第70話 転移開始!
【召喚の間】
「なぁ~はははははっ!」
召喚の間に魔王の下卑た嗤い声が響き渡る。
「皆揃ったな! さあ、始めようではないか! これから始まる我の世界征服の第一歩。創世の魔女の生まれ変わりと言われている大賢者エンデルの抹殺。貴様らはその目撃者となるのだ! なぁ~はははははっ!」
魔王の愉悦に浸った表情は、妖艶で整った顔をいびつにする。
魔王を倒すことができる勇者。その勇者を召喚できる唯一の存在である大賢者を抹殺するという言葉は、この世界に魔王の敵はもういなくなると同義である。
故に世界征服に大幅に近づく一歩となり得るのだ。
その事実をここにいる全員が理解しようとしていた。
「おい、そこの大賢者エンデルとやらの弟子。素直に我に従うのだぞ、下手なことを考えようものなら、先ずはお前から消えてもらうことになるからな」
「ヒヤァームエッタさんハ魔王ダッたのー、分カリマシタなのー、言ウコトハ何デモ聞クのー、ダ、ダカラ、殺サナイデなのー!」
プノは大魔導師ムエンタが魔王だという事は事前に知っている。
しかし、知らないふりをしなければならない。迫真の演技になるのも頷ける。
「ん? おい、なんか随分とわざとらしいな、お前……」
「な、ナニガなのー、真剣ニオドロキなのー!!」
演技は相当下手なプノーザだった。
「ま、まあいい、とにかく下手なことはするなよ! お前は大賢者エンデルを目標に固定するのだ。いいな?」
「わ、ワカッタなの~」
プノは魔力追跡魔道具を準備し、エンデルを目標に据えて転移の時を待つ。
これは師匠のエンデルにもきつく言われている事である。目標は絶対に他に向けてはなりません、と。
プノは魔道具の目標設定をせず、ランダム転移させようとエンデルに提案したが、すげなく却下されたのだ。相手が魔王である以上、被害を他に及ぼすわけにはいかない。それは抹殺対象であるエンデル自身が受け入れなければならないと。
エンデルの固い決意の前に、プノは首を縦に振るしかなかったのだ。
「おい、フェルとかいったな。魔法陣を確認するんだ!」
「はい、魔王様」
魔王の命令に従順に従うフェル。
「やめなさいフェル! そんな事をしたらどうなるかわかっているのか? この世界は魔王の手によって滅茶苦茶にされるのだぞ!」
フェルの行動を諌めようと教皇が言う。
「お父様、これが時代の流れなのです。生き延びる為にはより強いものに従うべきなのです」
「ははははっ、猊下、おとなしく席に座り見学なさっていて下さい。主の気分を害すると、先に殺されてしまいますぞ? ははははっ」
「ぐっ……は、ハンプ……貴様という奴は……」
身を乗り出そうとする教皇の肩を掴み、無理矢理に椅子に座らせるハンプ。
いくらエル姫より反抗はするなと聞いているものの、実の娘であるフェルが魔王に手を貸すことを黙って見ていることなどできなかったのだ。しかしフェルはそんなこともお構いなしに魔法陣へと向かってゆく。
「なぁ~はははははっ! もうすぐだ、もうすぐなのだ、長かったぞ、嫌になるほど長かった。だがとうとうこの日が来たのだ! なぁ~はははははっ!」
この時を待ちわびていたであろう魔王は、歓喜に打ち震える。
500年前に成し得なかった世界征服の野望が、今まさに成就しようとしているのだ。
「魔王様、準備が整いました」
フェルが魔法陣の一部を修正し、召喚魔法陣から転移魔法陣へと仕様変更したことを告げる。
「うぬ、では始めるか。我はすぐさま舞い戻り貴様等に絶望を見せつけてやるわ! しかとその目に焼き付けるのだ! なぁ~はははははっ!」
魔王はそう言いながら転移魔法陣まで歩みを進める。
「そこの大賢者の弟子よ、準備はいいな?」
「は、ハイなの~イツデモドウゾなの~」
「……なんかホントわざとらしい奴だなお前は……大丈夫なんだな?」
「だ、大丈夫なの~、間違イナク師匠ヲ目標ニシテイルカラ安心スルなの~」
プノのわざとらしい演技に訝しがる魔王。
しかしプノがエンデルを目標にしなければ、転移自体が覚束ない事は承知している。
「お前……もし、我の言う通りにしなければ、戻った後に最初に死ぬのはお前になるからな? 覚悟しておくんだな」
ギロリと凄んで睨む。
「ひゃっなの~、ソンナコトシナイの、命ハ惜シイの、助ケテなの~」
エンデルやピノに抵抗するなと言われているので、その通りにするプノだった。
「では行くぞ~! 魔法陣起動! 我を異世界に送るのだ~! なぁ~はははははっ!」
転移魔法陣がほんのりと光り出す。
魔王の魔力注入により、徐々に光を増す。召喚の間は眩いばかりの光で、人影すら掻き消える。
「なぁ~はははははっ! 首を洗って待っているがよい! 大賢者よ! なぁ~はははははっ!」
ばしゅーん! と、
光の奔流で目も開けぬ状況でプノだけはその瞬間を捉える。
「ぴ、ピノお姉ちゃん! まずいの──ザザッ──」
『どうしたプノ──ザザッ──』
ヘッドセットに聞こえて来る声にもノイズが混じる。こちらの声も向こうの世界にはノイズ交じりに聞こえているのかもしれない。
異世界から送ってもらったサングラスを掛け、この眩い光の中で見えた光景は、信じられないものだった。
プノはサングラス越しに微かに見た。魔王が転移すると同時に見えた人影のようなもの。
それはいったい何だったのだろうか……。
◇
俺はエンデルと二人で先に焼き肉を始めている。
「はうぅ~、アキオさん、お外で食べるお肉は、物凄く美味しいのです! もぎゅもぎゅ」
「そうだろうそうだろう。ホットプレートで焼く肉より、炭火は遠赤外線でじっくりと肉の中に熱が伝わるし、余分な脂を落としてくれるから、より一層肉を美味しくしてくれる。それに外で食べる解放感がまたいいのさ」
炭火で焼く肉は美味しい。
焼きたての肉を焼き肉のたれに浸し、もぐもぐと食べるエンデルはとても幸せそうだ。
食べているひと時でも魔王の事は忘れて欲しいと、一生懸命肉を焼く俺がいた。
「ほら、これも焼けたぞ」
「はい、ありがとうございます。アキオさんも焼いてばかりではなく食べるのです。はい、あ~ん」
「お、おう……あ~ん……うん、旨いな!」
「えへへっ、私がたれを付けたのですから美味しいのです」
「いや、それはあんま関係ないと思うぞ。誰が付けても一緒だと思う」
「もぉぅ~違いますよ~私の愛情がこもっている分、美味しいのですよ~」
「はいはい、そうだな、美味しいです」
あはははっ、と、コンロの前で楽し気に二人で笑っていると、
『おーぃ、転移が始まるぞ!! あ、なんだこのドアわ! 開かんぞ!!』
『何やってるんだよヒナたん師匠! 早く開けなよ!』
『ヒナたん様! 早くしてください!』
『そんなこと言ったって、開かないのだ! くっ、エンデル君め、外側に何か仕掛けているな?』
と二階の方が騒がしくなった。
「エンデル、もしかしてじゃなくとも、何かしてきたのか……」
「はい、私の杖で扉を開かないようにしておきました」
「そうか、杖でね……」
「心配には及ばないのです、そう簡単に折れる杖ではないのです」
「……」
世界樹とやらの木の枝は、そうそう折れるものではないという話だ。世界樹というとんでもない樹木がある世界なのだろうと納得する。
あいや、そう言うことを訊いているんじゃないのだけどね。まあいいか。
とにかくエンデルはみんなを巻き込みたくないという事なのだろう。もしかして魔王が力を温存していたら、当然エンデルを殺そうとするだろう。もし周りに皆がいれば巻き込んでしまうかもしれない。自分一人が犠牲になれば、魔王も納得して帰ってくれるかもしれないと、ささやかな希望を持っているのだ。
『おーい、要君! 聞こえているのかね? このドアを開けてくれ』
『アキオ兄ちゃん! 早くしてくれ~』
『アキオ様! 間もなく魔王が参ります! 扉を開けて下さい』
三人は必死に大声で訴えた。
だがその瞬間エンデルを中心に空気が変わる。
以前姫さんとピノが転移してきた時と同じ状況が再現しているようだ。
エンデルと俺は、来たな。と、無言で頷き合う。
「あー、ごめん。もう遅いようだよ。みんなはそこで待っていてよ。ここは俺達二人で対処する」
「ごめんなさいなのです。でも分かって下さい、これが最良の選択なのです……」
俺達二人の言葉に二階の扉の向こうでは、やいのやいのと何か言っているようだったが、俺達の耳にはもう何を言っているのか届いてこなかった。
魔王が転移してくる風圧と、空間がひしゃげるような奇妙な現象が起こり始める。
「エンデル、俺の後ろに」
「は、はい……アキオさん……」
俺はエンデルを背中の方に庇うようにし、仁王立ちで魔王を待ち構える。
空間が歪み、何か黒い影のようなものが目に映る。
「来るぞエンデル!」
「は、はぃ!」
──なぁ~ははははははははっ!
どこからともなく奇妙な笑い声が聞こえて来る。
そしてついに目の前に現れたのは……。
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