ、殺しに……」
ちょっとちょっと、なにそれ。
魔王がこっちの世界に来るのも驚くが、エンデル達を抹殺しに来る? それってヤバいんじゃないの?
「まだはっきりとは分かりませんが、彼らの話を聞く限りではそういった計画だそうです。しかしこの計画も少し疑問が……」
姫さんは唇を指先で摘まみながら難しい表情で思考する。
「疑問?」
「はい、わたくしたちがこちらに転移してきた過程には、姉様とハンプの姦計があったものと考えられます。しかし、それを考慮に入れ考えますと、もしかしたら魔王もわたくし達と同じく、こちらの世界に追放しようとしているのではないかと考察できるのです」
「うーん、良く分からないね……」
説明を聞いたところで、俺はよく理解できない。
そもそも、異世界の事など何も分からない俺に、そんな詳しい情勢など分からないのだ。魔王がどうとか、戦争がどうとか、国がどうとか、今までの俺には一切関わり合いのないものだったのだから。
「姉様とハンプにはこちらの世界の事は、おおまかに手紙で伝えております。魔力が少ない世界で、若しかしたら魔法が使えない世界だと……それにもかかわらず、魔王までこちらの世界に送ろうとする意味が分かりません。わたくし達を抹殺するのであれば、わたくし達を戻してからいくらでもできることです。それをしない理由は……」
「……魔王も邪魔者ってことなのか?」
「おそらく……」
姫さんはそう予想を立てる。
魔王というからには、とんでもなく強いのではないのか? そんな魔王も邪魔者扱いされるなんて、なんか可哀想な奴だな。
なんてことは言っていられないだろう。殺しに来るんだよね?
「それでも、皆を殺しに来ることは変わらないんだろ? 大丈夫なのか?」
「分かりません。おそらく魔法でどうの出来るような世界ではないと思いますので、物理的に何かしてくる可能性はありますが……」
「でも魔王も師匠と同じようにこの世界で魔法が使える特異体質だったらどうするんだい」
ピノがそんな懸念をする。
「心配いらないのです。魔力が少ないこの世界で、転移してくるだけで魔力が底をつくはずなのです。魔法を使えるまで魔力が回復するには、私と同じく相当な時間がかかるのですよ」
「でも、魔法が使えなくても、魔王というぐらいだからメッチャ強いんだろ?」
「さあ、分かりません……」
エンデルは魔法での攻撃の心配はないと言うが、魔王の強さは未知数だと言う。
まさかこの世界を破壊しつくせるほどの、恐怖の大魔王とかじゃないよな? と、幾分不安になる俺。
それなら自衛隊でも出動してもらわなければ、俺達でどうのこうのできることじゃないよね。
ていうか、『魔王だ! 魔王が来るぞ~っ!』って、振れ回ったとしても、いったい誰が信用してくれるだろう。現代版オオカミ少年にしかならない気がするよ……。
なんか考えるのに疲れてきたな……。
「とりあえず晩飯の準備でもするか……」
腹も減って来たし誰かが準備しなきゃならないからね。
「はい、では私もお手伝いいたします!」
「おお、頼むよ」
俺とエンデルは晩飯の準備に向かうのだった。
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